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ストから4カ月、そごう・西武労組委員長の「闘い」はまだ終わっていない

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PROFILE:寺岡泰博/そごう・西武労働組合委員長

(てらおか・やすひろ)1993年に西武百貨店(当時)入社。西武高槻店、西武池袋本店などで主に婦人服、婦人特選などを担当し、販売部ゾーン店長や企画担当、商品部バイヤーなどを歴任。組合役員としてはそごうと西武人事制度統一やセブン&アイHD傘下入りを経験。2016年中央執行副委員長、18年から現職 

そごう・西武労働組合による8月31日のストライキは、小売業界のみならず社会的な注目を集めた出来事だった。親会社セブン&アイ・ホールディングスがそごう・西武の売却を急ぐ中、蚊帳の外に置かれた労組は雇用などへの強い懸念を抱き、旗艦店である西武池袋本店で百貨店としては61年ぶりのストを決行。だがセブン&アイは売却を正式に決議し、スト翌日にはそごう・西武は米フォートレス・インベストメント・グループの傘下になった。それから約4カ月。労組を率いる寺岡泰博委員長は今、何を思うのか。

WWD:8月31日のストからもうすぐ4カ月。どう総括しているか?

寺岡泰博=そごう・西武労働組合委員長(以下、寺岡):総括といわれてもスト直後の気持ちと変わっていない。親会社が従業員に十分な説明もないまま売却を強行しようとする中、事業継続と雇用維持の懸念からストをせざるを得なかった。阻止できなかった結果を捉えれば、残念というほかない。悔しい。それに尽きる。

ただ、後悔はしていない。百貨店のお客さま、地域の皆さまをはじめ、さまざまな方面からの後押しを感じた。僕らとしては想定外だったが、メディアに大きく報じられ、働く者の権利にスポットがあたる契機になった。けして無意味な行動ではなかった。労働組合の立場でいうと、働く者が持つ権利を行使したことには意味があると考えている。

WWD:ストを決行する前に不安はなかったか。

寺岡:葛藤はもちろんあった。ストは8月28日に予告し、翌29日中に回答がなければ31日に決行という流れだった。本音はギリギリまでやりたくない。本当に決行してよいのか、頭の中をぐるぐるといろいろな考えが渦巻いていた。

西武池袋本店はとても大きい。入店客は毎日15万〜16万人。1日の売上規模も数億円にものぼる。完全にそごう・西武の自前の売り場ならまだしも、実際には取引先がスタッフを出して運営している売り場の方が多い。その日に買い物をする予定のお客さまもいるだろう。僕らの判断でそれが止まる。いったい何が正しいのだろうか。直前まで逡巡していた。

デモの参加者 数十人の予定が300人に増加

WWD:当日の朝をどう迎えたのか。

寺岡:前の晩は自宅に戻らず、西武池袋本店の近くのホテルに泊まった。シャッターが降りている百貨店のショーウインドウをみて、きょう1日シャッターが上がることはないのかと思うと、また不安になった。

報道陣に見つからないように、朝早い時間に事務所に入ろうとしたら、明治通りで知らない男性に声をかけられた。「委員長、頑張ってくださいね」と言われた。テレビ報道で私の顔を知っていたようだ。その一言で少し吹っ切れた気がした。

WWD:世間の理解が有るか無いかでは、だいぶ違う?

寺岡:ゴールデンウイークの前後、西武池袋本店の営業継続を求める署名活動を店の前で実施した。このときも僕らの中では「会社が赤字だから仕方ないだろ」「百貨店よりもヨドバシがいい」といった厳しい意見も覚悟していた。実際には好意的な反応が多くて驚いた。店舗の中で「どこで署名やっているの?」と尋ねて、わざわざ足を運んで下さる方もいた。西武池袋本店を愛するお客さまの声はずっと心の支えだった。しかしストへの理解が得られるかは別の話だ。最後まで不安は拭えなかった。

WWD:スト当日、池袋でのデモ行進やビラ配りには300人以上が参加した。

寺岡:こんなに集まるとは思っていなかった。数日前、組合員に参加を募った際は、数十人程度だった。7月に組合員による投票を行い、賛成93.9%の過半数でスト権を確立していたが、やはり組合員の中でも迷いがあったし、公然の場でのデモに抵抗もあっただろう。デモ行進をするにあたり、警察への届出は「最大50人」にしていた。50人も集まらないと思っていた。

