PROFILE: 中里唯馬/「ユイマ ナカザト」デザイナー
「ユイマ ナカザト(YUIMA NAKAZATO)」を手掛けるオートクチュールデザイナー中里唯馬に密着したドキュメンタリー映画「燃えるドレスを紡いで」が、ケイズシネマ(K’s cinema)、シネクイントほかで全国で順次公開中だ。関根光才監督が手掛けた本作品は、中里デザイナーが「生み出された衣服はどこに行くのか」という問いの答えを探しに衣服の最終到達点といわれるケニアを訪れ、大量の廃棄衣類の現場や現地の人々との対話を通して得たインスピレーションを元にコレクションを制作し、パリ・ファッション・ウイークで発表するまでの1年間に密着している。
これまでも既存の価値観に疑いの眼差しをむけ実験的なアプローチで新たな美を生み出すことに挑戦してきた中里デザイナーにとって、持続可能な服作りは探求し続けているテーマだ。ケニア滞在を通じてどんな突破口が見えたのか、また映画という表現手段で何を伝えようとしたのか中里デザイナーに聞いた。
作品を通して問いを投げかけたい
WWDJAPAN(以下、WWD):今回ドキュメンタリー映画に製作過程を収めようと思った理由は?
中里唯馬(以下、中里):ファッションショーは閉ざされた場で、メッセージを届けられる人がどうしても限られてしまう。特にサステナビリティや衣服を取り巻く環境は、業界内の人々だけではなく衣服を着る全ての人に伝えたい。そこで映画という表現方法で伝えようと考えた。
WWD:映画を通して伝えたいメッセージは?
中里:生きていく上で欠かせない衣服は、多くの人にとって当たり前の存在であまり意識せずに日々触れているものだと思う。でも店頭に並ぶ商品を購入して着る以外に、実は周辺にはたくさんの世界がある。関根光才監督の手腕でもあるが、本作品ではケニアの悲惨な状況を告発するというよりも、その現状を緩やかに知ってもらい明確な答えは提示せずに問いを投げかけることに着地している。観た人が自分の中で答えを考え、意識を変えるきっかけになってほしい。
「もうこれ以上服はいらない」という切実な思いと対峙して見えたもの
WWD:映画の中で投げかけられる問いの一つが、「服作りとどう向き合うか?」だった。ケニア滞在を通して見えた中里さん自身の答えは?
中里:ケニア滞在後に一番大きく変わったのは、今この時代にどんなメッセージを発信すべきなのかを一度立ち止まって考え直す意識だろう。ケニアに行く以前から、果たしてデザインは一体何ができるだろうという問いはずっと頭の中にあった。もちろんベターな素材を選択することも1つだが、それ以上にデザイナーにできることはインスピレーションを届けること。「もうこれ以上服はいらない」と思っている人たちと現地で対面して、作り手として言葉に詰まった。でも、人間が表現したり、モノを生み出したりすること自体を否定してしまったら存在意義すら無くなってしまうのではないかと思う。表現の全てを否定するのではなく部分的に調整していくことがこれから先のサステナブルファッションの現実的な進め方なのだろう。
WWD:ファッション産業にさまざまなレイヤーがある中で、実際に日本の作り手はケニアの現状を自分ごととして捉えられない人が多いのでは。
中里:同じ衣服でもいろんなカテゴリーがあるのは事実だが、私は全てグラーデーションのようにつながっていると考える。例えばF1レースで生まれた技術が、10年後に乗用車に反映されているように、オートクチュールも日々の暮らしを支える衣服といろいろな形でつながっている。だから受注生産で環境負荷が低いから自由にやっていいというわけではない。作る上での責任はみんなにある。だからこそ、発表する前に立ち止まって自分に疑いの目を向けるアクションが重要だ。
WWD:同じファッションの作り手にはどんなことを伝えたい?
