PROFILE: 左から三木均/リシュモン ジャパン社長、大西洋/羽田未来総合研究所社長
2023年12月、羽田空港第3ターミナル(国際線)の出国エリアに、日本の工芸品、衣料品、雑貨などを集めた店舗「ジャパン マスタリー コレクション(JAPAN MASTERY COLLECTION)」がオープンした。発起人は大西洋・羽田未来総合研究所社長。日本のモノ作りを世界に発信し、地場産業の活性化、ひいては日本の国力につなげるというビジョナリーなプロジェクトだ。多くのメゾンブランドを束ねるリシュモングループの日本法人トップを務め、ラグジュアリービジネスのプロフェッショナルである三木均リシュモン ジャパン社長の目に、この取り組みはどう映るのか。両者の対談から、「ジャパン・ラグジュアリー」の可能性を探る。(この記事は「WWDJAPAN」2024年1月15日号からの抜粋です)
WWDJAPAN(以下、WWD):羽田空港に日本の逸品をそろえる店舗「ジャパン マスタリー コレクション(以下、JMC)」を開いた。改めてその意図は。
大西洋・羽田未来総合研究所社長(以下、大西):大きくは2つある。日本のGDPの約半分は地方から生まれている中、地方のモノ作りや文化を産業化して、地方創生に寄与したいという思いがまず1つだ。2つ目は、長らく小売業に携わってきて、日本の百貨店や商業施設が海外のラグジュアリーブランドにあまりにも依存しすぎているという現実を見てきた。そういったブランドは日本製の素材を使い、日本の工場で縫製している。ならば、日本のモノ作りにはまだまだポテンシャルがある。それを海外のお客さまに発信していきたい。百貨店やSCはカテゴリー分類があるのでそうはいかないが、空港に出店するからこそ、「ディオール(DIOR)」の向かいに出られる。「サカイ(SACAI)」が英国の百貨店セルフリッジでラグジュアリーブランドフロアに出店した際、日本のデザイナーが世界で認められたように思えて涙が出るほどうれしかった。日本のデザイナーを後押しする店でもありたい。
WWD:「日本のモノ作り」というと、従来は伝統工芸と結びつくことも多かった。
大西:日本の伝統工芸にはすばらしいものが非常に多いが、それをそのまま出しても、なかなかお客さまに評価してはもらえない。コラボレーションなどの新しい切り口でイノベートし、よさを残していく。人間国宝の作家の方たちへの国からの支援があまりにも少ないことに対して問題意識も抱いている。人間国宝ですら次の作品を作れない。われわれが動くことで、そういった現実に少しでも光を当てたい。
WWD:ラグジュアリーブランドビジネスを長年見てきた三木社長は、今の話を聞いてどう感じたか。
三木均リシュモン ジャパン社長(以下、三木):ラグジュアリーブランドという言葉が使われるようになったのは、2000年代初頭以降のことだ。ファッションが隆盛を極めた1970〜90年代には、ラグジュアリーブランドという呼び方は存在せず、ファッションブランドだった。時代の変化の中で服ではなくバッグや靴が注目を集めるようになり、ファッションブランドと括れないものをラグジュアリーブランドと定義づけた流れがある。だから、ラグジュアリーブランドという言葉にこだわる必要は全くないと思っているし、なんなら使わないほうがいい。「日本のラグジュアリーブランド」と表現すると、どこか陳腐に聞こえてしまう。それは一旦置いておいて、「日本からラグジュアリーブランドが出てこない」と言われるときのラグジュアリーブランドとは何かを考えると、条件は3つ。歴史があり、全世界で流通して認められており、そのブランドにしかない意匠や技術があること。例えば着物は歴史も技術もあるが、全世界で流通はしていない。「JMC」は空港に出店したことで、当然海外のお客さまの目に触れる。大西さんには、ぜひ海外で「JMC」をやってほしいし、応援している。日本だけでやっていても自己満足で終わってしまう。
大西:日本政府が文化の発信拠点として、ジャパン・ハウスを世界3都市で運営しているが、あまりうまくいっていない。海外に出たことはすばらしいが、認知を得て、支持されるまでのハードルは高い。それをクリアするために、海外の空港に出店するというのは現実的だろう。いきなり海外で路面店を出すわけにもいかないし、ジャパン・ハウスに出てもプレゼンスが弱い。
WWD:海外に出ていく際は、そのタイミングも非常に重要だ。
大西:「JMC」はブランドとしての認知度は現在ゼロ。海外に出ていく前に、認知を高めることは当然必要だが、それを待っていては何年かかるか分からない。「JMC」を訪れたお客さまの口コミにも期待したいが、海外メディアへの露出なども考えていく。
「いいものを安く」の価値観は変わっていく
WWD:三木社長は「JMC」が海外で受け入れられるためには何が必要と思うか。
三木:これは当社が扱っているブランドについても言えることだが、今日明日で何かができるものではない。戦略やブランドのあり方を考える上で、中長期の視点が欠かせない。企業である以上収益は重要だが、目先の売り上げや利益だけを追求していては、間違いを犯してしまう。ラグジュアリーブランドは数百年の歴史があり今がある。次の数百年続けていくためにはどうしたらいいのか。先人たちもそれを考えて実践してきたし、われわれも次の世代にそれを引き継いでいく。これは非常に時間がかかり、忍耐の問題。耐えきれずに諦め、やめてしまったブランドはいくらでもある。逆に言えば、中長期的視点で物事を考えられるのなら、少しずつでも前に進んではいける。30年先、50年先に、今抱いている理想が形になる。それくらいの時間軸だ。
