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連載 小島健輔リポート

「リステア神話」からリテールメディアを展望する【小島健輔リポート】

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ファッション業界のご意見番であるコンサルタントの小島健輔氏が、日々のニュースの裏側を解説する。今回のテーマは、近年ビジネスの世界で耳にする機会が増えた「リテールメディア」。この言葉自体が広まったのは最近だが、リテールメディアとも呼ぶべき取り組みはファッション業界で以前から存在した。深く考察してみよう。

「リステア(RESTIR)」元社長の高下浩明氏が「リテールメディア」をうたってデジタル百貨店「246セレクト(246select.com)」をローンチしたが、振り返ってみれば東京ミッドタウンの「リステア」はラグジュアリーブランドから広告費を稼ぐなどリテールメディアの先駆けだった。ECモールに発して店舗小売業でも収益が期待されるリテールメディアはアパレル業界でも広がっていくのだろうか。

「246セレクト」と「リステア 東京ミッドタウン」

「246セレクト」は在庫を持たないセレクト&キュレーション型メディア事業で、気になる商品をタップすると商品説明ページに飛び、クリックするとブランド公式ECの商品ページに移行して購入できる。ラグジュアリーブランドからストリートブランド、コスメやジュエリー、ガジェットやインテリア、車やアートなど約80ブランドでスタートしており、取扱手数料(アフィリエイト)ではなく「メディア出稿料」でマネタイズしている。

 スタートからメディア出稿料を稼げるのはリステアで培ったセレブや富裕層など消費リーダー(イノベーター、アーリーアダプター)とのネットワーク、ラグジュアリーブランドなどブランドメーカーとのネットワークがあるからで、リテールメディアで先行する大手小売業とて「販促費枠」にとどまって「広告費枠」の獲得が課題であることを思えば突出した感がある。それほど「リステア 東京ミッドタウン」は時代を先取りしたリテールメディアだったのだろう。

 「リステア 東京ミッドタウン」は07年3月、三井不動産が六本木の防衛庁跡に開発した東京ミッドタウンの正面入り口に1〜2F計1000平方メートルでオープンした「リステア」の旗艦店で、ラグジュアリーブランドのイベントやポップアップなどブランドメーカーからの広告費収入の方が商品売り上げより多かったという「神話」が残る(私は当事者から直接に聞いたが集計期間は不明)。確かに客層は華やかで芸能人やモデルも散見され、あたかも70年代の会員制ディスコ「キャステル東京(Castel Tokyo)」か「スタジオ54(STUDIO 54)」かのようだった。

 ファッションストアのリテールメディアとしては、97年に創業して2017年にクローズされたパリ・サントノーレ通りの「コレット(colette)」という先達があるが、バブリーな華やかさという点で「リステア 東京ミッドタウン」に並ぶものはないだろう(VMDの華やかさでは19年1月に閉店したニューヨーク五番街の「ヘンリベンデル」を挙げておきたい)。

経済格差がもたらした「外人租界」ヒルズ

 商品売り上げの採算を超える「手数料収入」で繁栄しているという点では伊勢丹新宿本店もリテールメディアと言えるかもしれないが、商業施設でも森ビルの六本木ヒルズや表参道ヒルズも商品売り上げの採算を超える家賃収入で成功しているリテールメディアと見るべきだろう。

個々のテナントの売上対比賃料負担率は知る術もないが、業界に伝わる数字は到底、採算が望めるものではないから、一種の「宣伝費」として割り切られていると思われる。伊勢丹のバイヤーが「当店との取引で利益を望まないでください。宣伝効果で元は取れるでしょう。」と発言したという「神話」の真贋はともかく、似たような論理が成り立っていることは間違いない。

森ビルは03年開業の六本木ヒルズ、06年開業の表参道ヒルズに続き、本年11月には麻布台ヒルズを開業したが、六本木ヒルズと麻布台ヒルズに共通するのが先進国との経済(通貨価値)ギャップが際立つ「外人租界性」ではないか。失われた30年の果てに1人当たりGDPが先進国(G7)最下位に転落した落日のわが国と先進国の通貨価値ギャップが消費水準と価格のギャップとなり、わが国の水準から突出している港区周辺よりさらに高価格帯のインフレ経済が成立している。そんな「外人租界」ステータスも売り上げと家賃を押し上げる一種のリテールメディア効果と見るべきかもしれない。

