ファッション

伝説のランドマーク作品からゆずのアルバムジャケットまで 現代美術家の松山智一を直撃

PROFILE:松山智一/現代美術家プロフィール

(まつやま・ともかず)1976年岐阜県生まれ。上智大学卒業後2002年に渡米。ニューヨーク・プラット・インスティテュートを主席で卒業。ブルックリンを拠点に、絵画、彫刻、インスタレーションを手掛ける。世界各地のギャラリー、美術館、大学施設などで展覧会を開催。ロサンゼルス・カウンティ美術館、サンフランシスコアジア美術館、マイアミ・ペレス美術館などに作品が収蔵されている。20年には、JR新宿駅東口広場のアートスペースを監修し、中心に巨大彫刻を制作

現代美術家の松山智一の日本初の大規模な展覧会「松山智一展:雪月花のとき」が3月17日まで、青森・弘前れんが倉庫美術館で開催されている。松山は米ニューヨークを拠点に活動するアーティスト。世界各地で作品の発表を行うほか、ニューヨークのランドマークであるバワリーミューラルの壁画や東京・新宿東口駅前広場の「花尾」、明治神宮の「神宮の杜芸術祝祭」で発表した「Wheels Of Fortune ホイールズ・オブ・フォーチュン」など大規模なパブリックアートを手掛けている。2022年には、ゆずのデビュー25周年ツアーのメーンビジュアルのペインティングを制作し、それがアルバム「ピープル」のジャケットに使用されたほか、ツアーのステージデザインの監修を行った。

松竹梅にゴシック文様、友禅柄など、古今東西、具象、抽象とさまざまな要素を結びつけた作品は、カラフルでポップ、極彩色で描くワンダーランドという印象だ。展覧会の英語のタイトルにある“仮想風景(FICTIONAL LANDSCAPE)”は、異なる時代や文化から印象されたさまざまな要素を再構築することで時間や文脈、地域性から解放されていという発想から生まれた。各作品は、松山がさまざまな文化や価値観の探求を通じて見つけた共通点、再利用しないと残らない情報や記憶を文様やモチーフとして散りばめた集合体だ。それら作品には、ニューヨークで活動する日本人としてのアイデンティティー、マイノリティーとしての多様性への思いが込められている。弘前れんが倉庫美術館で、松山に展覧会やアーティスト活動などについて聞いた。

ニューヨークにおける20年の軌跡

WWD:日本初の大規模な個展開催の感想は?

松山智一(以下、松山):母国の日本は自分にとって大切なもの。アート業界では小さい国だが、アジアの中で日本が発信するカルチャーは最先端だと思う。ハイカルチャー、ローカルチャーの垣根が低い特有の環境で日本の文化は進化してきた。「ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)」メンズの前アーティスティック・ディレクターのヴァージル・アブロー(Virgil Abroh)や「ディオール(DIOR)」メンズのアーティスティック・ディレクターのキム・ジョーンズ(Kim Jones)などのラグジュアリーブランドを率いる人々は東京のストリートカルチャーに影響されてきた。NIGOも「ケンゾー パリ(KENZO PARIS)」で世界に向けて東京のカルチャーを発信している。東京のカルチャーは洗練されたファッションに強く影響してきた。ただ、2000年以降は、あまり進化しておらず、過去の貯金を使っている感じは否めない。そんな中で、日本のアートや文化を高めたい、世界に向けて発信したいという思いがある。なぜ弘前で展覧会かというと、ここには、桜、ねぶた祭り、さまざまな文化が根付いており、現代美術館も5つある。ホテルは外国人観光客で満室だ。彼らが見出した北海道ニセコや香川県・直島のようなポテンシャルを弘前にも感じる。

WWD:今回の展覧会の見どころは?

松山:ニューヨークにおける20年間の活動を凝縮した展覧会。約1200平方メートルの美術館内に5つのスペースを作り、一つ一つにストーリーを持たせ、自分自身を垣間見られるような展覧会にした。

アートは非言語で答えがない表現方法

WWD:デザインやアートに関心を持ったきっかけは?アーティストになった理由は?

松山:以前は、エクストリームスポーツのアスリートだった。スケートボードやスノーボードは、他者と接点を持とうとするコミュニティー意識の高いスポーツ。それを通して自己表現したりコミュニケーションを取ったりする。アートは非言語のコミュニケーションツールで、スケートボードと基本的なアティチュードが似ている。アーティストになろうと思ったのは、一生現役でいられるし、挑戦し続けられると思ったから。大学でコミュニケーションデザインを学んだが、それは問題解決の手段。当時のアメリカの実利的な教育や若手アーティストが台頭し始めた時代背景もあり、アートの世界へ興味が移行していった。自分の心の中にある声を作品にすることで、自己完結できるのがアート。アートを選ぶことで、自身の方向性が見つけられると思った。自分の中にあるエネルギーや社会に対する怒りを表現できる。自分の思いをキャンバスにぶつけることが原動力になった。

WWD:創造の原動力はどこから?クリエイションの過程で、一番大切なことは?

