「CXファインダー」を使った店舗空間のコンサルティングを行うLMIグループが、今月から新しく「データ×空間」の新規事業に取り組む。その背景には、経営者たちから寄せられた店舗運営に関する共通した悩みがあった。「店舗の価値を最大化する」という空間DXは、どんな課題から生まれ、どんな手法で解決に導くのか? プロジェクトを主導する二人に話を聞いた。
「店舗の健康診断」で
立ち位置をまず把握することが重要
1 / 2
――数々のアパレル、ビューティ企業のコンサルティングを行っているが、コロナ禍が明けてから経営者たちは店舗運営にどんな課題を持っているのか。
新井敬介LMIグループIMS本部副本部長(以下、新井):経営者たちが感じている問題は2点ある。1つめは圧倒的に店舗スタッフの「人材不足」だ。数が足りていないだけでなく、コロナ禍で経験のあるスタッフが離職してしまうなどして、質と数の両面で不足している。もう1つは「客数の伸び悩み」だ。駅の乗降客数のデータはコロナ禍前の90%を下回っているケースも数多くある。そのような環境下で、施設や店舗に来る人だけが120%になることはあり得ない。街に人が戻ってきたという肌感覚はあっても現実はそうではなく、施設や店舗の来店客数、そして買い上げ客数は戻っていない。これらの問題に対し、一番経営者たちが頭を悩ませているのは、今までのやり方の店舗経営の前提が崩れ去っている点にある。「立地と面積と必要なスタッフ数が概ね経験値として分かり、そろえることが可能な環境下で大体これくらいの売り上げが立つ」という、これまでの実績によるセオリーが通じなくなっており、売り上げの見通しが立てづらくなっていることに危機感を覚えている経営者が多い。
――IMS本部では、店舗の「人材不足」と「客数の伸び悩み」という一見相反する課題を、DXでどう解決するのか。
奈良道宣LMIグループ執行役員IMS本部本部長(以下、奈良):大前提として、「リアル店舗・リアルの商業空間はより本質的で価値の高い、特別なチャネルになっていく」と我々は信じている。人材不足を「テック導入によって”補う””代替する”」ような対処療法的アプローチではなく、本来、リアル店舗においてスタッフが担うべき価値ある役割、空間が担うべき価値ある役割を再定義し、それらの体現に向けたリソースの再配分・最適化を目指すことでリアル店舗を次のステージに持ち上げたい。これまでの「店舗DX」と呼ばれるものは、バックオフィス業務領域に関する効率化が主だった。これに対し、我々が提供するサービスの特長は2つある。1つは、店頭の運営領域にまで踏み込んだDXを実施すること。もう1つは、リアル店舗のアップデートを「接客の最適化」と「空間の最適化」の両輪で支えること。この2つを内包していることが重要で、社内ではこれを「店舗空間DX2.0」と呼んでいる。
――「店舗空間DX2.0」では、具体的にどんなことをするのか。
新井:我々が提供するソリューションの1つめは「店舗の健康診断」だ。先述の「店舗運営のセオリーが通じなくなり、どうしていいのか分からない」という悩みの根底には、自分たちの店舗が接客コミュニケーションをできているのか、空間で提供しているブランドのメッセージが伝わっているのかを把握できていないという問題がある。本部の人間が店舗に出向いたときに見た印象や、店長からの「店が回らない」「人がいない」という声はあれど、それらは主観的なものにすぎない。「店舗の健康診断」では店舗の情報をフォームに入力してもらった内容と、モニタリングを通じた我々が持つベンチマークとするブランドのデータや業界平均のデータと比較することで、店舗の状態をスコアリングしたものを提出する。
――「店舗の健康診断」を受けると、ブランドは何ができるのか。
新井:例えば接客のアプローチスコアが「30%」なら、単純に接客が行き届いていない点を改善すれば買い上げ客が増え、コンバージョンは改善する。しかし、接客のアプローチスコアが高かった場合は、さらに接客を厚くしてもそれ以上コンバージョンは上がらないケースもある。そのような場合には空間のもつ魅力や機能を増強しスコアを上げないとトータルでの来店価値が上がらないことが分かる。また、ディスプレーにかなり力を入れていても、実際にお客さまに視認されていない場合は、見せ方や予算のかけ方を見直す必要がある。「店舗の健康診断」の価値は、自分たちの店舗の現状における立ち位置が客観的視点から把握できること、その現在地から、次の打ち手の方向性を考えられることにある。これについては、自社で対策できる企業も、すでにパートナーを決めている企業もあるだろう。それはそれで全く問題なく、我々は店舗の持つ可能性を最大限に引き出すための入り口として、「店舗の健康診断」が広く活用されることを望む。次の対策を立てることが難しい場合には、我々の2つめのコンサルティングソリューション「CXファインダー」の提供が可能だ。フォームに店舗の情報を入力すると、LMIグループの保有するデータとの比較から「接客価値」「空間価値」「店舗運営DX化率」などの項目において、店舗の状態が瞬時にスコアリングされる。
「店舗の健康診断」で
店舗の状態を客観視!
