ファッション

廃棄物から“ラグジュアリー”スニーカーを作るヘレン・カーカムとは何者か

 「ヘレン カーカム(HELEN KIRKUM)」はロンドンを拠点に廃棄スニーカーを材料に“ラグジュアリースニーカー”を提案する。2018年、コンプレックスコンで村上隆がキュレーションを務めるアートインスタレーションに参加し、一躍脚光を浴びた。その後、「アディダス(ADIDAS)」「リーボック(REEBOK)」「アシックス(ASICS)」とった有力ブランドとのコラボレーションを次々と成功させた。現在は廃棄スニーカーを素材にしたスニーカーの小規模な量産化に成功し、スニーカーに加えて、観葉植物用ポットなどのグッズ、依頼を受けてスニーカーをリメイクする「ビスポーク」、そしてブランドとのコラボレーションの4つの柱でビジネスを営む。ヘレン・カーカムとは何者か。オンラインインタビューを行った。

PROFILE: ヘレン カーカム(HELEN KIRKUM)

ヘレン カーカム(HELEN KIRKUM)
PROFILE: ノーザンプトン大学で英国の伝統的な靴作りを学び、学士号を取得後、2016年ロイヤル・カレッジ・オブ・アートを修了。2019年「ヘレン カーカム」を設立

未来のラグジュアリースニーカーの定番とは何か?

WWD:なぜ廃棄スニーカーからスニーカーを作ろうと思ったのか。

ヘレン・カーカム(以下、カーカム):ノーザンプトン大学で英国の伝統的な靴作りを学び、その後ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(Royal College of Art、RCA)で靴の作り方を学び直し、コンセプチュアルなデザインをするようになった。加えて、私は環境に興味があり、常に気にかけている。

RCA在学中にロンドン西部のウェンブリーにあるリサイクルセンターに行ったときのこと。活用できない片足だけのスニーカーの山があり、その時に問題に気付いた。片っぽだけではリユースできない。こうしたスニーカーを活用しようと決めた。そして、素材は繊維などに分解するのではなく、そのまま活用することが重要だと考えた。解体後断片になった靴の由来を示すことが、お客さまが私たちのパーパスを理解するのに役立つから。

WWD:「ヘレン カーカム」のパーパスとは?

カーカム:身に付けるモノの生産工程を重視すること。型にはまらない技法とデザイン、そして作る行為を通して、生産システムをハッキングすること。遊び心と個性、自発的で意識的な創造性、プロセス主導でクラフトを表現するモノ作りを原動力としている。そして、スニーカーの生産工程や製品消費後の廃棄物に対する認識を広め、創造的な解決策を提供すること。

WWD:シグニチャーの“パリンプセスト(PALIMPSEST)”はアイキャッチでハッとするデザインだ。

カーカム:わかりやすく、スタイリングしやすい靴を作ろうと考えた。イメージしたのは未来のラグジュアリーな定番スニーカー。(環境危機の影響で)原料がなくなったときにどのような靴が生まれるのかを想像しながら開発を始めた。

消費の意味や所有者と製品との関わり方を再考する

WWD:あなたにとってラグジュアリーとは?

カーカム:私にとって究極のラグジュアリーとは、生産工程に関わる全ての人とモノが優先されること。ラグジュアリーとは、環境と人々を尊重すること。原料の繊維を育てる人々から靴を梱包する人々に至るまで、全ての人が尊厳をもって扱われ、安全であること。こうした工程を経た製品こそが、ラグジュアリーだといえる。また、履き心地、品質、素材の寿命に重点を置くことによって、顧客を尊重するということでもある。そして、所有者と製品とが深く結びつき、製品が所有者にとって意味のあるストーリーを持ち、所有者にとって製品本来の目的以上の役割を果たすこと。

WWD:RCA在籍中に、廃棄スニーカーを活用したオーダーメイドシューズ「ヘレン カーカム」を立ち上げ、19年に正式に事業化した。スタジオで一つ一つ手作りしていたものをどう量産化したのか。

カーカム:RCAの学生の多くは在学中にコンセプチュアルでクレイジーなアイデアからキャリアをスタートし、卒業後どうビジネスにするか考える。私たちは素材を作り上げる技術を開発し、さらにポルトガルにある素晴らしい工場フォーエバー(Forever)と幸運にも出合えたことで、小規模ながら量産化できる仕組みを作ることができた。彼らは新しいアイデアに対してとてもオープンで、地球を大切にしてくれるから、本当に助かっている。やり取りを重ねてある程度工場に委託できるようになった。

材料はこれまで通り提携するリサイクルセンターから片足だけの靴を回収している。そのほとんどが異なるデザインだが、ロンドンのスタジオで全ての靴を解体し、パッチワークのような素材を作り、ポルトガルの工場に送っている。つまり、私たちは素材メーカーでもある。

WWD:デザインで重視していることは?