だから8月28日の記者会見(スト実施の通告の発表)に同席してくれた高島屋、クレディセゾン、J.フロント リテイリング、三越伊勢丹、エイチ・ツー・オー リテイリングなどの労働組合幹部に、当日の参加協力をお願いした。だが、直前になって、そごう・西武の組合員からの参加希望者があれよあれよという間に増えて、最終的には約300人に達した。参加をお願いした各社の労組には「申し訳ないけれど、人数を絞ってください」と伝えることになった。

WWD:8月31日は猛暑の中、組合員たちがそろいの白い服を着て、「池袋に百貨店を残そう!」「西武池袋本店を守ろう!」と声を枯らしながら、しかし整然と呼びかける姿が印象的だった。

寺岡:僕らは賃上げや待遇改善を主張したいわけではない。地域の人たちにとっても大切な百貨店を残したい、これからも池袋の皆さんと一緒に歩みたい、そんな思いを伝えたかった。丸一日お客さまや取引先の方々に迷惑をかけるのだから、自分たちの主義主張だけでなく、理解してもらえるメッセージを訴えることにした。デモ活動やビラ配りで沿道の皆さんと接し、温かい声もいただいた。地域に支えられていることを肌で感じた。

今回のことは、言ってしまえば企業間の問題ではある。しかし長く駅前で営業する百貨店は、一企業だけのものではない。旧セゾングループの時代を含めて池袋の街と一緒に歩んできたし、お客さまに支持されてきた自負はある。これを資本の論理だけで変えていいのか。そんな思いを地域と共有したかった。

図らずも世の中に一石を投じた

WWD:ストの後、組合員からはどんな反響があったのか。

寺岡:「やってよかった」に尽きると思う。売却問題が浮上して1年半、従業員は先が見えない不安を抱えながら、お客さまや取引先と接してきた。スト活動を通じ、自分たちの主張を訴えることには意義があった。これからも声を上げていこう。そんな声が多かった。

ストで結果を変えることはできなかったわけだが、僕らの行動は誇りを持てるものだった。これからも全力で百貨店を残さないといけない。一人一人気持ちを強くした。

WWD:取引先からの反応は?

寺岡:専従を除き、ほとんどの組合員は百貨店の仕事と組合の活動を並行している。アパレルなどの取引先と接する機会もある。僕らにとってストは一つの節目になったけれど、取引先から見れば(西武池袋本店の大規模改装に伴う)自社のブランドや売り場の今後については何の進展もない。ストの1日だけの話では終わらない。現在進行形の話だ。

WWD:一企業のストライキの枠を超えて、社会的にも大きな影響を与えた。そごう・西武に触発されたかのように、他の業種でも組合結成の動きや久しぶりのスト実施が相次ぐようになった。

寺岡:結果としてそうなっただけ。僕らはそれだけ追い込まれて、(ストを)やらざるをえなくなった。そもそも労働者の正当な権利を主張する動きは、この数年の世界的な風潮。長年、労使協調路線で無風だった日本だが、新しいフェーズに入ったのかもしれない。図らずも僕らの活動が一石を投じたのかもしれない。

先月、台湾から台北市産業労働組合連合会の人たちが来日し、そごう・西武労働組合と交流した。ストライキについて学びたいということだった。池袋のストは台湾でも大きく報じられたらしい。台湾も日本と同じく労使協調だが、それだけでいいのかという問題意識があるようだった。

若手社員は意外に前向きな反応

WWD:新卒採用などに影響があるのでは?

寺岡:普通に考えればそうだ。しかし大学生を対象にしたある就活人気調査(編集部注:文化放送キャリアパートナーズ就職情報研究所、調査期間3月16日〜6月30日、総回答数1万4207)の「流通業界」でそごう・西武は1位だった。調査期間でストはまだ実施していなかったものの、売却をめぐるゴタゴタはけっこう報じられていた。僕らも不思議でならない。

今年4月に入社した新卒社員は、半年間の研修を終えて10月から各部署に正式に配属されるようになった。組合員になった彼ら彼女らに「会社はこんな状況だけれど、入社を後悔していないか?」と尋ねると、予想外に前向きな答えが多くて、これまた驚いた。

WWD:委員長に気を遣っているのでは?