「店舗の健康診断」を受けると、アンケートへの回答とミステリーショッパーからの情報に、LMI グループ独自の調査データを掛け合わせることで、さまざまな角度から店舗の状態をスコアリングした「診断結果」を受け取れる。接客や空間などの項目ごとに診断し、ミステリーショッパーからのコメントも。自分たちでは感情や感覚に流されがちな自店舗への判断を、第三者が客観視したデータで明らかにすることで、認識のずれに気付くことができる。
「人材と空間」の価値を
ソフトとハードの両輪で最大化
――「CXファインダー」では何を提供するのか。
新井:「人材と空間の最適化」というテーマは変わらず、より踏み込んでいく。施設運営者や経営者、店長に困り事や、運営体制、これから目指したい姿などについて足を運んで細かく話を聞いていく。同時にミステリーショッパーで感性情報を客観的に調査し、ヒアリング内容と結果を並べて仮説を立てていく。その後に、仮説に基づいて店頭にAIカメラを設置してファクトとなるデータをとり、感性的な情報と定量的な情報を突き合わせた上で、課題や伸びしろを突き詰めていく。私は接客コミュニケーションをデータと照らし合わせて改善することが得意な人間だが、奈良は空間のプロだ。接客コミュニケーションが足りていないことがわかっても、この売上規模では人は増やせないとなったときには行き詰まる。しかし、例えば什器の配置を変えたり、今までスタッフが担っていた役割を什器や空間環境に担わせたりすることで、補える可能性が広がる。
奈良:実はLMIグループは看板屋からスタートした企業で、現在も内装・ディスプレー装飾事業を行っている。一般的に店舗をつくるとき、設計者やデザイナーは当然人の導線や空間におけるコミュニケーションデザイン・空間におけるストーリーを検討した上で絵を描いていて、そこに沿って各職人が入れ代わり立ち代わり「職人芸」で具現化することで店舗が完成する。ただ問題は、その空間が今の社会の在り方やユーザの本質的ニーズに対して、当初の目的通りに機能しているのか?ということが客観的に検証されないことだ。空間のつくり手側に、その責任も無いまま、基本的には運営者の肌感覚に委ねられている。これまでは経験則で伝えられることがあったが、旧来の店舗運営ロジックが崩壊している今、運営本部は現場の実態を把握できず、インバウンドなどの局地的な要因で人が瞬間的に押し寄せて店舗が悲鳴を上げているような状態も見受けられる。誰が悪いとかではなく、現状を客観的に評価する仕組みがないために、最適配分の検討もできない状況にある。例えば什器の島をどう配置して、どこにどのような案内サインを配置すれば良いか、同時にその空間にどのようにスタッフを配置すればより多くのお客さまにアプローチできるのかについて、トータルの提案が可能であることが「CXファインダー」の強みだ。データに基づく合理的な最適性のみを行使しても決して「最高の空間」にはならない。人が介する上で必ず発生する非合理的な判断が、情緒的な価値になり得ること、ナラティブをもたらすであろうことを理解しながら、包括的な提案ができる点も、当社ならではであると考えている。
AI活用で買上率10%アップの事例も!
リテール空間づくりにおけるAI活用の未来は
――「CXファインダー」を使った具体的な成功事例はあるか。
新井:接客の最適化の成功事例としては、主要KPIの1つとして設定した買上率が、AIカメラ設置1カ月で10%近く伸長した。これはブランド側にもともと調査段階で前向きな姿勢があり、改善行動をすれば伸びるのは予想できていた例だ。我々は方向性や選択肢を示すものの、実施するのは店舗スタッフだ。実際にうまくいっているブランドの中で、自分たちの提案をそのまま実行したのは3割。実は7割は提案内容を受けて自分たちでできる形にアレンジしてうまくいった。そういう状態を店舗と話し合いながらつくっていけると、数字として成果が出やすい傾向が多い。空間に関していうと、ブランドが近い将来のリニューアルや改装計画に備えて、人流データを収集し始めている事例がある。今までは環境変化に対して感覚的に判断することが多かったそうだが、今までの成功パターンが通用しなくなっているので、代表的な店舗に対して店舗前交通量や入店者数、滞在時間の計測を始めている。
――これからのリテール空間づくりにおけるAI活用についてどう考えているか。
新井:今、表面化している多くの問題はAI活用で今後解決されていくだろうと考えている。私たちがこれから進めていくAIカメラを活用したデータ取得などのサービス提供の先には、例えば人員不足の「質」を、AIを活用したトレーニングで底上げしていくような技術も開発されてきている。売り上げを最大化するためのシフトの最適化、店舗時間の調整などもより身近になるだろう。一方で、AIやテクノロジーで代替しにくい領域があぶり出されるとも考えていて、それにより、人や空間の本来の価値がより高い付加価値を持ったものとして再認識されるとも考えている。「非言語的で非効率的、非合理的な付加価値=超付加価値」と定義し、人と空間が最大限のリソースを集中できる未来をつくるために、ポジティブにテクノロジーによるアプローチを進めていく。
INTERVIEW & TEXT : MIWAKO ANNEN
LMIグループ
050-1748-9953