「オーラリー(AURALEE)」は、2024-25年秋冬コレクションをパリ・メンズ・ファッション・ウイークの公式スケジュールで現地時間1月16日に発表した。同ブランドは19-20年秋冬シーズンからパリでの発表を継続しており、リアルとデジタルを合わせて今回で11回目の参加となる。過去10回は、プレゼンテーション枠でミニショーを3回行う形式で、今回は初となるランウエイショー枠での開催だ。
「ショー前はいつも不安でいっぱい」
パリ・ファッション・ウイークは主要都市で最も過密スケジュールのため、プレゼンテーション枠を選んだブランドに与えられる時間帯は、ビッグメゾンや中堅ブランドのショーと重なることが避けられない。特に大手メディアのジャーナリストは、プレゼンテーションではなくショー枠のブランドを優先するのが通例である。「オーラリー」が今シーズン初めてショー形式での発表を選んだのは、パリコレ参加での経験から生まれた岩井良太デザイナーの自信の現れである。と書きたかったのだか、本人は「憂鬱で不安です」と、リハーサル直後に苦笑した。
ショー形式を希望したのは、「よりたくさんの人に見てもらいたいと思ったから」と岩井デザイナー。「パリコレに参加してから、過去に行ったミニショーには満足している。販路拡大という目的も果たせた。手応えを感じられるのは、支えてくれる優秀なスタッフのおかげ。僕自身は、常にクリエイションを高められるよう課題に取り組んでいるものの、もっと改善点があるのでは、とショー前はいつも不安でいっぱいになる」。
そんな心の内に不安を抱えているとはいえ、ショー前の岩井デザイナーとチームスタッフの雰囲気は終始リラックスムードだった。岩井デザイナーは、本番の2時間前に行ったリハーサルでゲストのシートに座り、ランウエイを見つめながら表情を変えなかった。靴ひものゆるみやベルト位置の確認、モデルがバッグを重そうに持っていると、中の荷物の量を減らすよう修正し、本番に向けて微調整が進む。ショー会場のパレ・ド・トーキョー(Palais de Tokyo)に設けた約400人分の座席はショー開始時間が迫ると共に埋まっていき、多くの大手メディアのジャーナリストがフロントロウでショーを鑑賞した。
ショーのテーマは“帰り道”
今季のテーマは“帰り道”だ。仕事を終えた後にジムへ向かう途中、友人との夕食の約束場所までの道、家族が待つ自宅までの帰路で感じる期待と高揚感。岩井デザイナーは、“帰り道”という日常の心なごむひとときから、コレクションのイメージを膨らませていった。「オンとオフの切り替え。そういう息抜きの瞬間ってかわいくていいなと思って」と、ショーでも“帰り道”の演出を盛り込んだ。
コレクションのベースは、「オーラリー」が得意とするテーラリングとワークウエアである。ショーは、シャツとネクタイの上にウールのジップアップブルゾンと、着古した風合いのアビエータージャケットを羽織ったファーストルックで開幕した。しっかり締まったネクタイが“オン”の緊張感を演出し、ゆったりとしたシルエットのボトムスの長めの裾が、丸みのあるレースアップシューズの上でたゆみ、“オフ”へと気が緩んでいく瞬間を切り取った。男女のモデルが交互に登場し、オフィスウエアから日常着、フォーマルを通ってイヴニングへとシームレスに移行していく。
素材は、軽量でハリ感のあるシェットランドウールに、アルパカ繊維をミックスしたツイード、スポンジのような弾力性を持つ保温性の高いメルトン、毛羽立つモヘアにフランネルのウールと、生地問屋が背景の強みを生かした多彩な上質素材はレイヤリングで強調する。表面に凹凸感のある表情豊かなファブリックは、「オーラリー」では定番であるニュートラルカラーの色彩に染まり、時折ターコイズやレッドのエネルギッシュなアクセントを加えながら、詩的な音色を奏でた。ウールボンディングのジャケットやコート、構築的なフォームのパーカと丸々と膨らんだパッファージャケットは、気の知れた仲間と過ごすリラックスした週末のオフ時間を美しく彩る。その足元には、2019年から協業している「ニューバランス(NEW BALANCE)」とのコラボレーションスニーカーが軽快さを加える。今季は“990v4”のスタイルにダスティーブルーとブラウン、ベージュのトーンで、スエードとメッシュをたっぷりと使った。
決して派手なデザインではない分、ルックごとに異なるストーリーと、キャラクターを想像させるスタイリングと演出も秀逸だ。ニットウエアをバラクラバのように頭に巻くスタイルは、氷点下のパリの街中で見たパリジャンのスタイルから踏襲したという。マフラーを無造作に巻き、アウターのポケットからは手袋がはみ出ている。バッグブランド「アエタ(AETA)」とのコラボレーションバッグは口が開いたままで、マフラーやシューズが覗く。ショー直前に思い付いて取り入れたという首からぶら下げる社員証には、モデルの写真入りという細かな演出。仕事帰りにクリーニング屋に寄った女性が手に持つのは、着用しているマスキュリンなスーツセットアップとは対照的な、女性らしい真っ白なロングドレスだ。「仕事とプライベートで異なる洋服をまとうという、一人の人が持つ多面的なキャラクター」を表現する意図があった。終盤には、パーティーの“帰り道”という想像をかき立てる、イヴニングウエアがそろった。ハリのあるチェック柄のスーツセットアップに、体を包み込むオーバーサイズのミニマルなコートと、ウールのスーツ生地を使ったコルセット仕様のジャンプスーツで、対となる男女のルックを披露してショーは閉幕した。個々の背景にあるキャラクターとストーリーを想像しながら見ていると、あっという間に終わってしまった。
シンプルな服で世界と戦うために
シンプルでベーシックなブランドのショーは、コレクションが単調に見えてしまうことも少なくない。しかし、日常のあらゆるシーンに適応するリアルクローズにストーリー性を持たせた「オーラリー」のコレクションは、「もっと見たい」と思わせてくれた。フィナーレに登場した岩井デザイナーは、安堵した表情で、ゲストからの拍手喝采に深々とお辞儀した。岩井デザイナーの「憂鬱で不安」な気持ちは、彼が服を作り続ける限り、きっとこれからも解消されることはないだろう。ただ、そのミリ単位でこだわる性格と人柄が、「オーラリー」を世界の舞台へと押し上げたのも事実である。最高のかたちでパリでの初のショーを終えて、日本への“帰り道”ではきっと心地いい気のゆるみを感じられるはずだ。