「アレキサンダー・マックイーン(ALEXANDER McQUEEN)」は3月1日夜(現地時間)、ショーン・マクギアー(Sean McGirr)新クリエイティブ・ディレクターによるデビューショーを開いた。会場は、パリ南東部の中華街にある食品卸売市場跡。コンクリートの殺風景な空間には風に揺れる白いパラシュートクロスの幕を垂らし、工業資材のスポンジをチューブ状にした客席はアシッドイエローのブランケットで覆った。そして、ショーはマクギアーの故郷であるアイルランドを代表する歌手エンヤ(Enya)の「ボーディシア(Boadicea)」で幕を開けた。
強烈な個性を持つキャラクターを表現
昨年12月に着任した現在35歳のマクギアーが初めて手掛ける2024-25年秋冬コレクションの出発点は、創業者のリー・アレキサンダー・マックイーン(Lee Alexander McQueen)がアルフレッド・ヒッチコック(Alfred Hitchcock)監督の映画作品「鳥」に着想を得て制作した1995年春夏の“ザ・バーズ(The Birds)”コレクション。具体的には、透明なフィルムで作られたタイトなドレスからイメージをふくらませた。ファーストルックは、その圧縮されたようなシルエットをビニールのように光沢のある黒のラミネートジャージーで再解釈。鋭い眼差しのモデルは両手をドレスの中に突っ込み、つま先が鋭く尖ったハイヒールのショートブーツで足早にランウエイを闊歩する。
今回、彼が表現したのは、「自分がストリートで出会いたくなるような強烈な個性を放つ特異なキャラクター。(ロンドンの)イーストエンドの荒々しいグラマーやボロボロの華やかさに強い関心を抱いている」という。そして、「リーが世に送り出したメッセージは、かつてないほど重要になっている。彼はある意味、メーンストリームのファッションで起こっていることの正反対に取り組んでいたし、ショーのモデルたちはアウトサイダーのようだった。今は極めて礼儀正しい世の中だからこそ、私はそんな“アンチ・ポライトネス(礼儀に反する)”という考えに引かれる」と説明する。モデルたちの猫背でポケットに手を突っ込みながら歩く姿や威嚇するような態度は、それを映し出しているようだ。
「アーカイブが別の場所に移設されていることもあり、本格的に掘り下げる時間はなかった」とマクギアーは明かしたが、「アレキサンダー・マックイーン」らしさは随所に見られる。ブランドに欠かせない強いショルダーラインのテーラリングは健在。着用者にもストイックさが求められたこれまでより少し柔らかでルーズなシルエットもあり、ロープ状のベルトを巻いてウエストやアームを絞ったり、全体に黒のストーンをちりばめたりしたデザインが目を引く。また、ウィメンズのスリムなロングチェスターコートは、水平に飛び出した肩からフレアの袖までの有機的なラインが特徴。メンズはスーツに鮮やかな色の開襟シャツを合わせたり、レザーコートに同素材のフェドーラハットを合わせたりして、ギャングスターのようなイメージを醸し出す。テーラリングのアクセントとして背中にあしらわれたのは、小さなメタルバー付きのチェーン。これはリーが手掛けたスカートから引用したもので、サイズを拡大してアクセサリーのデザインにも生かされている。
そして、リーのクリエイションに見られた“動物性”は、コンパクトなジャケットから飛び出すボリュームたっぷりのシアリングベストやジーンズの前面にシアリングのラインをあしらったデニム、馬蹄や尻尾のついたショートブーツで垣間見せる。英国の伝統的なニットの表現では、ケーブル編みとハニカム編みを組み合わせ、端をラフに仕上げたジャケット、ブラトップ、スカートのセットアップなどを提案。ハンマーで叩いたスパンコールをびっしりあしらったり、砕いたシャンデリアと自転車のリフレクターの破片を縫い付けたりしたドレスは、破壊的なエレガンスの彼ならではの解釈ととれる。
コレクションには、極端なボリュームでデフォルメしたローゲージニットや、整備士である父との子供の頃の会話にちなんで“ランボルギーニ・イエロー”や“アストンマーティン・ブルー”で彩ったモールド成形のメタルドレス、長い袖がつながって垂れるフルイドなドレスなど、コンセプチュアルなアイデアも多く見られた。これまでの経歴(「ユニクロ(UNIQLO)」のクリストフ・ルメール(Christophe Lemaire)のチームや「ドリス ヴァン ノッテン(DRIES VAN NOTEN)」そして「JW アンダーソン(JW ANDERSON)」など)を考えると、彼にはリアリティーのあるデザインとのバランスを取る力もあるはずで、ショーピースのアイデアをどのようにコマーシャルピースで打ち出していくかも気になるところだ。
メゾンにもたらす若々しいエネルギー
「自分の役割は、すでにボキャブラリーのあるブランドに新たなエネルギーを持ち込むこと」と話したマクギアーのデビューショーは、間違いなくブランドに若々しさをもたらした。しかし、やや既視感のあるデザインも含め、コラージュのように彼の頭の中にあるさまざまなアイデアを混ざり合ったことにより、一貫性のあるストーリーを感じることができなかったのも事実だ。
ブランドが誕生してから22年。2001年にはケリング傘下に入り、10年にリーがこの世を去った後は彼の右腕だったサラ・バートン(Sarah Burton)がその遺産を守りながら、ラグジュアリーブランドへの発展を率いてきた。そんな「アレキサンダー・マックイーン」は、今なお創業者が確立した美学や世界観の印象が強いブランド。その後継というのは、誰にとっても高いハードルだ。ましてラグジュアリーメゾンでの経験も浅く、アーカイブもまだ掘り下げられていないマクギアーの実力を知るには、もう少し時間がかかるだろう。すぐに目に見える結果を求められる昨今のラグジュアリーファッション業界だが、外部から起用されたクリエイティブ・ディレクターが1、2シーズンで真価を発揮するのは至難の業。少し長い目で見る姿勢が必要だ。