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アートディレクター大島依提亜 知られざる映画ポスターの世界

PROFILE:大島依提亜/アートディレクター、デザイナー

(おおしま・いであ)映画のグラフィックを中心に、展覧会広報物、ブックデザインなどを手掛ける。国内外の名だたる作品のポスターやパンフレットを担当する。主な仕事は「パターソン」(ジム・ジャームッシュ監督、16年)、「万引き家族」(是枝裕和監督、18年)、「ミッドサマー」(アリ・アスター監督、19年)、「カモン カモン」(マイク・ミルズ監督、21年)、「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」(ダニエル・クワン&ダニエル・シャイナート監督、22年)、「ボーはおそれている」(アリ・アスター監督、23年)など PHOTO:HIRONORI SAKUNAGA

大島依提亜は、「万引き家族」(是枝裕和監督、2018年)や「ミッドサマー」(アリ・アスター監督、19年)など、数々の名作映画のポスターを手掛けるアートディレクターだ。映画の細部にまで向き合い、ユニークな手法で作品のムードをにじませたポスターは、映画界からも支持が高く、これまでに200作品近くを担当してきたという。「元々は大学で映画を学んでいました」と語る同氏は、なぜポスターデザインを行うようになったのか。知られざる制作の裏側と、ファッションとの意外な関係性についても聞いた。

挫折ばかりの大学生活
その後に訪れた転機

WWDJAPAN(以下、WWD):どんな経緯で映画ポスターを手掛けるようになったのでしょうか。

大島依提亜(以下、大島):最初は大学で映画作りを学んでいました。高校生の頃に単館系の映画が流行り、ジム・ジャームッシュ監督をはじめとしたインディーズのアートフィルムを見て、「スピルバーグは無理だけれど、こういう映画ならチャレンジできるんじゃないか」と感銘を受けたんです。

WWD:実際に学んでみてどうでしたか?

大島:自分に映画は作れないと悟りました(笑)。規模の小さい映画なら、監督と脚本家、撮影班、出演者と少ない人数で完結すると思っていたところ、実際には学生映画でも結構な人数のスタッフが当たり前でした。持ち前のコミュニケーション能力の無さを発揮したし、撮影で大遅刻をしてしまったりして、これは無理だと思いました。それなら脚本はどうかと挑戦したものの、これまた惨敗(笑)。800字で提出する課題に原稿用紙80枚を持ち込んだ時には、「フォーマットも守れないやつは無理だ」と突き放されました。面白ければいいじゃんと反発したけれど、たくさんの人と一緒に仕事するから、フォーマットはとても大事なのです。当時はとにかく若かったですね。

WWD:その後はどのような活動を?

大島:卒業後はデザインのバイトをやりました。当時はデジタルの過渡期で、Macを使えるだけで重宝がられました。雑貨に柄をのせる仕事や、コンサートのチラシを作る仕事など、現場で先輩の真似をして励んでいました。時給もよくて、週3回入ればご飯が食べられるくらいでしたね。

WWD:そのバイトのかたわらで、ポスターデザインにも挑戦されたのでしょうか?

大島:そうです。週に4回休みがあるのだから、何か新しいことをしようと、イラストやグラフィックの仕事を受けるようになりました。映画に関連したものもやりたいと生意気にも口にしていたら、配給会社からも依頼をいただいて。「アベック モン マリ」(大谷健太郎監督、1999年)という、大杉漣さんが出演し、劇場公開もされた作品でした。ポスターには劇中写真を使う計画のところ、画像の解像度が足りなくて、急遽イラストで表現することになり、それも描きました。これをきっかけに、2000年を過ぎたころから映画の仕事が徐々に舞い込むようになりました。

写真やフォントはどう決める?
ポスター作りの裏側

WWD:ポスター作りはどのように進めるのでしょう?

大島:邦画と洋画で全く異なります。邦画は、早いものだと公開の1〜2年前に打ち合わせを始めます。ポスターのために写真を撮り下ろすこともあります。「万引き家族」の写真はポスターのために撮り下ろしたものです。一方で洋画は、本国のポスターが先に完成しているから、そのイメージを受け継ぐのか、ガラリと変えるのかが焦点になります。

WWD:本国とイメージを変えた作品を教えてください。

大島:例えば「パターソン」(ジム・ジャームッシュ監督、2016年)でしょうか。本国ポスターは、メインキャスト2人の親密な様子を切り取っていて、恋愛映画の印象が強かったです。それもいいのだけれど、この作品の「何もないけれど、豊かな生活」という側面が、日本人の琴線にも触れると思い、別のアプローチに挑戦しました。本国と同様にベッドルームの写真を使いながら、地に足がついた生活のワンシーンと捉えて、コマ割りっぽいレイアウトで1週間の時の経過を表現しました。ベッドサイドの本も全て合成で変えています。1週間でこの量は読まないかもしれないけれど、1年あれば読むだろうし、その余白はいいかなって(笑)。僕らの世代は、ミニシアターブームのときにジャームッシュ監督をリアルタイムで知りましたが、今の子たちはそうじゃない。どんな世界観を伝えれば、より多くの人に魅力が伝わるのかを考えた結果、これに行き着きました。

WWD:ジム・ジャームッシュ監督の特集上映“レトロスペクティヴシリーズ”のポスターも作られていましたね。

大島:「パターソン」の仕事をした流れで依頼をいただきました。通常は数個の代表作を選んで数枚のポスターを作るところ、一作ずつ作らせてほしいとお願いしました。どの作品もポスターの余白を活かしながら、横位置で写真を置き、物理的にぼかした粒子感の強い文字を載せて、彼の作品に共通するオフビートな雰囲気を伝えています。最初にお話したように、ジャームッシュは、僕が映画にはのめり込むきっかけになった監督なので、自分のルーツと向き合うような、とても楽しい仕事でした。

WWD:逆に、本国ポスターのイメージを継続する場合は、どんな作業を行うのでしょうか?