中里:私は未来のデザイナーを育成・支援するファッションアワード「ファッション フロンティア プログラム(FASHION FRONTIER PROGRAM)」も主催しているが、そこでは既存の型にハマらずに軽やかに社会に目を向けながらデザインを起こす人たちがたくさんいて、自分も刺激を受けている。なかなか周りのデザイナーがどのように服を作っているのか知る機会が少ない中で、何か刺激を受け取ってもらえたらいい。
0以下の価値の服から美しさを生み出せるか
WWD:オートクチュールという美の世界の中で、古着を素材に用いることは大きな挑戦だったのでは?
中里:非常に安価に生産された作りをしているものが不要になりケニアにたどり着く。その時点で価値はもう0以下の服をさまざまに加工して、最も高価な服を発表する場で人々に心から美しいと思ってもらえるかは、私にとっては実験だった。目の前に落ちていたら何も感情が沸かないかもしれないものに対して、デザイナーが手を加えて料理することで美しさを生み出せたら、それは技術や素材の進化以上に大きな変革になる。人々の感情を動かすことはデザイナーの役割としてとても重要で、感情が動けば技術も後から付いてくるはずだ。
WWD:2023年春夏コレクションと23-24年秋冬シーズンと2シーズンかけてケニアを題材にしたコレクションを発表した。発表後は人々の感情を動かせた手応えはあった?
中里:1番最初に発表した時には、フランスの「ル・モンド」紙がかなり大きく取り上げくれた。これまでオートクチュールを10回以上発表してきた中で、あれほど大きく掲載してくれたことはなかったし、想像以上の反響だった。
WWD:コレクションではエプソンの「ドライファイバーテクノロジー」を用いて、ケニアの古着を材料にした不織布を使用したが、製作上の課題は?
中里:不織布は正直そのままでは埃の塊のように見えてしまう。これをどうしたら美しいものにできるかは本当に大きな挑戦だった。今回のコレクションでは、不織布の上でプリント加工して深みのある色を出したり、しっとりした質感にして高級感を出したりといった試行錯誤を繰り返した。しかし、実際にはまだ耐久性に課題があり販売はできていない。今もエプソンとは継続して協業し、少しずつ改良を重ねている。
WWD:古着を服に戻す必要はないのではないかという意見もある。
中里:私は服に戻すかどうかよりも、価値を向上できるか否かの方が重要だと思っている。もう一度価値を感じられるところまで高められるかどうかに、ファッションの未来、希望がかかっている。感情を動かすためにはストーリーが重要。もちろん、わざわざケニアから古着を移動させるのにかかる環境負荷はどうなんだ、という意見があるかもしれないが、ケニアからパリに持っていくその過程、ストーリーに情緒的なものを感じてもらうヒントがあると思っている。
パリコレはファッションの歴史にページを足せるチャンス
WWD:オトクチュールは、デザイナーのメッセージを支持するパトロンがいて成り立つ。中里さんが考える革新をどんな人に着て、世界に伝えてほしいと思う?
中里:普段「ユイマ ナカザト」を選んでくれるのは、表現者や研究者。例えば慶応義塾大学医学部教授の宮田裕章さんのように、社会に対して特殊な眼差しを持っている人が多い。そういう人は大勢はいないかもしれないが、そういう人たち一人一人に服を届けられている状態は心地よい。宮田さんは「ユイマ ナカザト」を着ることで、男性が装飾をまとうこれまで社会であまりみられなかった現象を体現してくれている人だ。特に最近は、アジアの男性セレブがレッドカーペットの衣装に選んでくれていることもうれしい。
WWD:今後もパリでの発表を続ける?
中里:もちろん葛藤もある。ただパリには過去のデザイナーたちが積み上げてきた歴史があり、半年ごとにその1ページが更新されている。あの場所で自分がもう1ページ何かを付け足すことができるのは1つのモチベーションだ。過去の偉大なデザイナーたちは、ファッションの力で社会や価値観を変えてきた。彼らが裏付けてきたファッションの変革する力に勇気づけられるし、自分もいつかそういうことしたいと思う。今は半年に一度投げかけるチャンスがあると捉えている。