そごう・西武労働組合はきょう31日、西武池袋本店でストライキを決行する。百貨店によるストライキは約60年ぶり。親会社セブン&アイ・ホールディングスによるそごう・西武の売却を先送りさせる狙いだが、セブン&アイは31日に開く臨時取締役会で、9月1日での売却完了を強行する見通しだ。
31日のスト決行によって臨時休業する西武池袋本店では約1万人のスタッフが働く。そごう・西武の従業員はうち1割で、組合員は900人ほど。大多数は取引先のスタッフとなる。あるアパレルの関係者は「コロナや台風のときと同じように当社としては館(百貨店)の方針に従うだけ。ただ、池袋本店が一番店(売上高が最も大きい)のブランドも複数あり、今後の動向は心配だ」と話した。別のアパレルは「ストが大きく報じられた7月以降、明らかに客足が落ちている。イメージダウンを懸念している。長引くのはよくない」と明かした。
最大の争点は池袋本店の「ヨドバシ百貨店化」
これほどこじれたのは、セブン&アイの悪手のためだ。株式譲渡の方針が決定した22年2月から1年半にわたって、労組や社員に対する情報開示が全くなかった。痛みを伴う改革が必要な時こそ、従業員には誠実に向かい合わねばならないのに、役割を放棄していたと言わざるを得ない。
売却先が米投資ファンドのフォートレス・インベストメント・グループに決まったのが昨年11月。セブン&アイの井阪隆一社長とそごう・西武労組の寺岡泰博委員長は何度も会う機会はあったものの、売却後の具体的な事業計画が示されることはなかった。従業員は報道によって西武池袋本店の大部分にヨドバシカメラが入る改装案を知る。フォートレスは買収にあたってヨドバシホールディングス(HD)をパートナーに迎えた。そのヨドバシHDは池袋本店の不動産を取得する。主導権はヨドバシが握る。事実上の“ヨドバシ百貨店”への転換であり、百貨店の売り場面積は大幅に縮小される。つまり、そごう・西武の従業員は大幅に削減される。
今回のスト決行は、賃上げなどの労働条件ではなく、売却後に会社が存続できるかという経営の根本が争点といえる。西武池袋本店は百貨店として国内3位(23年2月期1768億円)、そごう・西武全体の売上高の3分の1を稼ぎ、利益ではさらに多く貢献する。アパレルブランドや化粧品ブランドの一番店も多い。池袋本店で稼げるから、そごう・西武の他の店舗にも出店するというブランドはたくさんある。池袋本店の見通しが立たないため、そごう横浜店、そごう千葉店、そごう広島店などの改装を見送るケースも相次いでいる。
「ルイ・ヴィトン」などを展開するLVMHモエヘネシー・ルイヴィトン・ジャパンのノルベール・ルレ社長は、テレビ東京の取材に対し、「ラグジュアリービジネスは雰囲気と環境が重要。今まで通り営業を続けたい」と答えた。ヨドバシカメラが悪目立ちしすぎると、ラグジュアリーブランドなどの高額品が離れる可能性がある。高額品は現在の百貨店の成長の柱であり、これを失えば存続が危ぶまれる。
当初、セブン&アイの井阪社長は売却先の条件として、そごう・西武の「事業継続」と「雇用確保」を打ち出してきたが、明らかに矛盾する方向へと舵を切っている。寺岡委員長は「社員の雇用維持について全く不透明であり、強い憤りを感じる」と反発する。
7月25日に労組がスト権を確立し、ようやく労使協議を重ねることになった。それでもセブン&アイは方針を崩さない。経営側は早期売却で腹を決めており、労組に対しては交渉ではなく説得に終始する。経営側はそごう・西武の3000億円もの有利子負債の完済のためには、現状のスキーム以外ないと譲らない。さらにスト権をチラつかせる労組に対し、対抗措置をとった。ヨドバシ導入に慎重な姿勢をとっていたそごう・西武社長の林拓二氏を事実上更迭し、セブン&アイから複数の取締役を送り込む人事を断行した。そごう・西武の取締役の過半をセブン&アイ出身者で固め、売却を急ぐ布陣となった。
そのため31日のスト決行の当日の臨時取締役会で売却が決定する公算が大だ。9月1日に株式譲渡が完了すれば、セブン&アイとは資本関係がなくなるため、交渉の糸口は断たれる。セブン&アイにとっては、ひとまず時間切れで逃げ切ることになる。
「社員に信頼される、誠実な企業でありたい」
セブン&アイは以下のような社是を掲げている。
私たちは、お客様に信頼される、誠実な企業でありたい。
私たちは、取引先、株主、地域社会に信頼される、誠実な企業でありたい。
私たちは、社員に信頼される、誠実な企業でありたい。
祖業のイトーヨーカ堂時代の1972年に制定され、2005年に設立されたセブン&アイにも引き継がれた。今年3月に亡くなったイトーヨーカ堂創業者の伊藤雅敏氏(1924〜2023年)は、「誠実」の商人道を唱え、広く尊敬を集めた経営者だった。近年は、株主の利益を絶対とする「株主資本主義」の行き過ぎが疑問視され、多様な利害関係者との関係構築を重視する「ステークホルダー資本主義」が世界的に注目を集めている。伊藤氏の「誠実」の社是は時代を先取りしていた。
セブン&アイも「『社是』に掲げる精神は、将来、社会環境がどれほど大きく変化しても、ゆるぐことのない普遍的理念」であると、同社ウェブサイトと誇らしげに書く。もうけや資本の論理だけに傾倒するのでなく、取引先、地域社会、そして社員から信頼されてこそ企業の持続的発展がある。売上高10兆円を超える巨大流通グループを束ねる根幹だったはずだ。
だが、そごう・西武の売却までの一連の同社の動きを見る限り、「誠実」とは正反対といわれても仕方ない。セブン&アイ自体がモノ言う株主から追い詰められて、なりふり構わず資本の論理で動くことを余儀なくされた。そごう・西武の労組だけでなく、都市計画の観点から西武ホールディングスや豊島区からも異議が上がったが、これも強引に押し切ろうとしている。売却劇にひと段落ついたとしても、さまざまなステークホルダーに禍根を残すことになるだろう。