
LVMH モエ ヘネシー・ルイ ヴィトン(LVMH MOET HENNESSY LOUIS VUITTON以下、LVMH)の勢いが際立ってきた。決算はもちろん、ファレル・ウィリアムス(Pharrell Williams)の「ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)」、51人のモデルが一斉に床からせり上がってきた演出の「ディオール(DIOR)」、フィレンツェ郊外のレザーグッズの生産拠点でショーを開いた「フェンディ(FENDI)」がそろい踏みした2024年春夏メンズは、その印象をかき立てた。過去10年の決算を振り返ると(下記表参照)、そもそもライバルと比べて頭一つ抜け出していたが、コロナ以降の成長速度はケリングやコンパニー フィナンシエール リシュモン(COMPAGNIE FINANCIERE RICHEMONT以下、リシュモン)よりもすさまじい。成長の原動力は?そしてLVMHは、このまま一強体制を築くのか?(この記事は「WWDJAPAN」2023年8月28日号からの抜粋です)
LVMHとケリング、リシュモンの売上高と営業利益の推移

LVMHとPPR(現在のケリング)、そしてリシュモンの3社は、1980年代後半から2000年ごろにかけて、魅力的なブランドを次々と傘下に収め、いわゆる3大コングロマリットを形成。ハイブランドの世界は現在、この3大コングロマリットと、「シャネル(CHANEL)」や「エルメス(HERMES)」などの限られた独立系ブランドがメーンプレーヤーだ。こうしたメーンプレーヤーは、日本では長引く経済の停滞をものともせず、世界ではコロナ禍からいち早く回復。アメリカ市場が軟調だったり、一部ブランドでは値上げが消費者の離反を招いたりと業界には課題もあるが、そんなネガティブ要因も「ルイ・ヴィトン」や「ディオール」などのメガブランドにはどこ吹く風だ。今年の上半期も、日本の百貨店の特選売り場では売れに売れた(詳細は、「WWDJAPAN」2023年8月28日号の定期購読者向け付録の「ビジネスリポート」参照)。今年は、「ティファニー(TIFFANY & CO.)」が銀座旗艦店を改装して、表参道には新店舗をオープン。「ショーメ(CHAUMET)」や「ジバンシィ(GIVENCHY)」はギンザ シックスに新店を構え、「ロロ・ピアーナ(LORO PIANA)」は銀座店を改修中、「セリーヌ(CELINE)」や「ロエベ(LOEWE)」は表参道の店舗をリニューアルする。百貨店の特選同様に路面店も、世界各国と同様に日本も堅調なのだろう。 LVMHの22年の営業利益は210億100万ユーロ(約3兆2971億円)。これはケリング(KERING)とリシュモンの売上高、それぞれ203億5100万ユーロ(約3兆1951億円)と199億5300万ユーロ(約3兆1326億円)を上回っている。
LVMH
MOËT HENNESSY
LOUIS VUITTON
(LVMH モエ ヘネシー・ルイ ヴィトン)
2022年12月期 売上高
約12兆4318億円
(791億8400万ユーロ)

ベルナール・アルノーLVMH会長兼CEO プロフィール
父が実業家だったことから、フランスのエリート養成機関であるグランゼコールの1つ、エコール ポリテクニークで学び、71年に卒業。同年に父が経営する建設会社にエンジニアとして入社し、さまざまな管理職を歴任した後、78年に会長に就任した。84年に同職を辞し、渡米。帰国後、クリスチャン ディオールやパリ左岸の老舗百貨店ル・ボン・マルシェなどを擁するアガシュ・ウィロー・ブサックを買収。同社はほぼ経営破綻状態だったが、クリスチャン ディオールの再建に注力するべくほかの事業を大胆に再編し、社名をフィナンシエール・アガシュに変更した。
87年にルイ・ヴィトンとモエ ヘネシーが合併してLVMH モエ ヘネシー・ルイ ヴィトン(以下、LVMH)となった際、クリスチャン ディオールの子会社を通じて株式を買い進め、88年には32%を取得。89年には支配株主としてLVMHの会長兼CEOに就任し、現在の“ラグジュアリー帝国”へと続く基本的な体制が整った。本稿執筆時点で75ブランドを擁し、従業員数は世界でおよそ19万6000人。