わが国がまだ戦後の貧しさを残していた1970年代の六本木・麻布界隈は経済・生活水準上位者の欧米人が闊歩する「外人租界」で、1ドル=360円(70年)〜239円(79年)という経済格差が際立っていた。欧米文化に憧れる若者が集って特異な「租界風俗」を形成し、国内最先端のカルチャーを発信していた時代であり、前述した「キャステル東京」など「租界風俗」の発信源だった。

そんな途上国時代は遠い過去になったと思っていたら、失われた30年の経済凋落の果てに再び欧米との間に経済格差が開き、1人当たりGDPでは韓国や台湾に追い付かれ(給与水準は追い抜かれた)、外国資本の侵略におびえる一方で外国人富裕層のインバウンド消費にすがる体たらくに没落したわが国に、再び「外人租界」が広がりつつある。六本木ヒルズでもその印象は強かったが、麻布台ヒルズのマンション分譲価格(200億円を超えるペントハウスを除いても平均20億円)や賃貸家賃(1LDKで50万6340〜91万6700円)、高級ブランドのラインナップを見るにつけ、インフレに昇給が追いつかず10月まで19カ月連続で実質賃金の減少が続くわが国民には手の届かない「外人租界」に見えるのは致し方あるまい。

リテールメディアの奔流

 小売業が「広告枠」を売って収入を得るというリテールメディア事業は、アマゾン(2012年開始)から始まって他のECプラットフォーマーにも広がり、ウォルマートなど大手小売りチェーンにも波及しつつある。

米国のリテールメディア市場は22年で377億2000万ドル、23年は19.7%伸びて451億5000万ドル、24年は22.5%伸びて553億1000万ドルになるとeマーケッターは推計している。8割をアマゾンが占め、店舗小売業最大のウォルマートも7%を占めると伝えられるが、22年はアマゾンだけでもこの推計額を上回るから市場規模が過小評価されている。

アマゾンの22年度の売上高5139億8300万ドルのうち広告サービス収入は377億3900万ドルと7.34%を占め、プライム会費や電子書籍などのサブスク売上高352億1800万ドルを上回る。ウォルマートの米国売上高4205億5300万ドルのうち広告収入は27億ドルと0.64%に過ぎないが大半が利益になるはずで、営業利益の13.1%を占めて貢献している。ちなみにZOZOの23年3月期売上高1834億2300万円に占める広告事業収入77億7000万円の比率は4.2%に過ぎないが、営業利益に占める割合は13.8%に達している。

米国リテールメディア市場規模はおそらく22年で500億ドルを超え、20%以上伸びたと見られる23年は600億ドルをかなり超えたのではなかろうか。27年には1051億ドルになるというeマーケッターの予測も控えめに過ぎるのかも知れない。少し古いデータになるが、21年のアマゾンの広告収入は310億ドルだったが、同年のユーチューブの広告収入288億ドルを超えていたから、リテールメディア市場の規模感が分かると思う。

リテールメディア市場の8割以上がアマゾンなどECモールのデジタル広告で、今後も年率20%以上のペースで伸びると見られている。その背景にあるのがデジタル広告のコスト上昇と広告効果測定の曖昧さに加えての個人情報のサードパーティ利用に対する規制強化で、売り上げという明確な広告効果が測定できるファーストパーティー利用のECモール広告にデジタル広告費が流れていくのは必然と思われる。

店舗小売業におけるリテールメディアも、ウォルマートのように自社ECモール内のデジタル広告に始まり、OMOアプリのインストアモードとID-POS※.の連携が確立してパーソナルかつジャストタイミングなレコメンドや広告訴求が可能になって、ようやく広がりつつある。逆に言えばOMOアプリとID-POSを連携できないシステム環境ではリテールメディア収入は期待できないことになりそうだが、米国の状況を見ていると必ずしもそうではないようだ。

