村松祐輔と関口愛弓のデザイナーデュオによる「ミューラル(MURRAL)」は、2024年春夏コレクションのランウエイショーを「楽天 ファッション ウィーク東京(Rakuten Fashion Week TOKYO)」内で30日に発表した。
この日は1年の中で満月が最も大きく見える“スーパームーン”と、1カ月に2度目の満月“ブルームーン”が重なる“スーパーブルームーン”の前日。会場の国立競技場 2階のテラスは、その特別な月を望める絶好のロケーションだった。
亡き父と夢で再会した多幸感
今シーズンのコレクション制作は、村松デザイナーが中学時代に永別した父との夢の話から始まったという。「幼い頃に父と一緒に海に行った記憶が夢になって出てきた。浜辺で手をつなぎながら歩き、話すこともできた。夢から覚めても、背中越しの光や風のにおいが鮮明に記憶に残った。夢だと気が付いて涙が出たが、父親に会えた喜びで多幸感に溢れていた」と村松デザイナーは明かす。今季はその感情、“EUPHORIA(多幸感)”をテーマに掲げた。
氷染め職人との協業
夢の共有で完成した柄
コレクションでは、村松デザイナーの夢の情景を描いている。ぼんやりした夢の中の出来事や、涙でぼやけた視界のように、“にじみ”や“かすみ”の表現を多用。象徴的なのは、涙や海を連想させる青いマーブル柄のドレスだ。これは群馬・桐生の職人によるアイスダイ(氷染め)で、色をのせた氷が溶けるとにじんだ柄に染まっていく技法だ。「僕らから絵柄のデザインを渡さずに、職人の方に父との思い出や夢の話を共有することで仕上げてもらった」と村松デザイナー。夢が一人一人異なるように、1点1点異なる染めの模様になるのだという。
また、父との思い出をたどるように、村松デザイナーが実家付近で見つけたバラの写真をグラフィックとして採用。ぼかして重ね、ドレスなどのせて、神秘的な雰囲気を作り出した。
象徴的なフラワーモチーフは
レースと架空の花で表現
「ミューラル」の代表的なアイテムいえば、オリジナルのレースを使った花柄ドレスだ。関口デザイナーが、毎シーズン手描きで図案を起こしてデザインしている。今季はアーカイブから7種類の絵柄を選び、“ぼかし”のテクニックで蘇らせた。ひときわ目を引いたのは、レースを細かくハンドカットしてフリンジを加えたドレス。歩くたびにダイナミックに揺れ動き、華やかさをプラスした。
ラスト2ルックも特別だった。透明の花を装飾したコルセットは、1000以上の手作りのワイヤーの花びらを重ねたもの。「ミューラル」による架空の花で、夢の非現実性を美しく表現することでショーを締めくくった。
顧客との強い絆と
クリエイションへの思い
これまでD2Cビジネスを強化してきた「ミューラル」は、月に1回の受注会イベント「サロン・ド・ミューラル(Salon de MURRAL)」を定期開催し、顧客とのコミュニケーションを大切にしてきた。このショーにも約300人の顧客が来場するなど、そのファンコミュニティーの熱気と絆の強さを証明していた。
東コレでショーを行う理由はもう一つあった。「ここ数年、しっかりと顧客に寄り添って、地に足をつけてビジネスを強化してきた。顧客を大事にしながら、もっと目の肥えたメディアやバイヤーの方たちにも認められるクリエイションにしていかなければ、僕らはデザイナーとして成長していくことはできない。世界にもっと『ミューラル』の輪を広げていけるようにしたい」という。
“自分たちの作った服が
誰かの希望になれば”
ショーの後、デザイナー2人は涙を浮かべながらコレクションについて振り返った。関口デザイナーは「自分たちが作った服をこんなにたくさんの人に見てもらえることは、本当に幸せだなと思った」と震えながら声を絞り出した。
涙がこぼれないように空を見上げると、雲に隠れてぼやけた“スーパーブルームーン”がまるでコレクションとリンクするように優しく輝いていた。村松デザイナーは「また父に会いたい––そういう気持ちでこのコレクションを作ってきた。もしかしたら、父に届いているかもしれない」と月を見上げながらつぶやいた。「この多幸感が、誰かにとっての希望になったらうれしい」。
今年10年目を迎えた「ミューラル」は、ビジネスとクリエイションに向き合ってさらに進化した姿を見せてくれた。パーソナルで暖かい記憶が詰まったエモーショナルなコレクションは、今宵の月の光のように多くの人の心を優しく包み込むだろう。