大島:日本語表記に変えた時にタイポグラフィーやレイアウトをどうするかを考えたり、時には全体の色味を微調整したりします。例えばマイクミルズ監督の「カモン カモン」(2019年)は、ほとんどイメージを変えていません。

WWD:「カモン カモン」はパンフレットも素敵でした。

大島:ありがとうございます。ミルズ監督はグラフィックデザイナーやイラストレーターとしても著名で、以前からデザイナーとしても尊敬しており、せっかくなのでパンフレットに載せるイラストも描いていただきました。デザイン出しで一度だけフィードバックをもらい、それが的確なサジェスチョンだったことに感動しました。彼は基本に忠実で、その中から作家性が滲み出る方です。デザインのみならず、映画制作にも通じる揺るぎない姿勢なのだなと。僕の提案は力が入りすぎていて、「その方向も良いけれど、ちょっとこうしてみては?」とシンプルで的を射た意見をくれました。気が引き締まる、とてもいい経験でした。

映画の可能性を広げる
“オルタナティブポスター”

WWD:本国ポスターのイメージを受け継ぐ場合、他に挑戦したいアイデアが生まれたらどうするのですか?

大島:そういう時は、自分で勝手に作っちゃいます。いわば自主企画ですね。配給会社からOKが出ると、そのまま宣伝に使われることもありますよ。アーティストやデザイナーが独自で作るので“オルタナティブポスター”と呼ばれます。海外ではファンが作ったオルタナティブポスターが公式デザインに採用されることもあり、かなり浸透しています。日本でも少しずつ広がっている印象です。

WWD:「ミッドサマー」は、大島さんが手掛けたオルタナティブポスターも話題になりました。

大島:画家のヒグチユウコさんの絵を使ったものと、写真で構成したものの2種類を用意しました。配給会社のA24が気に入ってくれて、「シルクスクリーンで販売させてくれないか」と連絡が来ました。ローカルの販促で使われることはあっても、本国がそれを商品化して販売することは珍しいので、とてもうれしかったです。世界中で販売し、一瞬で完売したそうです。

WWD:「ミッドサマー」は日本語のフォントにも目を引かれました。

大島:あれは大正時代に使われていた活版文字を使いました。ボテッとした独特な字体がなんだかグロテスクだなと思って。文字がビジュアルに与える影響はとても大きいので、書体の選定やタイトルロゴはかなり重要です。作品の世界観を壊さないように、さまざまなアイデアを試します。「万引き家族」では、絵本作家のミロコマチコさんにタイトル文字を依頼しました。綺麗な文字では、温かいけどぎこちない映画の雰囲気を表せないと考えました。

「作品に触れるきっかけを増やせたら」

WWD:近年のSNSでは「日本の映画ポスターはつまらない」という声を見かけることもあります。大島さんはどうお考えですか?

大島:配給会社さんも僕たちもベストを尽くしてはいるのですが、万人に受け入れてもらうために中庸なものになってしまうこともあります。かつては劇場や雑誌など露出先が限られていたから、「これだ」というビジュアル1つを押し出すやり方が通用しました。しかし今はネットもSNSも広がり、露出先が多様化しているから、一つにこだわらなくて良い気もします。コアな映画ファンから、映画を全く見ない人、出演者が好きな人と本当にいろいろなレイヤーがいるから、それぞれに対して異なるビジュアルを用意するのが合理的だと思うのです。どれか一つでも面白いと思ってもらえて、SNSで拡散されたら、映画のヒットにもつながるから、チャレンジする価値はあるはずです。紙に印刷しなくても、デジタルのみで発信する手もあるので、予算的にも実現可能なはず。デザイナーの負担は大きいかもしれませんが、僕も可能であれば、異なるデザインをなるべく提案していきたいと思っています。

WWD:ファッションの仕事を担当されたことはありますか?

大島:デザイナーとして駆け出しの頃は、ファッションのカタログをよく作っていました。ユナイテッドアローズやベイクルーズなどのセレクトショップが多かったです。当時はSNSもなく、紙媒体がとても重要だったので、かなり実験的なデザインに挑戦していました。ページごとに紙の形状を変えたり、何度も折り畳んだ正方形に近い判型にしてみたり。海外ロケに行かせてもらうこともありました。

WWD:本当ですね、今のカタログにはない攻めたデザインばかりです。

大島:当時のカタログ作りの経験は、今のポスターやパンフレットのデザインにも生きています。「ミッドサマー」のパンフレットは、劇中に登場する聖典をモチーフにして、ページの端の形状に変化をつけました。これは、先ほどのカタログとリンクするアイデアです。当時とは時代背景も全然違うから、久しぶりに作ってみたら面白いかもしれませんね。

WWD:これからデザインしたい作品はありますか?

大島:挙げたらキリがありません(笑)。ここ最近は特に面白い映画がたくさんありますから。ポスターを作る一番の原動力も、映画の面白さをより多くの人に伝えること。これからも真摯に映画と向き合い、作品に触れるきっかけを増やすことができれば、デザイナー冥利につきますね。

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