ミールソリューション型の繁盛スーパーマーケットでもウォルマートでもアナログな試供実演販売が見直されており、D2Cから始まったポップアップ展開のトレンドにも乗って、賑わいを演出するタッチポイントとして拡大している。「販促費枠」という限界はあるものの「広告費枠」のデジタル広告と連携すれば収益性が高まるし、集客効果もあって売り上げという広告効果が確実なことも後押ししていると思われる。

 空床解消や未利用スペース活用から始まった賃料補填のポップアップショップも、デジタル広告と連携した「リテールメディア」として再構築すれば、ブランドメーカーの「販促費枠」や「広告費枠」が稼げる収益事業に発展するのではなかろうか。

※.ID-POS…顧客データ(ID)が紐づいた売り上げデータ(POS)

「リステア 東京ミッドタウン」に続くエンターテイメントストア

 ファッション業界でも自社運営のECモールをオープン化して外部商品を取り込んでいるところはモール上のデジタル広告が期待できるし、OMOアプリとID-POSを連携すれば来店客にパーソナルかつジャストタイミングのレコメンドや広告が打てる。顧客のスマホはもちろん、店内のサイネージでインパクトある訴求も可能だ。アナログなポップアップも、ネットとインストアモードのデジタル広告で支援すれば集客が確実だから「場所貸し料」を超えた「広告費」が取れる。

 課題は少なからぬ「販促費枠」や「広告費枠」を持った事業者の取り込みで、事業規模の限られるD2Cメーカーという次元ではなく、ラグジュアリーメゾンはもちろん、大手の化粧品メーカーや菓子メーカー、ゲームの機器メーカーやソフトメーカーなど、幅広く捉える必要がある。アナログメディア広告の減少に苦しむ広告代理店もリテールメディアに活路を求めているから、おのずからルートは広がるのではないか。

 結局のところ、広告主が効果を期待できる「魅力あるエンターテイメントストア」たれるかに尽きる。ミールソリューション型の繁盛スーパーマーケットなら集客力もエンタメ性も十分だから、食品メーカーや日用品メーカーの引く手数多だと思うが、ファッションストアでかつての「リステア 東京ミッドタウン」のような華やかなエンタメ性と魅力的な顧客層を持ったストアがあるのだろうか。

 華やかに演出できて多数の顧客が集まるとなると、相応の店舗環境とスペースが必要で、貧相な小型店舗では難しい。アクセスのし易さや決済利便も問われよう。となれば最も条件がそろうのは設備が整った都心の百貨店であり、元よりリテールメディア志向の強かった伊勢丹、80年代にはそんな芽もあった西武百貨店などが的確に戦略を構築すれば化ける可能性がある。ラグジュアリーブランドとのパイプも太いから、「リステア 東京ミッドタウン」を上回る大仕掛けも可能なはずだ。

 リステアにできたのだから、もっと体制が整った大手のセレクトチェーンがやる気になれば「リテールメディア」を意図した大型旗艦店が作れるのではないか。そんな期待はユナイテッドアローズの「Hビューティ&ユース」でも六本木ヒルズ店のリニューアルでも裏切られたし、ベイクルーズの大型店もそんな発想は欠けていた。「ビームスジャパン」は元よりメディアストアみたいなものだから、リテールメディア戦略を明確に打ち上げれば最短で実現できそうだし、リステアを引き受けたトゥモローランドとて黙ってはいないだろう。

 大手セレクト各社にはショービジネス的なエンタメ感覚も、ミールソリューション型繁盛スーパーのような賑わいタッチポイントも欠けている。「リテールメディア」に必須の両輪を欠く大手セレクト各社は、はっきり言って面白くない。どんなにセレクトやオリジナルにこだわって接客スキルを磨いたとしても、エンタメ感覚も賑わいもない店に顧客は寄り付くのだろうか。「リテールメディア」を模索するのを契機に、根本からあり方を見直してはどうか。

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