ビューティ企業にとって、魅力的な新商品や革新的な新成分は競争力の源泉だ。これらは研究員の努力の結晶と言えるもの。本連載では、普段表舞台に出てくることが少ない彼・彼女たちの研究内容や成果、仕事の面白みを聞く。第2回は資生堂 みらい開発研究所の関根知子エグゼクティブスペシャリスト。みなとみらいにある同社の最先端研究施設「資生堂グローバルイノベーションセンター」で、肌上に人工皮膚を形成する「Second Skin(セカンドスキン)」の研究を主導する。(この記事は「WWDJAPAN」2023年8月28日号からの抜粋です)
WWDBEAUTY(以下、WWD):「セカンドスキン」とは。
関根知子 資生堂みらい開発研究所エグゼクティブスペシャリスト(以下、関根):文字通り、“第2の皮膚”のような皮膜を肌上に作る技術のこと。2018年に米国のベンチャー企業オリボ ラボラトリーズより取得した「セカンドスキン」の基本技術を、当社がさらに改良した。通常の乳液が肌上で形成する皮膜の厚みが約4〜10マイクロメートル。これに対し、「セカンドスキン」の皮膜は厚み約100マイクロメートルだ。21年に「シセイドウ」から発売した“ビオパフォーマンス セカンドスキン”はこの技術を搭載し、目袋のシワ、たるみの補正に特化した商品。おしろい紙で目元を押さえ、2種の美容液を塗るだけで「セカンドスキン」が完成する。この皮膜が乾燥して縮む際に生じる物理的な力で、目の下のシワやたるみなどをカバーする。皮膜はメイク落としで簡単に剥がせる。
WWD:商品化までの苦労は。
関根:オリボの特許技術をベースに、3 年の年月をかけて米国で約1500通り、日本で約2500通りの実験を重ねて改良した。肌になじんで違和感のない柔軟性と、日常生活に必要な耐久性の両立に苦労した。物理化学の知識が必要だったため、息子の子育てをしつつ、働きながら博士号を取った。グループのママ研究員と朝の始業前の時間に勉強会をしたり、息子の野球応援をしながら論文を書いたりした。
WWD:研究のモチベーションは。
関根:化粧品で人の悩みを解決したいという思いがある。“セカンドスキン”のお客さまのモニター結果でも「感動した」「自信を持てた」といった反響があり、手応えを感じている。自分が20〜30代のころは肌悩みも少なかったからか、化粧品の使い心地に関わる研究に没頭していた。特にこだわったのは剤を肌にのせたときの“感触”。当社独自の調剤技術である「マルチプルエマルジョン」は私が開発に携わった。「マルチプルエマルジョン」で調剤した乳液は、油の中に水の粒があり、その中にもっと小さな油の粒がある3重構造。肌に塗布するとコクのあるクリームがふっと軽くなり、すり込むとまたしっとりとした感覚になる。かつて当社がコンビニチェーン向けに展開していた「化粧惑星」の“スフレクリーム”にも携わった。ふわふわのクリームを作るために毎日頭をひねった。生産担当部署と終電近くまで実験を繰り返し、工場メンバーと毎晩のように飲んでいたのを思い出す。
女性リーダーが“普通”と思える研究室に
WWD:化粧品会社を就職先に選んだ理由は。
関根:大学では高分子化学研究室で酸素だけを透過する膜を作る研究をしていた。当時の理系学部は男性が多く、私の研究室も女性は1割程度。男性たちは徹夜で研究してもピンピンしていて、埋められない体力の差を感じた。女性であることが生きる研究のフィールドはないか。そう考えて浮かんだのが化粧品会社。資生堂は家族が祖母の代から商品を愛用していて身近な存在だった。
WWD:今も「女性」としての役割意識はあるか。
関根:当社の研究員は約半数が女性。性別を意識することはほとんどない。ただ私が入社したころを思い起こすと、研究室のグループリーダーはほぼ全員が男性だった。今の女性新入社員がその状況に飛び込んだら、前向きなキャリアパスを描くことは難しいかもしれない。少なくとも私の研究室では、女性の私がリーダーであることが“普通”に見える環境を作りたい。
WWD:今後の展望は。
関根:40代後半で現在のポジションについたため、マネジメントに関してはまだまだ力不足だと自覚している。IFSCC(国際化粧品技術者会連盟)の理事という重役も「自分の実力に不相応では」と頭をよぎることがある。私は、自分が短所が多い人間だと思う。最近も優秀な人とプロジェクトを進めていて、「のほほん」としている私がついて行けてるのか不安になった。だが仕事を終えた後に「関根さんに本当に助けられた」と声を掛けられ、救われた思いがした。短所は、他の人の目には良く映ることもある。それは「顔」であっても同じだろう。「セカンドスキン」は顔のコンプレックスを隠すだけではなく、それぞれがありのままの自分を楽しめる、新しい世の中を作る技術だと信じている。家族の一大事以外は、最優先。そのくらいの気概を持って研究に打ち込み、「セカンドスキン」を根付かせていきたい。
簡単3ステップで
目の下のシワ、たるみを隠す
2021年10月に「シセイドウ」から発売した“ビオパフォーマンス セカンドスキン”(3万5200円)は、特許技術「Second Skin」を搭載した同社初の商品だ。“3D フィックス テクノロジー”により紙おしろいと美容液の3ステップで「セカンドスキン」を作り出し、目の下のしわやたるみを瞬時に隠す。
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