「カナコ サカイ(KANAKO SAKAI)」の2024-25年秋冬コレクションは、これまで自身が不得意だと思い込んできた“女性性”に向き合うことで、新境地を開拓した。13日に開いたショーは前シーズン同様、日本ファッション・ウィーク推進機構(JFWO)の支援プログラム「JFW ネクスト ブランド アワード(JFW NEXT BRAND AWARD)」受賞特典の一環で、会場の渋谷ヒカリエには350人前後のゲストが来場。音楽ライブのような熱気と疾走感に溢れた前シーズンに対し、今回はストイックな雰囲気で「カナコ サカイ」の新たな世界観にゲストを引き込んだ。
“女性性”に向き合う意味
サカイカナコ=デザイナーのスタイルのベースはテーラリングだ。ブランド立ち上げ時から“自身が着たい服”を出発点にし、ベーシックなテーラリングに、エッジの効いたディテールや、職人の手仕事を生かした多彩なテキスタイル使いで、3年前のブランド立ち上げから大人の女性を中心に評価を徐々に上げてきた。現在の卸先は「ロンハーマン(RON HERMAN)」など大手を含む18アカウントで、このままの方向性で磨きをかければ、「カナコ サカイ」らしいエレガンスはさらに鮮明になっていっただろう。しかしサカイデザイナーは、さらに“攻める”ことを選んだ。
ドラマーの小嶋優が不規則に叩くドラムのリズム合わせ、ファーストルックに登場したのは突き出たコーンブラのビスチェ。イージーフィットのスラックスと合わせたオールブラックのスタイルに、ゴールドベースのロングバングルが輝く。続くハート型をくり抜いたレザーショーツは、1920年代の「すがすがしいまでに性を押し出した下着」に着想したもの。シアー素材のトップスやラメ糸を使ったアイテムはいつも以上に妖艶なシルエットやカッティングで、これまで避けてきた“女性性”をハンサムなテーラリングに融合していく。オーバーサイズのシャギーコートや、ドロップショルダーのテーラードジャケットをまとう男性モデルも登場したものの、全体的にはシャープな縦長シルエットの女性のための服である。
日本の伝統工芸を素材や装飾に
日本の産地との協業も継続し、今シーズンも京都の機屋「民谷螺鈿」とタッグを組んだテキスタイルを披露した。銀の生地が変色して多色がにじみ出す独特な色彩は、銀箔に硫黄液を塗って加熱し、硫化させたもの。日本絵画や着物の帯にも用いる技法“焼箔”を、ボクシーなコートやビスチェに使った。ブランドのキーモチーフである六角形の家紋・亀甲花菱紋を全面に装飾したニーハイブーツや、千羽鶴をイメージしたイヤークリップ、ピアスなども、日本発ブランドしてのアイデンティティーと美意識を感じさせた。
矛盾を受け入れ前進する
「自信がない。というか、これまで自信があったことなんて一度もない」――サカイデザイナーはショー前のバックステージでつぶやいた。リハーサル中も「やばい、やばい」と頭を抱えながらうつむいていた。取材時の明快な受け答えや明るさで快活なイメージがあるものの、クリエイションにはどこまでもストイックで、繊細で、常に自分との戦いを繰り返してきた。「服に女性的要素を入れるのは苦手だったから、これまでは避けてきた。このまま避けて通ることもできたけれど、苦手という感覚も、自分が信じているものも、ただ回りの環境に影響されてそう思い込んでいるだけなのかもしれない。ふとそう思ったことが、今回のコレクションの出発点だった」。
前シーズンのショーデビューは準備期間があまりに短かったが、その分、勢いのままに駆け抜けることができた。ショーはクリエイターを中心に反響が高く、ショーでの発表やクリエイション面での自信にもつながった。しかし今回は「逆に準備期間があったから、余計に緊張していて」と顔がこわばっていた。そんな様子にショー前はやや不安だったものの、終わってみれば、一歩も二歩も前進した堂々のスタイルだったと思う。
サカイデザイナーはこの日、“I AM LARGE I CONTAIN MULTITUDES”と書いたTシャツを身に着けていた。“自身の複数性を受け入れる”という言葉は、ウォルト・ホイットマン(Walter Whitman)の詩集「草の葉」に収められた詩で、デザイナーが敬愛するパティ・スミスも愛した一節である。ドラムセットの演出も、デザイナーやブランドの複数性を表現したものだった。幼少期から型にはまることが苦手で、恐れずに“攻める”ことで自分自身をじわりじわりと拡張してきた。その反骨心は、ファッションデザイナーという立場になった現在も変わらない。性差にとらわれないのも「カナコ サカイ」だし、女性性を打ち出すのも「カナコ サカイ」、そして自由奔放に笑うのもサカイカナコだし、プレッシャーで頭を抱えるのもサカイカナコ。その複数性が魅力であり、ブランドを押し上げてきた武器でもあるのだ。初めてのショーは朝一の開催で、「ようこそ!」という爽やかなテーマだった。対して今回は夜のショーで、“女性性”をこれまでより露わにした。例え万人には受け入れられなくても、私は私の信じた道を行く――そんな「よろしく」という強い決意がにじんでいた。