「シンヤコヅカ(SHINYAKOZUKA)」は5日、東京プリンスホテル ガーデンプールで2024-25年秋冬コレクションをランウエイショー形式で発表した。同ブランドは、東京都と日本ファッション・ウィーク推進機構(JFWO)主催のファッションコンペ「東京ファッションアワード 2024(TOKYO FASHION AWARD 2024)」を23年に受賞しており、3月11日に開幕する「楽天ファッション・ウィーク東京」期間中に公式会場の渋谷ヒカリエを無償で使用し、ショーを行えるはずだった。しかし、東コレ開催の1週間前に別会場を借り、100%自己資金でのショーを敢行。しかも、気温5度以下の雨の日に。雨にさらされて震えるゲストから「寒い」「最悪」という声も聞こえる中、誰よりもずぶ濡れだった小塚信哉デザイナーは「狙い通り。申し訳ないけど」とステージを静かに見つめていた。
幻想と現実が交差する“冬のごちそう”
コレクションタイトル“ダイブ・イントゥ・ウィンター・フィースト(DIVE INTO WINTER FEAST)”は、“冬のごちそうにダイブする”という意味である。昨年6月に展示会で訪れたパリで、“ごちそう”というキーワードが浮かんだ。その言葉が頭をめぐる中、コロナ禍で中断していた趣味の水泳を再開すると、プールにダイブして水中空間に没入する感覚に魅了され、“ごちそうにダイブする”という2つの思考を融合したストーリーが完成。創造と妄想を繰り返しながら世界観をドローイングし、コレクションへと発展させていった。
水中という、思考や音を遮る幻想空間に潜水し、息つぎで現実に戻る――そのコントラスは「シンヤコヅカ」そのものだと小塚デザイナーは考えた。夢と現実を行き来する自身のアティチュードをショーで表現するため、水を抜いたプールをランウエイの舞台に使った。BGMは、水泳中に頭の中に響いたというブランキー・ジェット・シティ(BLANKEY JET CITY)の「悪いひとたち」で、チームで「当日は雨が降ったらいいね」と話していたという。「そしたら本当に降った。われながら引きが強い」と笑う小塚デザイナーだが、ゲストにも水中にダイブする没入感を体験してもらうために、開始直前まで準備に奔走する。小道具のフィンにツヤを出すため頭髪用のジェルを本番直前まで塗り直したり、リハーサルで濡れた服を懸命に乾かしたり、ゲストへの負担が少なくなるように会場演出を土壇場で変更したり。スタッフやPRチームは、一丸となって奮起していた。
広がる世界観と深まるストーリー
コレクションは、潜水服をイメージしたボディースーツで開幕した。フィンと、オーガンジーで覆った水中マスクはショー用の小道具として制作し、不思議でかわいい“コヅカワールド”の片鱗をファーストルックで感じさせた。以降はワークウエアやミリタリーを軸にしながら、手描きのフェアアイル柄が醸す牧歌的なムードで厳格なユニホームを解きほぐしていく。一方で、ケーブル編みやふさふさのファーを柄としてジャカードで再現し「ニセのケーブル、ニセのファー」としてセットアップにし、ブルゾンやスカートにはよく見ると小塚デザイナーにとってのごちそう“サーモン”の英字をドローイング。作った本人にしか分からないイタズラ風のディテール“隠れシンヤ”を随所に散りばめた。
ショート丈のトップスにワイドなボトムという旬のバランスも取り入れながら、ステンドグラスのように色とりどりの潜水士や絵画、動物などのドローイングはインドで手刺しゅうし、ヴァーシティージャケットやライダースジャケット、ダッフルコートといった普遍的なアウターに繊細な表情を与えた。モッズコートは流し染めで色が微妙に変化し、ステンカラーコートは総スパンコール仕立てで水に濡れたような表情だ。「キジマ タカユキ(KIJIMA TAKAYUKI)」とのバラクラバや「ディッキーズ(DICKIES)」とのパンツ、「カポックノット(KAPOK KNOT)」の中綿を使ったアウターなど、コラボレーションアイテムも登場した。世界観重視の演出と雨の影響で、1着1着のクオリティーやニュアンスが伝わりづらかったのは少しもったいなかったが、ブルーやグリーンを効果的に差し込んでいく色彩の美しさはさえわたっていた。フィナーレを迎える頃には「最悪」と愚痴っていたゲストもランウエイをじっと見つめ、幻想空間にダイブしていたように見えた。
集大成の先に見据えること
ショー後のバックステージでは、「イエーイ」と全身全霊で歓喜する小塚デザイナーの珍しい姿があった。「前シーズンから、スタッフ含めてコレだという手ごたえを感じていた。だから今シーズンも自信があったし、過去一番気合が入っていた」。その自信の通り、1月のパリ・メンズ・ファッション・ウイーク期間中に現地で同コレクションの展示会を開くと、新規取引先がアジアを中心に4アカウント増え、海外の卸先アカウントは20に、国外売り上げは倍近くに伸びる見込みだという。さらに日本でも自社ECと直営店の売り上げが前年比の3倍近くに成長しているのも、自己資金でのショー開催に踏み切れた理由の一つだ。
数年前まで「デザイナーを辞めたい」と絶望していた天才肌は、今はまるで憑き物がとれたように生き生きとしている。「今は、自分の中の心技体がそろった感覚。次のシーズンで、設立してちょうど10年を迎える。次は20年目に向けてのスタートにしたいから、今回のショーはこれまでの集大成のつもりだった」。そして、20年に向けてブランドとしてさらなるアクセルを踏むため、パリでの発表を目指している。「ただパリでショーすることを目的にしているわけではなくて、シンプルに世界中の人に『シンヤコヅカ』を知ってほしい。コミュニケーションがしたい。僕はハミ出し者だったけれど、ファッションとの出合いで『このままでいいんだ』と救われた。世界にいるハミ出し者の心をクリエイションで少しでも豊かにできたら、肯定できたら、こんな自分でも社会に貢献できたと思えるのかもしれない」。
小塚デザイナーにとっての“ごちそう”の一つは、ファッションを通じた他者とのコミュニケーションである。ブランドとしてスケールアップを目指しながらも、クリエイションはこれからもパーソナルな世界を伝え続けるのだろう。ずぶ濡れのストーリーテラーは、奔走するスタッフを見ながらボソッとささやいた。「こういう人たちの熱量も、僕にとっては“ごちそう”です」。