加速度がつく一方の成長要因は、さまざまだ。まずは20年の「ティファニー」に代表されるM&A。LVMHだったり、系列の投資会社Lキャタルトンだったりはするが、グループはコロナ禍も「ティファニー」のほか、「エトロ(ETRO)」(21年)や「ビルケンシュトック(BIRKENSTOCK)」(同)、イタリアのジュエリーメーカーのペデモンテ・グループ(22年)などを買収し、LVMH、もしくはLVMHグループの存在感アップに一役買っている。
ポートフォリオの広げ方も巧みだ。そもそもLVMHは上記の表の通り、5つの部門で成り立っている。高級時計の「ジラール・ペルゴ(GIRARD-PERREGAUX)」と「ユリス・ナルダン(ULYSSE NARDIN)」のMBOを認める形で売却したケリング、ファッション&アクセサリーの成長はこれからのリシュモンに比べると、LVMHのカバー領域は広く、特に小売店の存在は大きな意味を持っている。ファッション&レザーグッズ部門でも、トランクを筆頭にバッグで圧倒的な知名度と強さを誇る「ルイ・ヴィトン」と、創業者のレガシーを核とするクチュールブランドとしてウエアが強い「ディオール」と、トップ2さえ性格は異なる。加えてトランクの「リモワ(RIMOWA)」やシューズの「ベルルッティ(BERLUTI)」、部門内の他ブランドに比べて価格帯を抑える「パトゥ(PATOU)」や「ケンゾー(KENZO)」など、バラエティー豊かだ。いずれもモードで、黒やフォーマルの印象が強い「サンローラン(SAINT LAURENT)」も「アレキサンダー・マックイーン(ALEXANDER McQUEEN)」も抱えるケリング、歴史ある時計ブランドが数多いリシュモンに比べると、LVMHは幅広く、さまざまな志向・嗜好にアプローチできる“手数”がある。
KERING
(ケリング)
2022年12月期 売上高
約3兆1951億円
(203億5100万ユーロ)

フランソワ・アンリ・ピノー会長兼CEO プロフィール
現会長兼CEOの父であるフランソワ・ピノーが1963年に設立。ピノー・プランタン・ルドゥート(後のPPR)として、フランスの百貨店プランタンや電気製品チェーンのフナックなどを傘下に収めた。99年にグッチ グループの株式を取得し、ブランドビジネスに参入。2013年に社名をケリングに改めた。18年には、ラグジュアリー事業に専念するべく傘下の「プーマ(PUMA)」を手放している。なお、ケリングは売上高のおよそ半分を主力の「グッチ」に依存しているが、同ブランドは現在クリエイティブ・ディレクターの交代やCEOの退任など転換期にある。また、直近では「ヴァレンティノ(VALENTINO)」の株式30%を取得した。

ケリングとの比較においては、アイコンバッグの開発がうまく、加えて近年はヘアアクセサリーやコスチュームジュエリー、フレグランスやキャンドルなど、若い世代に向けたエントリープライスの商品作りにも積極的だ。代表例は、“パズル”や“ハンモック”“フラメンコ”などのアイコンバッグを確立したのみならず、最近はモヘアのマフラーやブローチ&チャーム、香水・キャンドルでZ世代も魅了する「ロエベ」だ。対するケリングは、(もちろん高く評価すべきだが)洋服作りに心血を注ぎがちで、「グッチ(GUCCI)」を除くとアイコンバッグのラインアップはまだまだ未熟。「ボッテガ・ヴェネタ(BOTTEGA VENETA)」と「サンローラン」でようやくバリエーションがそろってきた印象だ。とある百貨店バイヤーは、今を「雑貨偏重の時代」と語る。LVMHは、その波を敏感に感じ取っているし、むしろ、その波を生み出している。
「ルイ・ヴィトン」や「ディオール」(ファッション、ビューティの双方)を筆頭に、ポップアップなどのイベントに積極的なのも好業績の理由だ。近年、ポップアップはメディア、インフルエンサーや一般消費者のSNSを賑わせ、ブランドの存在を全世界に知らしめる。選択肢の多い時代、「ブランドを常に記憶に留めるイベント戦略が巧み」(別の百貨店関係者)なのは、さらなる成長に欠かせない。コングロマリットでは、リシュモンの「カルティエ(CARTIER)」もイベントに積極的だが、これまで同様に前向きだったケリングの「グッチ」は新クリエイティブ・ディレクター、サバト・デ・サルノ(Sabato De Sarno)が新たな世界観を生み出すまで“小休止”状態。新たな世界観をお披露目する9月のミラノ・ファッション・ウイークが待たれる。
COMPAGNIE FINANCIERE RICHEMONT
(コンパニー フィナンシエール リシュモン)
2022年3月期 売上高
約3兆1326億円
(191億8100万ユーロ)

