そもそも今のラグジュアリー・ウオッチブーム、史上最高の海外輸出額を毎年更新しているスイス時計業界の大成功は、それ自体が壮大な再生・復活劇だ。スイスの時計ブランド各社は、正確かつ安価なクォーツ式時計の登場で「時代遅れの遺物」化していた機械式時計を、「職人が魂を込めて作る、時代を超えて輝くラグジュアリーアイテム」として再生する戦略を立て、見事に成功させた。つまりスイスの高級時計ブームは、ファッション界と同じ「ブランド再生」の物語だ。
そして「ブライトリング」自体が、クォーツ式ウオッチの登場でどん底の状態から再生した時計ブランドだ。ブライトリングの創業家3代目ウィリー・ブライトリング(Willy Breitling)から1979年にブランドを譲り受けたアーネスト・シュナイダー(Ernest Schneider)は「プロフェッショナルのための計器」というコンセプト、特に数々の伝説に彩られたパイロットクロノグラフをキーアイテムにしてブランドを再生。息子のテディ・シュナイダー(Teddy Schneider)と共に、機械式ムーブメントまで自社開発製造するマニュファクチュールへと発展させた。
その後「ブライトリング」は2017年、シュナイダー家から現パートナーズグループに売却され、グループはCEOにリシュモンで「IWC」を復興させたジョージ・カーン(Georges Kern)を招聘。カーンは「IWC」と同様のラグジュアリー戦略で「ブライトリング」を発展させてきた。モルガン・スタンレーによれば、「ブライトリング」の2022年の売上高は前年比プラス40%。売上総額は10億ドル(約1460億円)に迫っている。
そして「成功者はさらなる成功と発展を追い求める」もの。グループは、「ブライトリング」というブランドだけではこれ以上の成功は限界だと判断したのだろう。潤沢な資本を活用して、1930年代からクロノグラフの世界で、60年代には高精度モデルで業界をリードし「ブライトリング」以上の名門だった「ユニバーサル・ジュネーブ」を傘下に収めて再生するのだ。
90年代から再生・復活を試みるも
成功しなかった時計ブランド
ただ「ユニバーサル・ジュネーブ」ほど、90年代から時計ファンの間でずっと再生・復活が望まれながら成功しなかった時計ブランドもない。同社のアンティークウオッチは、時計コレクターの間では今も絶大な人気を誇り、ネットでブランド名を検索すると、まずアンティークウオッチがヒットするほど。いかに復活を望む人々が多いかわかる。
だが89年に「ユニバーサル・ジュネーブ」を買収してこれまで所有してきたステラックス(Stelux。漢字表記だと宝光実業)グループは、新型自動巻きムーブメントを開発したモデルを発売するなど、何度かブランドの本格的な復活に挑戦したが、残念ながらその期待に応えることができなかった。ちなみに同グループの主な事業は香港やマカオ、シンガポール、タイなどのアジア圏における時計の卸売&小売り事業。他にも「シーマ(CYMA)」などのブランドを所有しているが、自社の力ではハイエンドなブランドの復活は無理だと判断したのだろう。
時計ジャーナリストとして断言させてもらうが、「ユニバーサル・ジュネーブ」のいちばんの魅力はやはり1930年代に誕生した“トリ・コンパックス(3つのインダイヤル)”モデル、つまり機械式クロノグラフであり、その本格的な復活には欠かせないのは、最新仕様の自社製のムーブメントであり、そのムーブメントを搭載したレトロスタイルのクロノグラフだ。だがステラックスはそこまでの投資をしなかった。
一方、「ブライトリング」には、自社製クロノグラフムーブメント「B01」に代表される、機械式クロノグラフムーブメントの開発&製造経験とノウハウがある。また複刻モデルに対する見識もある。また、ブランドネームの大きさと可能性を考えると、「ブライトリング」の傘下のブランドにするのではなく、独自ブランドとして展開するはずだ。
これからパートナーズグループは、「ブライトリング」のムーブメント開発製造能力を活用して、同社のアンティークモデルを愛する時計コレクターも納得&感心する「ユニバーサル・ジュネーブ」独自の自社製クロノグラフムーブメントを開発し、搭載したモデルを看板にブランドを本格的に復活させることになるだろう。ぜひそうしてほしいと思う。