松山:基本、自分が作りたいものをつくるが、多様性の中で是か非か考える。自分がどこに、どのように向かうのか、自分が考えていることと世界がどれだけ近いのか、それとも離れているかを意識し、共有しながら制作する。アートは非言語で答えがない表現方法。例えば、人種について“白人” “黒人”など言葉にすると直接的になりすぎるが、黒人が持つ暗い歴史を鮮やかに描いた作品があったとする。それは、歴史を言葉で語るのではなく声として伝えている。美は声であり、鑑賞者に事象を固定観念やバイアスなしに伝えられる手段だと考える。

WWD:さまざまなモチーフを組み合わせた作品が多いが、それらをどのように選んで組み合わせるか?それを通して表現したいこと、伝えたいことは?

松山:違うもの同士が持つ接点について考え、それを発見できたときにはっとすることがある。例えば、ミュージシャンのファレル・ウィリアムス(Pharrel Williams)が「ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)」メンズのアーティスティックディレクターになって、ファッションと音楽の融合による新しい表現が生まれた。このように異なるもの同士がぶつかり合い、スパークする瞬間にワクワクする。あらゆる情報の探求をし続けて価値を見出し、考えたことのないものを生みだせるのはアートだけだ。アーティストは自己否定をしなければ新しい作品が生まれないし、生みの苦しみもある。だが、アートをツールとしてさまざまな領域を横断することにより、生きていると実感できる。アーティスト活動を通して生きていることを皆と共感したい。

ニューヨークのランドマークに新たな息吹を

WWD:キース・ヘリング(Keith Herring)やバンクシー(Banksy)などが作品を描いたバワリーミューラルを2019年、23年と2回手掛けた感想は?

松山:バワリー・ミューラルは、1982年にヘリングがグラフィティーを描いた歴史的な場所であり、ニューヨークのアイコンだ。1回目に手掛けたときは熱烈なオファーを受けて実現、2回目は許可なく作品を制作した。その理由は、落書きによってミューラルの本来の姿が損なわれ、所有者が放棄した状態にあったから。壁そのものは所有者のものだとしても、その伝説はこれまで描いてきたアーティストが作ったものだ。それで、アクティビストとして「日中、堂々とやるぞ」と1日で作品を描こうと思い、ニューヨークへの思いを込めて30のポートレート作品を完成させた。日本人が描くということがニューヨークらしさだと考えた。ニューヨークは、“受容と排除”といったような2面性を持つ町だが、マイノリティーが活躍できる多様性とチャレンジ精神がある。許可なしに描いたので所有者からクレームが来たが、完成した作品を見て「これは美しい」という言葉と共に、私がこの作品を手掛けた理由について深い理解を示してくれ、公認になった。アートを通して表現した声が響いたと感じた。

WWD:ストリートアートについてどのように考えるか?

松山:アーティスト自身は、ストリートアートと思って描いているわけではない。例えば、バンクシーは、権威の中で制作をしないというだけ。自分のアイデンティティーに真っ直ぐ活動を行い、町をキャンバスに使う、それ以上でもそれ以下でもない。

WWD:パブリックアートを多く手掛けているが、パブリックアートに必要なことは?

松山:パブリックアートは一般社会との接点。壁画や彫刻、モニュメントなど、さまざまな表現方法があるが、制作する場所の歴史や個性、意味を捉えて、その場所の価値を上げるのがパブリックアートだ。町中にアートがあると導線ができ、その場所に文化が生まれる。アートは場所に新しい価値をもたらすことができる。文化が収益性を生み、治安が良くなるケースもある。

WWD:アート後進国といわれる日本で、現代アートがブームになりつつあるが、この現象をどのように見るか?

松山:市場のインフラが整い、バブル期に失われた土壌が豊かになった。日本のアート業界は、若干産業化していると思うが、業界にビジネスとして携わる人々にとっては、作品は売買の対象であり致し方ない。だが、表現者は「売れればいい」という意識ではダメだ。ファッションブランドとのコラボなどでも、体験を通して価値を提供できるビジョンのあるアートが必要だと考える。

WWD:今後チャレンジしたいことは?

松山:パブリックアートや美術館の展覧会などを通して、アートに興味がない人との接点を持つことで、アートを感じてもらいたい。人は、バベルの塔など大きいものに感銘を受ける。だから、建築的次元でのモノづくりや、公共でスケール感のある作品などを手掛けてみたい。

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