寺岡:それもあるだろう。けれど、スト以降、若手社員から声をかけられる機会が非常に増えたのも事実だ。長く組合活動をしてきて、18年から委員長にも就任したが、若手の方から「会いたい」「握手してください」「元気をもらった」と言われるようになった。信じられない。(来年入社の新卒の)内定辞退が増えているかといえば、例年と同じ水準だという。もちろん心の奥底までは分からないが、従業員のムードはそんなに悪くない。

06年にセブン&アイ傘下になってからのそごう・西武は、全国に28店あった店舗を10店舗まで減らしてきた。約1万人いた従業員も約4300人と半分以下になった。たくさん仲間たちが会社を去る姿をずっと見てきた。残った従業員も周囲から「百貨店は先行きがない」「早く転職しなさい」と周囲から促される。組合活動に従事してきた者として忸怩たる思いだった。しかし今回のストに関しては、そういった声はあまり聞かれない。

約束を反故にすることは許されない

WWD:9月1日からのそごう・西武の新しい経営陣のもと、進展はあるのか。

寺岡:結論からいえば、何も変わっていない。労使協議は9月1日以降、6〜7回ほど行った。テーブルに着くのは、主に代表取締役の劉勁氏(フォートレス出身)と取締役執行役員社長の田口広人氏(そごう・西武出身)だ。経営側は10店舗体制の維持や雇用の継続などを宣言してくれている。しかし具体的にどう事業継続し、雇用維持していくのかについては、現時点で明確な回答はない。当初は具体的なプランニングを10月中に説明すると聞いていたが、年内にリスケされた。(アパレル企業などの)取引先との交渉が続いているので、後ろ倒しになったようだ。具体的な計画が出てくれば、労使協議は新しいステージに移る。しかし、それが出てこないことには僕らは何もできない。

WWD:ストの焦点は西武池袋本店の改装プランだった。店舗の半分がヨドバシカメラになれば、百貨店としての存続が危うくなるというのが組合の主張だった。

寺岡:西武池袋本店をめぐる改装プランが一筋縄ではいかないことは自明の理だ。ゼロから新しく建物を建てるならともかく、既存の売り場の営業を続けながら、館の半分をヨドバシカメラに改装する。ヨドバシカメラが出店する区画にある売り場やブランドが撤退すれば済む話でない。ヨドバシの区画から百貨店の区画に移動するブランドもあれば、百貨店の区画から撤退を余儀なくされるブランドもある。複雑な玉突きが避けられない。しかも(土地・建物を取得した)ヨドバシへの明け渡しの期限は24年の夏。本来であれば数年をかけて進めるような大手術だ。

赤字店舗であれば、そういった荒療治も必要かもしれない。だが西武池袋本店は黒字店であり、百貨店としての売上高も日本3位。一番店を置くアパレルブランドだって少なくない。たくさんの取引先の利害が複雑に絡む。そんな短期間でまとまるとは、少なくとも現場で仕事をする僕らの感覚では無理だ。

とはいえ、既に建物・土地自体がヨドバシホールディングの持ち物であり、そごう・西武はもはや一テナントなので主導的な動きはできない。とにかく時間がないのが実情だ。

WWD:そんな状況で事業継続と雇用維持は可能なのか。

寺岡:前の親会社であるセブン&アイは、西武池袋本店が半分になってもそごう・西武は再成長します、雇用は守ります、と主張してフォートレスへの売却を決めた。僕ら組合は「それは無理だ」とずっと異議を唱えてストに至った。現在の経営陣にも具体的な改装プラン、そして事業存続と雇用継続のシミュレーションを早く出すことを求めている。

WWD:闘いはまだ終わっていない、と。

寺岡:むしろ今後の方が難しい局面になる。(今回の再編は)そごう・西武という会社をよくするのが基本路線だったはず。事業継続や雇用維持について、彼ら(フォートレスおよび新経営陣)は、それが可能だと約束して買収した。その約束を反故にするような動きがあるのなら、組合は従業員のために声を上げないといけない。

WWD:そごう・西武で雇用維持できないのなら、元親会社のセブン&アイが人を引き受けるといった報道もある。フォートレスも傘下のゴルフ場などで受け皿になりうると報じられている。

寺岡:大事なのはそごう・西武の事業継続と雇用維持なので、他に受け皿があればOKという話にはならない。具体的な事業計画をつまびらかにし、このスキームで成長するために、どうしても要員の調整が必要だという提案があれば、聞く耳を持つけれど、いきなり受け皿ありきの雇用調整は筋が違う。

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