WWD:日本のアパレル業界では、100年どころか10年スパンでモノを考えている企業ですら少数派ではないか。
三木:連綿と続いてきた技術やクラフトマンシップを、ここで途絶えさせてはいけないという使命、信念、責任を持つことが重要だろう。欧州は社会にそれを支える体制がある。政府もクラフトマンシップを支えるし、資金を出す。そんな風土があるから、欧州のブランドは当たり前に技術を伝えていくことができる。それは数百年続いてきた歴史があって初めて成り立つものだ。後世に残っていくには、ある程度の経済力、資本力も必要。信念を持つと共に、お金が入ってくる仕組みを作らないといけない。
大西:経済活性化という面では、空港で「JMC」を知ったお客さまが、今度日本に来るときには産地に行こうとなるかもしれない。スターブランドが産地から出ることも大切だが、産地エリアやモノ作り全体を底上げし、日本の国力につなげていきたい。
三木:産業として成り立たないと、残らない。日本の伝統工芸が力を弱めた最大要因を、僕は百貨店だと思っている。百貨店は、昔は催事場で伝統工芸を扱っていた。職人はそれでモノ作りを継続できていた。ただ時代が変わって、若い人たちがそういうものに興味を持たなくなって、百貨店も売れないものは売らなくなった。それでつぶれていったメーカーはたくさんある。リシュモングループがコラボレーションしている日本の伝統工芸の職人の方と話した際、「お金の支援ではなく、売れる場所が欲しい」と言っていた。「JMC」はまさにそれだ。
大西:伝統工芸と共に、日本の洋服も世界で認知されていけばと思っている。日本のデザイナーズブランドは、次の世代がなかなか出てこない。海外のラグジュアリーコングロマリットは驚くほど高い利益率をたたき出しているが、使っているのは日本の生地。だったらその隣で、同じ生地のジーンズを3分の1の価格で売る。それくらいラディカルな戦い方をしないとダメだと思う。
WWD:日本では、「いいモノを安く売る」という真面目な価値観が支配的だ。
大西:昔からの問題であり、原価積み上げ方式がそうさせている。積み上げ式ではなく、お客さまが商品やサービスの価値を判断して価格をつけていけばいい。高価格は、それだけ価値を評価していただいている証だ。
三木:時代は変わる。われわれのビジネスの中心は国内外の富裕層、中でもここ数年は若い世代の富裕層の存在が顕著だ。日本の文化では、どれだけお金を持っていても、たとえ経団連の会長(注:土光敏夫、故人)でも、ぜいたくせずにメザシを食べているのが美徳とされた。富裕層であっても、高齢の日本人はお金をあまり使わないし、富裕層であることを隠す。それゆえ、日本は世界で最も預貯金が多い。でも、若い富裕層はそれを隠さなくなり、欧米型になりつつある。それにつれて、商品やサービスの価値をどう捉えるかも変わっていく。
サステナビリティは避けては通れない道
WWD:これからの時代に富裕層に価値を理解され、評価されるブランドとなるには、何が重要か。
三木:モノ自体のクオリティーや職人が作っているというストーリー、空間の設計などさまざまな点が挙げられるが、ブランドビジネスとしても、社会全体としてもサステナビリティは避けて通れない。ファッション産業はサステナビリティから非常に遠いところにいるとも言われているし、実際それも全くのウソではない。そこにどう対処していくかはわれわれの課題だ。課題に対して、先陣を切ってビジネスモデルを変えていく。そうした意識が非常に重要だと思う。
大西:サステナビリティはもちろん欠かせない。同時に、希少な価値、そのブランドにしかない価値も大切だ。「JMC」では希少なニホンミツバチのハチミツを作っている。生産地の鹿児島の村では900円で売られていたが、パッケージをオリジナルで作るなどアレンジを加え、1万円で販売したら年間1000個が売れた。その価格に見合った価値があるかはお客さまが判断するものだ。900円で売っていると300円、400円しかお金が入らなかった養蜂家の方にも、1万円だから3000円、4000円を支払うことができる。そういう意味のサステナビリティもある。
三木:それこそまさしくラグジュアリービジネスだろう。マーケットの論理として、同じ商品を1000円と1万円で売り出したら、ラグジュアリーブランドの商品を好む層には、1万円の方が売れる。1万円の価値があると判断すれば買っていただけるが、1000円では最初から選択肢に入らない。
大西:もちろん、そのブランドへの信頼があってこその話でもある。
三木:希少性があるということは、そのもの自体に価値があるということ。となると、なるべく長く使おうとお客さまは考えるし、ブランド側もそれに耐えうるクオリティーを提供し、修理ができる体制を持つ。よく言われることだが、最近の若い世代は、そういった点に価値を感じる傾向が本当に強い。そこも重要なポイントだろう。
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