ヨハン・ルパート会長 プロフィール
1988年に南アフリカ出身のヨハン・ルパートが創業。スイスを拠点としており、時計や宝飾品を中心に世界のラグジュアリーブランドを保有している。2022年8月には、傘下のラグジュアリーEC大手ユークス ネッタポルテ グループの株式の47.5%を高級ECファーフェッチに、3.2%をドバイの投資会社シンフォニー・グローバルに売却すると発表した。また、LVMHがリシュモンや「カルティエ」の買収に関心を示しているのではないかという臆測について、ルパート会長は23年3月期決算発表の際に「いずれも売るつもりはない」と一蹴している。

ビューティでは「ディオール」を中心に既存ブランドも成長を続けるが、一方で「ロエベ」や「セリーヌ」でもフレグランスの存在感が増している。ウオッチ&ジュエリーも同様で「ルイ・ヴィトン」や「ディオール」 「フェンディ」でさらなる攻勢をかけている。
歴史的には、2000年代までは「ルイ・ヴィトン」がけん引役で、その利益が他ブランドの成長を下支えしつつ、そこで得た知見を水平展開してきた。「ルイ・ヴィトン」は、プレタポルテ(既成服)をスタートした1990年代から“モノグラム”や“ダミエ”“エピ”などのアイコンバッグを時のクリエイティブ・ディレクターがモダンによみがえらせて魅力的な存在に昇華し続けている。スティーブン・スプラウス(Stephen Sprouse)が“モノグラム”に大胆なグラフィティを施したコラボレーション(マーク・ジェイコブス時代の2001年春夏)は、時のクリエイターとのタッグによるアイコン商材のハイプな昇華の先駆けとなった。同様のアイデアで、次いで「ディオール」が成長し、現在は「ルイ・ヴィトン」と共にファッション&レザーグッズ部門の両翼を担う。LVMHは幅広い成長を目指す一方、この2大巨頭をさらなる高みに押し上げようともしている。
成功体験の水平展開については、特にベルナール・アルノー(Bernard Arnault)会長兼最高経営責任者(CEO)の子どもたちが手掛けるブランドへの応用が顕著だ。好例は、次男のアレクサンドル・アルノー(Alexandre Arnault)がCEOを務めていたころの「リモワ」だ。当時の「リモワ」は、「オフ-ホワイト c/o ヴァージル アブロー(OFF-WHITE c/o VIRGIL ABLOH)」や「シュプリーム(SUPREME)」のほか、同じ部門内の「ディオール」や「フェンディ」とコラボレーションして、トランクの多様な姿を示した。アレクサンドルは、中核の「ルイ・ヴィトン」に似たトランクビジネスを体験したのみならず、傘下の多くのブランドで今なお通用する成功体験を学んだことだろう。
その「リモワ」とのコラボレーションの先鞭をつけた「ディオール」のキム・ジョーンズ(Kim Jone)のような、クリエイティブ面のキーパーソンの存在も、躍進を語る上では欠かせない。特にキムは、「ルイ・ヴィトン」のメンズのトップから「ディオール」に“異動”し、20年以降は「フェンディ」のウィメンズも“兼任”。今年は、ワイン&スピリッツ部門の最古参の1つ「ヘネシー(HENNESSY)」ともコラボレーションし、グループ内で八面六臂だ。
直近では「ステラ マッカートニー(STELLA McCARTNEY)」との提携や、今秋デビューする「フィービー ファイロ(PHOEBE PHILO)」への出資など、挑戦が続く。