カーカム:最初に見たときに「かっこいい靴」と思ってもらい、よく見ると「いい靴」と思える靴とは何かを模索している。そのための小さな要素がたくさんあり、例えば小さなラベルを付けたり、かかとの裏の部分に靴紐を付けたりするような単純なことでさえも、全ての部品がどこから来ていて、どのような過程をたどっているかを示している。

古いスニーカーを解体していたとき、スニーカーの内側の多くは、製造工程の都合上ジグザグに縫い合わされていることに気付いた。私たちは、誰も目にすることのない靴の内部――スニーカーがどのように作られているのかーーについても製品を通じて紹介したいと考えた。

アウトソールは、オーダーメイドのスニーカーを作るときに感じる、継ぎ接ぎしたような感覚と、実際につなぎ目がぎこちなくなる点を表現している。

WWD:素材は全てリサイクル素材なのか。

カーカム:アッパーは全て回収した廃棄スニーカーの材料を、その他は工場に依頼して作っており、インソールは90%がリサイクルフォームで、アウターソールは30%リサイクルゴムを活用している。

リサイクルポリエステルのラベルのように、私たちはできる限り多くのリサイクル素材を使うようにしている。また、工場から排出される廃棄物の利活用にも積極的に取り組んでおり、その多くがスエード仕上げされていない白色の革の裏側だ。工場にはこの材料が靴ひもを通す穴のパーツをつくるために大量にある。私たちはある意味、既存の製造工程をハックできる点を探してきたんだ。

トレンドではなく、廃棄物に左右される製品作り

WWD:カラーバリエーションが増えている。

カーカム:卸売りは今回が3シーズン目で、新色を発表するのは2回目だ。新色はリサイクルセンターに集まる靴の色から決めている。クールでしょう?つまり私たちの製品はトレンドに左右されるのではなく、そのプロセスに左右されており、これは非常に珍しいことだと思う。

WWD:チーム編成は?

カーカム:私の他に2人。ヤスミンはデザインとサンプル作りを担当していて、エリオットはリサイクルセンターから靴を回収して解体している。

WWD:3人で行っているとは驚きだ。

カーカム:私たち全員が実務的で実践的に取り組んでいる。スタジオのチームはもちろん一緒に仕事をする人たちは皆、創造性がありオープンで、変化に対する適応能力が高い。だから、私たちチームが持っているスキルや仕事の方法は、私たち特有のものになっている。履歴書を見て「この人はこういうことができる」とわかるようなものではないんだ。

WWD:現在の生産数は?

カーカム:1シーズンで100~200足程度だ。少しずつ増やしてはいるが、一度にたくさん作り過ぎないようにしている。複数のシーズンにわたり展開する色味もあり、例えば、色落ちした黒やダスティ・ストーンといったシグネチャーになりつつある色味だ。重要なのはゆっくりと成長すること。いきなり何千足も作るようなビジネスはしたくない。

WWD:アクセサリー作りにも取り組んでいる。

カーカム:デッドストックの靴紐の活用法を模索して、靴紐を編んだバッグを作った。今、生産を拡大できるか検討を始めたところだ。スニーカーのベロの裏地を使ったバッグも作った。私たちの材料は基本的にはリサイクルセンターかパートナー企業から調達しており、集まるものによって作るものが決まる。もちろんどのようなニーズがあるかということも検討している。

WWD:“都市鉱山の実り”に応じて作るものが決まるのは興味深い。植物用のポットも販売している。

カーカム:製品くずから作っている。工場には、靴用に切り取った端材をひとつ残らず送り返すようにお願いしている。廃棄物を減らすことができるもうひとつの方法だ。

WWD:生産工程においても廃棄物ゼロを目指している?

