ファッション業界のご意見番であるコンサルタントの小島健輔氏が、日々のニュースの裏側を解説する。今回のテーマは、アパレルのマーチャンダイジング。MDと略されることが多いこの言葉だが、アパレル業界においては具体的に何を指すのだろうか。どこよりも詳しく説明してみよう。
主要アパレルチェーンの店頭を毎月一巡しているが、今のマーケットに適応しているチェーンと外しているチェーン、上手くMDを組めているチェーンと混乱しているチェーン、季節在庫をスムースに消化しているチェーンと売れ残り在庫を抱えているチェーンなど、各社の明暗が如実に見える。業績を左右するマーチャンダイジングの定石をマーケットサイドから検証してみたい。
売り上げを左右するマーケットサイド要件
アパレルチェーンの売り上げを左右する要件はマーケットサイドとサプライサイド、インサイドに大別されるが、サプライサイドとインサイドを追求すると限りがないので別の機会に譲るとして、今回はマーケットサイドを向いて「顧客需要カバー」と「MDの組み方」にフォーカスする。
「顧客需要カバー」には世代やジェンダー、ライフスタイルやテイスト、体形や骨格タイプとウエアリングスキル、価格帯や購買利便(立地やチャネル、提供方法)、社会的好感度などさまざまな要素があり、企業の立ち位置や競合関係によって要となる要素は微妙に異なる。拡大するマーケットに適応しても競合過多でレッドオーシャンになっては苦しいし、衰退するマーケットでも競合が次々と撤退すればブルーオーシャンになって残存者利益が得られる。
さまざまな要素を3D、4D的に鳥瞰すれば意外な「空白市場」が見えてくる。商業施設開発ではメトロサバブ周辺過疎圏(車依存)やメトロアーバン人口密集地(徒歩・自転車依存)の近隣生活圏コンビニエンスSC(ショッピングセンター)、業態開発では高頻度来店の食品需要を取り込むフードプラスドラックストアや外食・中食需要を取り込むミールソリューション型エンターテイメントスーパーマーケット(1店平均売上高1億ドル超!※)など「食品」を要とした革新が盛んだが、衣料分野は出遅れている。下着・靴下・ナイティーを拡充したり、ドラッグストアのように均一価格雑貨を併設して客数を取り込んだり、集いと交流のカフェを併設して来店頻度を高めたり、試着予約や店受け取りなどOMO(オンラインとオフラインの融合)でネット顧客の店舗誘導を図ったりしているが、ドラッグストアやスーパーマーケットのような「業態革命」には程遠い。
アパレル小売業でも米国では来店客数や来店頻度が増えるカテゴリーミックスや提供方法が模索されて来たが、成功例としてはターゲットのビューティ&ヘルスケア部門拡充、コールズのセフォラ導入、メイシーズのブルーマーキュリー買収と導入などビューティ関連に限られる。「食品」による集客は米国でも我が国でもバレンタインなどギフト需要ぐらいだが、特定期間に限られる。
結局のところ、アパレルチェーンが来店客を増やすにはしまむらのように客層の間口を広げるか、ユニクロのようにMDコンセプトの「普遍性」を確立するしかないようだが(私は異分野カテゴリーミックスは可能と考える)、確実な方法は(A)世代やジェンダー、ライフスタイルやテイスト、体型や骨格タイプとウエアリングスキルの3Dなマーケティングミックス、(B)マーチャンダイジング編成の確立と展開シナリオのスキルアップ、の2点だと思われる。
※.ウェグマンズフードマーケット(Wegmans Food Markets.Inc.)…ニューヨーク州ロチェスターを本拠に東海岸9州に110店舗を展開。22年度で118億8000万ドルを売り上げ(1店平均10800万ドル/158億円)、23年10月18日にはロワーマンハッタンのアスタープレイスに8129平方メートルの新店を開設した。生鮮食品のマーケットプレイスやオープンキッチン・イートインを中核にグロサリーや日用品、ドラッグやコスメもそろうエンタメ感覚の超大型スーパーマーケット。
「横売りMD」と「縦売りMD」
顧客を広げるには、さまざまな世代やジェンダー、ライフスタイルやテイストの顧客に個別対応するバラエティーを幅広くそろえるか(「横売りMD」)、普遍的なコンセプトとMDのスキルでさまざまな顧客を一網打尽にカバーするか(「縦売りMD」)、2つの方法がある。
前者では売り場と在庫が肥大して速やかな在庫消化が難しくなるからバラエティーにも限界があり、在庫の奥行きも浅くせざるを得ない。後者ではコンセプトと認知、MDとサプライの確立に長い試行錯誤の期間を要し、大量の補給在庫を抱える必要もある。事業が成り立つには、前者は商圏人口が限られる生活商圏において高い占拠率を確保する最小公倍数的カバーの「横売りMD」、後者は一網打尽と言っても限界があるから一定以上の商圏人口が確保できる地域商圏から広域商圏において最大公約数的カバーの「縦売りMD」で対応することになる。
同一商品のカラーやサイズの展開を最小限に抑えて在庫の奥行きも持たず、バラエティをそろえて売り切っていく「横売りMD」(ザラやしまむらが典型)は在庫の消化回転はファストだが、ヒット商品による売り上げの縦積みは望めない。同一素材のアイテムやサイズ・カラーを展開して在庫の奥行きを持ち、補給体制を構築して長期間継続販売する「縦売りMD」(ユニクロやギャップが典型)はヒット商品による売り上げの縦積み効果は大きいが、在庫の消化回転はスローで残品リスクも大きい。
実際のマーチャンダイジングではどちらか100%ということはなく、「横売りMD」を基本に販売期間の長い重点アイテムのみ「縦売りMD」を組んだり、「縦売りMD」を基本に販売期間の短いシーズンアイテムのみ「横売りMD」を組んだり、消化回転やサプライ環境を見て両者のバランスを変えたり、現実的に運用されているが、マーケット対応の基本スタンスは出店政策と相反しないよう明確にするべきだ。
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