日本時間2月5日、米・ロサンゼルスのクリプト・ドットコム・アリーナで開催される第66回グラミー賞授賞式。今年も豪華な顔ぶれがノミネートされる中、日本人として注目したいのは、女性音楽プロデューサーのTOMOKO IDAだ。彼女が参加したタイニー(Tainy)のアルバム「DATA」が、ラテン部門“最優秀 アーバン・ミュージック・アルバム賞”にノミネートされ、日本人女性プロデューサーとして初のグラミー・ノミネーティッド・プロデューサーとなった。AI、三浦大知、SixTONES、EXILE TRIBEといった著名アーティストの楽曲プロデュースやファッション広告の音楽制作を行い、世界へと躍進し続ける彼女はどんな人間なのかーーこれまでの軌跡を振り返り、次なる展望を語る。
PROFILE:TOMOKO IDA/音楽プロデューサー プロフィール
(ともこ・いだ)母親の影響で幼少期から音楽に興味を持ち、2010年にビートメイカーとしてアーティストデビュー、2016年から音楽プロデューサーとして活動を開始した。日本のセールスチャートで1位を獲得した作品に多数携わり、今年はラテン界のヒットメーカー・タイニーとの楽曲「obstáculo」が全米ビルボードTOP200で11位を獲得。「イヴ・サンローラン」や「トミー ヒルフィガー」、「ナイキ」といったグローバルファッションブランドに関わる音楽制作も行う
東京からグラミーへ。音楽プロデューサーへの道のり
WWD:音楽の道に入ったきっかけとは?
TOMOKO IDA(以下、TOMOKO):母親が音楽教師だったことから、昔から音楽の仕事に携わりたいと思っていました。ダンスやDJなど、色々なことに挑戦する中でトラックを作る仕事に興味を持つようになり、MPCでパフォーマンスをする形で2010年にアーティストデビュー、16年に音楽プロデューサーとして本格的に始動しました。最初は音楽一本では生活できず、アルバイトをしていた時期もありました。少しずつ仕事が増えていっても、常に自分が得意とする楽曲を作れていたわけではなかったですが、色々なジャンルを勉強できたことが良い下積みになったと思います。ただ昔からずっと海外で仕事したいという気持ちがあったし、「海外のアーティストと一緒に曲を作るんだろうな」「グラミーの赤絨毯を歩きたいな」と、よく妄想していました(笑)。
WWD:音楽プロデューサーという職業を、どのように定義する?
TOMOKO:日本でも海外でも、音楽プロデューサーという職業の定義はまだ曖昧ですよね。日本では、新人オーディションをしてメンバーを募り、彼らを教育して、楽曲を出すという流れを考えるアイドルのプロデューサーのような人をイメージする人も多いのではないでしょうか。一方欧米では、楽曲トラックを作っただけでプロデューサーと呼ばれたりもします。でも私の中では、トラックを作るだけであればビートメイカー。音楽プロデューサーはトラックも作るし、起用するトップライナーや演奏者の選出、レコーディングやリリックの方向性、ミキシング、マスタリングまで全ての工程に責任を持つ人だと思っています。現在は複数人で楽曲を制作する共同プロデュースが主流となってきているので、時とともに音楽プロデューサーの定義が変わるかもしれませんね。
ターニングポイントとなったタイニーとの出会い
WWD:楽曲「obstáculo」の制作エピソードが聞きたい
TOMOKO:タイニーはバッド・バニー(Bad Bunny)、J・バルヴィン(J Balvin)、デュア・リパ(Dua Lipa)、ショーン・メンデス(Shawn Mendes)、カーディー・B(Cardi B)といった錚々たるアーティストの楽曲を手掛けるヒットメーカー。日本の仕事でレゲトン(スペイン語のダンスホールレゲエ)を作る機会があり、偶然彼のドラムキットを見つけて「かっこいい!」と思ってから、彼の音楽のファンになりました。その後インスタグラムで繋がってはいたものの特に接触はなかったのですが、昨年末に彼が東京に来ていることを知り、連絡を取り合うように。アルバム曲の制作の相談をされ、こちらから制作したデータを送り、しばらくして返信が来て「パーフェクトだ、本当にありがとう!」ととても喜んでくれて、修正もなくスムーズな制作だったと思います。それが今回グラミーにノミネートされたアルバム「DATA」のリード曲であり、1曲目「obstáculo」の頭のサウンドになりました。本当に色々な人の協力のおかげで、自分が意識してきた“日本人ならではの音”を実現できたので感謝しています。何より私がリスペクトするアーティストや世間の人々に評価してもらえたことがうれしいです。
タイニーとの仕事は私にとって大きなターニングポイントであり、改めてラテンアーティストのファンになるきっかけになりました。「DATA」にも参加しているラテンラッパーのヤング・ミコ(Young Miko)は、コラボレーションしてみたいアーティストの一人です。彼らは日本人や日本文化をリスペクトしてくれるし、私も彼らが持つバイブスが大好き。変な上下関係もないから、変に自分を閉じ込める必要がないのもやりやすい。ものづくりとは言え、結局は人間同士の相性ですから、お互い尊敬し合える仲間と作ると自然といいものが生まれるんだと思います。
ファッションスタイルから見える、クリエイティブの相性
WWD:ファッション広告の音源にも携わるが、ファッションと音楽は互いに影響すると思う?
