PROFILE: 栗野宏文(左)/ユナイテッドアローズ上級顧問クリエイティブディレクション担当、山縣良和/「リトゥンアフターワーズ」デザイナー兼ここのがっこう主宰
LVMHプライズやITSなど、若手デザイナーの登竜門となるアワードに毎年のように才能を送り出し、世界で注目を集めている山縣良和主宰のファッションの学校、ここのがっこうは11月21日、50周年のアニバーサリーイベントを開催中の渋谷パルコに、期間限定店「ココクリ(cococuri)」をオープンした。仕掛け人は、同校を10年以上にわたって見守り続けている栗野宏文ユナイテッドアローズ上級顧問だ。「トム ブラウン(THOM BROWNE)」をはじめ、海外メゾンの生産を請け負う縫製会社のファッションしらいし(東京・新高円寺)、そして現役のデザイナーたちがチューターとして加わり、学生たちのアイデアを形にし、販売する。「ココクリ」を通して感じた新たな可能性について、二人が語る。
ーー期間限定店「ココクリ」のプロジェクトは、どのようにスタートしたのでしょうか。
栗野宏文ユナイテッドアローズ上級顧問(以下、栗野):渋谷パルコの50周年記念イベントの一環で、館内3区画でのポップアップストアをディレクションしないかという話をパルコからいただいたのが発端です。(6月に公開された渋谷パルコの50周年記念キービジュアルは)「DISCOVER UNKNOWNS(まだ世の中に知られていないものごとを発掘し、発信する)」を掲げ、(1980年代にパルコの広告を担ったことで知られる)井上嗣也さんをクリエイティブ・ディレクターに起用しており、気概を感じました。3区画のうち、最も面積の小さな1区画は通りに面しており、聞けば隣にはパルコの歴史では初めてとなる「エルメス(HERMES)」がビューティショップで出店するいう。そんな場所で、ぜひ”いい驚き”を仕掛けたいと思ったんです。すぐに、常日頃から興味深いと思っているここのがっこうの山縣くんに連絡をしました。
山縣良和「リトゥンアフターワーズ(WRITTENAFTERWARDS)」デザイナー兼ここのがっこう主宰(以下、山縣):栗野さんからここのがっこうのポップアップのお話をもらい、断る理由は一つもなかったです。常に新しいチャレンジをしたいと考えていますし、以前から生徒たちのピュアなアイデアと日本の高い縫製技術が合わさることで、強いモノ作りができるのではという構想はあって、それをどう形にしていこうかと考えていた時期でもありました。今回、栗野さんにその舞台を用意していただきました。
ーー生徒の作品を商品として形にする上で、技術力に定評のある縫製会社のファッションしらいしに加えて、チューター制として現役デザイナーも多く参加していますね。
山縣:今回プロジェクトに入ってくださったファッションしらいしさんとは、かねてからデザイン、パターン、縫製の3つ全てがそろった服作りの場をどう形にしていくか、話をしていました。ただ、課題もあってなかなか踏み込めなかったところに「ココクリ」の話がきたので、すぐにしらいしさんに協力をお願いしました。ただ、生徒たちと工場さんとのやりとりを考えると、共通言語があまりにも少なく、服作りを進めていけるのかという不安があったんです。短期間で経験のないことを進めるために、技術面だけではないサポートが必要ではないかと考えました。
そんな時に、(「タロウ ホリウチ」デザイナーの堀内)太郎くんにこの話をしたら「(現役デザイナーが生徒をサポートする)チューター制がいいんじゃないか」と言ってくれて。「チューター1人が生徒1〜2人を見る体制であれば、お互い負担も少ないし、僕も手伝ってもいいよ」と言われて、「なるほど、その形でやってみよう」と。太郎がそういう発言をした背景には、自身がアントワープ王立芸術アカデミー在学中に、現役デザイナーの先生たちから多くを学び、アカデミーがその環境を用意してくれたということがあります。そうした環境の重要性を太郎は話してくれました。
栗野:学生、(縫製工場で)モノ作りをする人、チューターと、全員が現役。現役の人は今の空気の中で生きています。引退すると見えなくなるものもあるし、勘が鈍ることもある。今回の自分の役割は何かと問われたら、現役たちを束ねるプロデューサーのようなものです。僕にはそのアイデアはなかったのだけど、それを聞いた時に、ノスタルジーや歴史をたたえるのではなく、(渋谷パルコという)現役の館が、現役の発想で未来の現役のために投資していくといった、渋谷パルコ50周年のテーマにも重なるなと思いましたね。
学生たちの発想をすばらしいと感じることは多いですが、彼らが自分のブランドを立ち上げて、服を作って販売することができるようになるまでには最低3年はかかります。下手をすれば、世に出られないままになる可能性もある。料理と同じで、学生という現役で感覚が面白い時に、現役の方の力によって形にすることに大きな意味があると感じ、「ココクリ」開催に至りました。
クリエイションは「お金があれば勝ち」ではない
ーー実際にチューターたちと製作をしてみて、生徒たちはどんな様子でしたか。
山縣:チューターと生徒は「初めまして」同士ではありません。ここのがっこうのゲスト講師を含め、生徒たちが何をしてきたか、何を作ってどうやって成長してきたかを知っているデザイナーにチューターを依頼しているので、互いの理解は早かったように思います。今回6人の生徒の作品を販売していますが、「ココクリ」全体でのテーマは設けず、各自で作りたいものを作っています。初めてパルコという舞台で売るわけですし、世界的に評価されている縫製工場のしらいしさんに依頼して生産してもらっている。「ココクリ」オープン前は、生徒たちから日々緊張感が伝わってきました。
