ファッション
連載 須藤玲子の見果てぬ布の旅 第3回

気鋭のデザインユニット「we+」が描く「テキスタイルの拡大図」(前編)【NUNO 須藤玲子の見果てぬ布の旅vol.3】

林登志也、安藤北斗/we+デザイナー

「we+(ウィープラス)」はリサーチと実験に立脚した手法を駆使するコンテンポラリーデザインスタジオ。林登志也(左)と安藤北斗(右)により2013年に設立。日々の研究から生まれた自主プロジェクトを国内外で発表しており、そこから得られた知見を生かしてさまざまな企業や組織のプロジェクトを手がける。主な受賞に、Dezeen Awards / Emerging Design Studio of the Year Public Vote(英)、EDIDA / Young Designer of the Year Nominee(伊)、日本空間デザイン賞金賞など多数。ドイツのVitra Design Museumなどに作品が収蔵されている

連載3回目となる本稿は、開業間もない麻布台ヒルズの大垣書店で開催中の「KYOTO ITO ITO Exploring Tango Threads―理想の糸を求めて(以下KYOTO ITO ITOと略)」展のディレクターをつとめるコンテンポラリーデザインスタジオ「we+(ウィープラス)」の林登志也氏と安藤北斗氏に話を聞く。

「KYOTO ITO ITO」展は、10月5日から30日まで京都・堀川新文化ビルヂングで開催されたものの巡回展。この建物を運営するのは、京都を中心に数多くの店舗を展開している大垣書店だ。大垣書店は書店を「本と人が出会う空間」と捉え、東京初となる麻布台ヒルズ店にはギャラリーも併設。杮落としがこの展覧会となった。

we+はプロダクトをはじめ、インスタレーションやグラフィックなど、多角的な領域でディレクションとデザインを行う。今回のKYOTO ITO ITO展でもディレクションのほか、グラフィックデザイン、会場構成、テキスト作成を担当。そのwe+が得意とするのが、テクノロジーや特殊素材を活用した実験的なアプローチだ。ユニークな活用法を見いだすためには、微細かつ徹底的なリサーチが欠かせない。対象となるものにピントをどう合わせて、近づいていくか。ふたりの異なる「眼」があることで、最適解を探っていく過程も深みが増す。この「複眼的であること」が、彼らの大きな魅力だと須藤も言う。

丹後産地を、須藤さんと深く潜航

本展は日本を代表する絹織物産地である丹後を林氏と安藤氏が訪ね、養蚕・製糸・製織といった「絹織物ができるまでの工程」をリサーチ。その成果を、とりわけ「糸」にフォーカスして見せている。丹後は、須藤の布づくりにとっても重要な産地のひとつ。林氏と安藤氏が訪ねた工場の技術を採り入れて、須藤とNUNOのスタッフがデザインしたテキスタイルを合わせて展示している。

これまでさまざまな素材に向き合ってきたwe+が須藤と初めて協業したのは2021年のこと。東京・AXISギャラリーで開催された「nuno nuno」展で、空間デザインを担当。NUNOの表情豊かなテキスタイルを枠に張り、キューブに仕立てて回転させた。能動的にテキスタイルに近づいていきたくなる展示は評判を呼び、京都へと巡回。「テキスタイルの常識から遠く離れた展示だとあとで言われました。このアプローチを須藤さんが気に入ってくれたことが、今回の展覧会につながります」(林氏)。

丹後産地をルーペで「深く&超拡大」

展覧会場は大きくふたつのパートにわかれている。まずは養蚕・製糸・製織の工程を紹介するパート。蚕が元気に桑の葉を食み、繭となり、そこからすーっと細い糸がたぐられる。さらに撚って、織って、糸は布になっていくことがよくわかる。もうひとつのパートでは、製織を手がけた6事業者それぞれの布づくりの特色を紐解き、超絶技巧とも言える技術の特殊性を浮かび上がらせている。からみ織り、縫取ちりめん、螺鈿織、絹リボン糸、紙糸、ジャガードのデータ制作、引箔の裁断と、技術も時間もエネルギーも相当に必要な技巧ばかりで、丹後という産地の個性が再現されている。

ユニークなのが、会場にルーペがいくつも置いてあること。来場者はルーペ片手に、糸やテキスタイルにぐっと近づきのぞき込む。「リサーチに同行したスタッフが、ルーペを持参していたんです。ルーペでテキスタイルをのぞいたら、肉眼では見えない『とんでもなく複雑な世界』がそこにはあって、宇宙を見ているかのよう。みんなで大興奮して、ルーペの取り合いになりました」(安藤氏)。

繊維の柄や目付けなどの確認のため、布づくりの現場にルーペは必ずある。ただしwe+のスタッフが持参していたのは縞見ルーペではなく、宝石鑑定用のそれで、ピント合わせを行う必要がある。それが能動的なアクションを呼び起こし、本来の目的とは異なる面白さが加わった。このアクションを展覧会場に活用し、布づくりの現場の高揚感を観覧者に届けたのである。

実際にルーペをのぞくと、一本の糸と認識していたものが実は何本もの細い糸を撚っていることが、リアルに迫ってくる。各事業者の技巧も、拡大してみるとそのすごさがダイレクトに飛び込んでくる。たとえば貝殻の真珠層を糸にして、緯糸(よこいと)として生地に織り込んだ螺鈿織をルーペでのぞくと、裁断された貝殻糸がぴったりと柄が合うように織られている。深海をたゆたうような優雅な織物は、気の遠くなるような労力から生まれていることがよくわかる。じっと見ていると、人間はこんなに手の込んだことができるのだと嬉しくなってくるほどだ。何千倍にも拡大してディスプレイに映し出すのとは違う、目の前にある細い糸を自分でのぞき込むことで得られる「体験」が、そこにはある。肉眼で見えている糸や布が、ルーペを通したらどう見えるのか想像するだけで楽しく、実際にのぞいてみると驚くほど立体的で複雑なことにさらに興奮。どんどんのぞいてみたくなる。きわめてアナログなツールが見る者を能動的にさせ、展示に躍動感を与えている。ぜひ、会場に足を運んで、糸と布の世界に没入してほしい。

それにしても、須藤とNUNOのスタッフによるテキスタイルを見ると、これらの技巧がしっかりデザインに反映されている点にあらためて感嘆を覚える。そこで次回は、「布づくりのプロセスがわかればわかるほど、NUNOと須藤さんのすごさが見えてきた」というふたりが語る、須藤の布づくりの特質に触れる。

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