TOMOKO:ファッションの話はあまり詳しくありませんが、音楽プロデューサーやトラックメーカーの話で言えば、なんとなく服装から「こんな曲を作るんじゃないかな」とイメージができたりします。価格帯やブランドは関係なく、その人がまとうスタイルに魅力を感じるかどうかで、クリエイションの相性が見えることもありますね。感覚的なものをビジュアル化できる要素として、ファッションはすごく分かりやすいと思います。あとずっと忘れないのは、昔先輩のプロデューサーに言われた「作家は常におしゃれに気を使わなきゃダメ」という一言。「アーティストたちを引っ張っていく立場だから、ダサかったら誰もついてこない」と。これは今でも、私が仕事をする中で意識するポイントかもしれません。
過去にスウェーデンでセッションウイークがあった時に、毎日洋服をすごい褒められて。多分日本人からしたら普通の服装だったんですけど、向こうの人からはかわいく見えたようです。“東京”そのものが海外からはブランドだったりするので、”東京人”が着ているだけでよく見えるのかもしれないですね。でも日本人の身だしなみへの気配りは素晴らしいと思うし、クリエイティブの繊細さにもそういうところが出ているように思います。日本の音楽って、Aメロ、Bメロ、サビ、Cメロ……1曲の中に細かく色々な展開が盛り込まれているのが特徴的で、海外の作家には手が込んだことをしていると感心されます。
大切なのは「チャンスが来たその時、差し出すカードはあるか」
WWD:若手クリエイターにアドバイスをするとしたら?
TOMOKO:音楽だけではないと思いますが、1つ目はとにかくやり続ける。今回のノミネートでも感じましたが、1曲作っただけで何かが実ることなんてあり得ない。ずっと作り続けて、実ってくるものが少し出てきて、その点と点が結ばれて、やっと大きくなるものなんだと思います。
また、人脈があるに越したことはないですが、大切なのは“チャンスが舞い降りた時に差し出すカードが準備できているか”。音楽業界だけではないと思いますが、人脈ばかり追いかけて、本来の自分の仕事や磨くべきスキルが置いてきぼりになっている人も多いのではないでしょうか。いくらチャンスがあっても、必要とされる能力が準備できていなければ実を結ばないし、弱みにつけ込まれてしまうかもしれない。実力があってこそ、人脈が活かされるものだと思います。
そして、魅力があるクリエイターたちはいつでも自分のスタイルを貫き続けている。制作を続けていく中でクライアントの要望に寄せなきゃならない時もでてくると思いますが、それらが世に出るということは、自分の手掛けた作品になるということ。ブレずに自分の仕事に責任を持つことが大切だと思います。
世界を目指す女性音楽プロデューサーの道しるべに
WWD:今回のノミネートを機に、海外へ拠点を移す可能性は?
TOMOKO:具体的な時期はまだ未定ですが、来年は再び海外移住を考えています。昔住んでいたニューヨークがいいかなと思っていたんですが、現地のソニーのスタッフに「ヒップホップやトラップならアトランタだし、ポップスならナッシュビル、全部を網羅したいならロサンゼルス。ニューヨークに住んでいるプロデューサーやアーティストでさえ、曲を作りにロサンゼルスに行くんだよ」と言われてから、やはりロサンゼルスでの経験も必要かなと思っています。
WWD:世界的に見て女性の音楽プロデューサーの数は少ないが、どうしてだと思う?
TOMOKO:この表現が正しいかはわかりませんが、やっぱり“男性脳っぽい”仕事だからじゃないですかね。常に技術がアップデートされる世界で、色々な機材やテクノロジーを使うので、ロジカルな思考を持つ男性に偏りがちな職業なんだと思います。一般的に、男性が理論的なのに対して女性は感情的だと言われますし、生理周期の影響で気分も変わる。逆に言えば、そういった女性のエモーショナルな部分からは多くのクリエイションが生まれるはずです。
WWD:次なる目標や、挑戦してみたいことは?
TOMOKO:もともと「海外に行ったら、目指すはグラミー・ノミネーション」と思っていたのですが、ありがたいことに今回達成することができました。まだ今回の結果はわかりませんが、次の目標は賞を獲得し、グラミー・ウィニング・プロデューサーになることかな。また、今回のノミネートはラテン部門なので、主要部門でノミネートされることも目標にしたいですね。
アワード以外の部分で個人的にチャレンジしてみたいのは、ドラムレスビートの制作かな。これまで自分が手掛けた楽曲で世に出ているものは、比較的ハードなビートが特徴的な作品が多いから、そういうリクエストをされることが多くて。もちろんハードなものを作るのも大好きですし今後も続けますが、違う世界観の音楽も好きだから作ってみたいです。
先述した通り、世界的な音楽産業の中でも女性プロデューサーは少なく、3%以下だと言われています。その中でアジア人と言ったら、本当にわずかなんじゃないかなと思います。そしてどうしても、アジア人というだけであまり期待されてないっていうか、少し下に見られがち。だからこそもっと頑張りたいし、世界で闘える日本人のプロデューサーが増えるとうれしいです。特に女性のプロデューサーの場合は前例がほぼないと思うので、私のことを良いサンプルにしてもらえるように、これからも精進していきたいと思います。