イアン・グリフィス/「マックスマーラ」クリエイティブ・ディレクター
英国生まれ。マンチェスターでアートとデザインを学んだ。当時の音楽シーンはニューウェーブ全盛期であり、多大な影響を受けた。建築を専攻した後にファッションに転向。マンチェスターの学校を首席で卒業し、ロンドンのRoyal College of Art (RCA) の修士課程に進学した。RCAにおける初期のプロジェクトのひとつがマックスマーラ主催のコンクールであり、本コンクールでの優勝をきっかけに1987年の卒業と同時にデザイナーとしてマックスマーラに入社。「ウェアラブルなモダンクラシック」「控えめなラグジュアリー」「知的なデザイン」というマックスマーラのフィロソフィーを表現し続けている。1990年からキングストン大学で教鞭を執りはじめ、92年から2000年にかけてファッション学科のディレクターに就任。ファッションビジネスで必要とされるクリエイティブな才能を育成し、産業と教育の密接なつながりを作り上げることに尽力した。近年はRCAの客員教授に就任、またマンチェスター・メトロ ポリタン大学から名誉博士号を授与された。現在マックスマーラのクリエイティブ・ディレクターとして、世界各地から集結したデザイナーチームを統括。彼の活動の拠点は、ロンドン、イタリア、スペイン、そして都会の喧騒から逃れることのできる故郷サフォーク。現代美術、カルチャー、建築、ガーデンに造詣が深い。
「マックスマーラ(MAX MARA)」の2024年春夏コレクションは、ジャンプスーツやワークジャケットなどミリタリーのユニフォームを題材に、自らの力を信じて道を切り開く強い女性像を描いた。1987年に同社に入社して以来、女性をエンパワメントする服作りを追求してきたイアン・グリフィス=クリエイティブ・ディレクターに、その極意を聞いた。
WWD:毎シーズンエンパワリングな女性のアイコンがテーマに掲げられるが着想源はどこから?
イアン・グリフィス「マックスマーラ」クリエイティブ・ディレクター(以下、グリフィス):パワフルな女性たちみんな。オフィスのデスクには、私が尊敬する女性たちの写真がたくさん飾ってある。マリリン・モンロー(Marilyn Monroe)からグレタ・トゥーンベリ(Greta Thunberg)、エリザベス女王(Queen Elizabeth II)、作家のシドニー=ガブリエル・コレット (Sidonie-Gabrielle Colette)、そして私の母の写真も。おそらく40〜50枚くらいあると思う。彼女たちの歴史や活動を振り返ってその力を感じとり、どうやったら現代の女性たちが同じようにパワフルに感じられるのだろうかと思いをめぐらせる時間が好きなんだ。
「マックスマーラ」がエンパワーするのではない、あくまでツールをお渡ししているだけ
WWD:男性デザイナーとしてどのように女性の視点を自分ごと化している?
グリフィス:私自身もよく自問する部分だ。ゲイの男性として、社会に存在を認めてもらうための苦しみは少なからず理解している。今は結婚の平等も達成されたが、1980年代のイギリスで育った私は、子どもの頃はゲイであることを話すことすら難しかった。この経験は女性に対する共感や想像力を養ってくれたと思う。
WWD:その共感をどのように服で表現している?
グリフィス:何か特別なレシピがあるわけではなく、緻密なディテールへの気配りの積み重ねでしかない。これを理解するためには、エンパワリングではない服について考えてみるといい。ランウエイでは輝かしいドレスでも、それを着るために自分が変わらなきゃいけない、もっと若く見えなきゃいけない、もっと細くならなくちゃいけない、そんな風に不安で仕方なくさせるような服のことだ。私たちがデザインするのは、朝それを身にまとった時に気分を上げてくれる服で、一度まとったら忘れてしまうくらいの服。着ている人に余計な心配を与えずに、その人が今力を注ぎたいことに集中させてあげられるような服のことだと理解している。とはいえ、いつも気をつけているのは上から目線にならないこと。「マックスマーラ」がエンパワーするのではない、あくまでツールをお渡ししているだけ。エンパワメントするのは女性たち自身だから。
WWD:80年代から今にかけてエンパワメントの定義に変化は?
グリフィス:87年に私が入社した当時の女性の服装は、働く場でのドレスコードが焦点でパワーショルダーのようなスーツが台頭した。ユニフォームを着ることがエンパワーメントだったように思う。そこから今にかけては、より自己表現にプライオリティーが置かれるようになった。2024年春夏コレクションで私がミリタリーをテーマにしたのにはちょっと矛盾を感じるかもしれないが(笑)。「マックスマーラ」は、着ていることを忘れさせてくれる服という軸は変えないものの、多様な女性たちがそれぞれに着飾ることができるオプションを広く用意することを心がけている。フェミニズムに対するイメージも変わった。1960〜80年代のフェミニズムは、政治的で女性たちもフェミニストを名乗ることをためらうようなムードがあった。当時は私たちも会社としてフェミニストのフィロソフィーを大きく打ち出してはいなかった。しかし現代の“マックスマーラ ウーマン”は過激なアクションで権利を訴えることはしないものの、同時にパワフルであり彼女たちが影響力を及ぼすことのできる範囲で着実に変化を生み出そうとしている。多様なフェミニズムがある今、「マックスマーラ」も自然にフェミニストの立場を表明できるようになった。
自分に自信を持ちたいと思う女性たちが求めるものは世代の垣根を超えても変わらない
WWD:先日六本木で行われたテディベアコートのアニバーサリーイベントでは、若年層から大人世代までたくさんの女性が集まった。特に最近、ブランドのコミュニティーが拡大している感覚はある?
グリフィス:それを聞けて嬉しい限り。若い世代を私たちのコミュニティーに向かい入れることはすごく重要だが、それは既存の顧客に寄り添わなければ実現しない。難しいことではない。私の最大のミューズである母と話した時に、彼女は今87歳だが「私が惹かれるモノと、私の姪や孫娘のそれとが大きく違うなんて思わないで。私たちはみんな同じものが好きなのよ」と言われた。例えばテディベアコートがそれにあたるだろう。50歳を過ぎたらよりコンサバティブなものを求める、という具合に見方を変えるのは間違い。自分に自信を持ちたいと思う女性たちが求めるものは世代の垣根を超えても変わらないんだ。
WWD:表参道を歩いてみて、日本の女性たちの装いについて思うことは?
グリフィス:私が初めて来日した80年代からは大きく変わったよ。当時の若者たちはみんなパンクに影響されていて、ロンドンのカムデン・タウンのようだった。その後20年間くらいは、アメリカのスーツスタイルが流行っていた。土曜日の午後でもスーツにハイヒールの女性をよく見かけたよ。今は20代も40代もそれぞれの個性を表現したファッションになったと思う。
WWD:特に日本の女性たちに届けたいメッセージは?
グリフィス:「マックスマーラ」は成功を手に入れたいと願うすべての女性たちのためのツールを提供したい。私がデザインする服は、袖を通せば自信がみなぎるはず。そして何よりもファッョンの喜びを忘れないでと伝えたい。朝を起きて素敵な服をまとった時の高揚感やファッションの持つパワフルな力を信じ続けてほしい。