栗野:海外の芸大のファッションコースの卒業製作は、当然ながら生徒の自腹です。過去にはお金持ちの学生が、プロの工場やパタンナーを使って完成度の高いショーを見せてくれたこともあります。だからと言って、ファッションの世界はお金がある子が勝ちという話でもない。資金が潤沢ではなくても、高額ではない生地を使ってアイデアをひねったり、先輩に道具や素材を譲ってもらったりして、必死にアイデアを形にして、クリエイションで勝負ができるのがファッションの世界です。
山縣:生徒とはいえ、1人1人がプロ。「ココクリ」では、プロに対するリスペクトを持って生徒に接しています。ファッションしらいしは活躍しているデザイナーにとっても(工賃などの面を含め)敷居の高い工場です。このプロジェクトの工賃については僕からもしらいしさんに相談させてもらって、「お願いします」と伝えていますが、最終的な金額交渉は生徒たちがプロとして各自で行っています。彼らがやりたいことを、「これをどうしても形にしたい」と心を込めて頼んだ方が断然効果がありますから。値付けも生徒たちが各自で行い、10万円を超える商品も並びます。自ら店頭に立って接客も経験してもらいます。
ーー「ココクリ」のように学生が業界のプロに相談できる環境は、海外のファッション教育の現場では一般的なのでしょうか。
山縣:セントマ(ロンドン芸術大学セントラル・セント・マーチンズ校)の卒業ショーでは、学生が(縫製士などの)テクニシャンに相談できる時間が割り振られています。プロと接することで服作りの具体的な過程を生徒が学び、ブランドを作るための準備段階を経験できる。以前しらいしさんと、1つの事例としてそんな話をしたことがあります。
栗野:(生徒、現役デザイナーによるチューター、プロの縫製工場という)今回の座組みは、スタージュ(インターンシップ)のようなものです。ドイツ生まれのデザイナー、ベルンハルト・ウィルヘルムは「ダーク・ビッケンバーグ」や「アレキサンダー・マックイーン」「ヴィヴィアン・ウエストウッド」などのアトリエでスタージュを経験して、各社から「スタッフになってほしい」と言われたけど、断って自分のブランドを始めたという逸話がありますね。無償でもいいから体験したいと思うような、個性の強いデザイナーたちのモノ作りの舞台裏を、3カ月でも半年でも給与を払って学生に経験させるという文化が、スタージュとして海外には根付いていますね。
「モノ作りは人間の手に取り戻すべき」
ーー「ココクリ」に向かう生徒たちの姿勢や商品が仕上がっていく過程を見て、どんな可能性があると感じましたか?
山縣:生徒たちからは成長を実感したという声が上がっています。チューターを担当してくれた現役デザイナーからは、こうした環境をうらやむ声も出ました。仕上がった商品を見て、僕自身もこんなに強いモノができるのかと感動し、今回の取り組みの意義を深く感じています。
栗野:パトロネージュという言葉がありますが、芸術家にしてもファッションデザイナーにしても、お金や名誉、人を動かす力を持った人が、自分が才能を認めた人を支援することで、クリエイションが担保されて才能が世に出ていくことができる。例えば若きマックイーンを支援したスタイリストのイザベラ・ブロウがそうですね。1980年代の日本は、消費者が若い才能をパトロネージュしていたと分析する人もいます。僕はその背景に、(当時は)デザイナーの顔が見えて、顧客とつながっていたことがあると考えています。「ココクリ」ではデザイナーが自ら接客をします。80年代に才能をパトロネージュした人が感じていたであろう、新しい才能に出合う喜びを感じられる場所に「ココクリ」はなるだろうし、「自分がこれを買うことで幸せになれる」という感覚を思い起こす体験ができる場所になったらうれしい。同時に、しらいしさんや山縣さん、生徒たち、僕にとっても、これまでは見えていなかった(新しい才能を世に出していくための)次のステップが、このポップアップを経験することで見えてくるかもしれないですね。
山縣:確かに。社会に対するファッションの可能性をどう未来につなげるかを常に考えていますが、「ココクリ」という機会を通し1つの方法論を見出せました。(縫製工場というモノ作りの現場にいる)技術者と対話のできる場所をどう作って、どう未来につなげていくかを、これからも模索していきたい。そういう意味では、「ココクリ」は、(DISCOVER UNKNOWNSという)渋谷パルコが50周年で掲げたコピーに最も忠実な店になりましたね。
栗野:そうだね(笑)。プロジェクトが立ち上がってから、たった2カ月という短い製作期間でしたが、僕の芸風はいつだって”歩きながら考える”。プランAがダメならB、BがだめならCというような感じで進めてきました。ただ、僕が勝手に戦友と考えている山縣さんには、そもそもプランがあるとも思えない!
山縣:確かに僕は、計画的には生きられないタイプです(笑)。
栗野:だからいいんですよ。そういう人でも生き残ることができるし、生き残ることができると世間が知ることができる。壮大な話になっていきますが、モノ作りは人間の手に取り戻されるべきです。自分の手で作ることの面白さや楽しさ、尊さを、山縣くんや僕のこうした活動を通して伝えることでまず知ってもらい、少しずつ社会へ寄与していけるのかもしれません。
■「ココクリ」
期間:11月21〜30日
場所:渋谷パルコ1階POP UPスペース
住所:東京都渋谷区宇田川町15-1
営業時間:11〜21時
プロデューサー:栗野宏文
監修:山縣良和
参加デザイナー
可児真嗣、金子圭太、中村英、松田悠太、馬渕岳大、村尾拓美