カーカム:まだ廃棄ゼロとは言えないが、それが目標だ。

製品と個人的な関係を表現する「ビスポーク」

WWD:オーダーメイド品について教えてほしい。

カーカム:一足2500ポンド(約47万2500円)で、これまで少なくとも30以上の注文があった。オーダーメイドの素晴らしい点は、顧客それぞれの個性が出るところ。例えば「初めて買ったバスケットボールシューズ」だったり、「マラソンをしたときのシューズ」だったり、「結婚したときの靴」だったりする。製品との個人的な関係にとても興味が惹かれる。靴について話しているうちに、具体的なディテールや思い出を話してくれるかもしれない。だから私たちにとっても貴重で、その物語や思い出が製品に生き続けるように心がけている。コンサルティングを行い、靴を送ってもらい、それらを全て裁断して新しいものを作る。そして送り返す。最初のコンサルティングが終われば、あとは出来上がりを待つだけで、私たちはちょっとしたサプライズになるように送り返している。

WWD:オーダーは主にイギリスから?それとも世界中から?

カーカム:世界中からあり、日本にも顧客が何人かいる。

ビッグブランドの製造工程をハックする

WWD:「アディダス」「リーボック」「アシックス」「ビルケンシュトック」など数々のブランドとコラボレーションしてきた。特に印象的だったものは?

カーカム:ビッグブランドやその工場で仕事をすることのクールな点は、自分の創造性を発揮して、製造工程をハッキングすることができること。例えば、2018年の「アディダス」とのコラボでは、新しいデスクキャンバスを作った。このプロジェクトのクールな点は、アディダスの工場に行き、彼らがどのように働いているのかを見ることができたこと。そうすることで、私の持つデザインの思考法や遊び心、クリエイティビティをまったく違うスケールで応用することができた。

例えばこの縁の周りは“フラッシュ”と呼ばれるもので、靴を作るとき使う金型からはみ出したもの。一般的には工場で慎重にカットされるものだが、それを熟練工がいきなり全体を切り落としたんだ。そんなことできるの?と驚いたし、私はそれを見て、あえてちょっと雑に切ってみてほしいと頼んだ。結果、このデザインに行き着いた。

私は根っからのメイカー(モノ作りをする人)なんだ。だから、スケッチやドローイングで表現するよりも、手を動かしてデザインしている。そのせいか、ある製造工程を見たときに、もっといい方法や楽しい方法があるんじゃないか、どうすれば実現できるかをすぐに考えることができる。それが私たちのコラボレーションを無二のものにしているのだと思う。

WWD:ブランドとのコラボはどのように始まるのか。

カーカム:ブランド側は私たちが支持しているもの全てをフルパッケージで受け入れる必要がある。なので、信頼関係を築き、そこから何を得たいのかを理解し合うことがとても重要になる。ブランド側は、すぐに私が流行のデザインをするだけの人間ではないことに気づき、そして一緒により適切な素材や靴の生産方法について考えることになる。これまでのコラボレーションは、本当に誇りに思っているし、とてもオーセンティックでブランドを象徴するようなものになったと思う。

WWD:ブランドに産業の課題を投げかけるアクティビストのようでもある。ビッグブランドとコラボをするようになったきっかけは?

カーカム:コンプレックスコンで村上隆とコラボしたことだった。コンプレックスコンは、新奇性とかハイプとか、そういうものにとても影響されていると思う。スニーカー業界ではまだある種の影響力を持つこのような場所に、これまでなかったリサイクルスニーカーを発表できたことはよかった。

WWD:ビッグブランドとのコラボがブランド運営の資金になっている?

カーカム:単にスニーカーを作ることだけではなく、さまざまなビジネスを実行するバランスが重要になっている。私たちが慎重に読み解いたエコシステムのようなものともいえる。

スケーラビリティではない方法で影響力を持つために

WWD:雇用を維持し、新しいプロジェクトを推進するのに十分な、理想的なビジネスモデルとは?

カーカム:私たちのビジネスモデルはとても機敏でなければならないと思う。特に今の英国でビジネスをするのは非常に難しいから。良い素材を使い、良い工場と仕事をして人を大切にすることにはお金がかかるし、多くの困難を伴うこともある。でもビジネスをサポートする手段はたくさんある。私たちはトレンドに乗っかってグローバル展開するような、即効性のあるビジネスをやろうとは思っていない。だから、継続すること、機敏に行動することがとても大切になってくる。

WWD:ビジネスの拡大を目指していないのだとしたら、何を目指すのか。

カーカム:この産業や世の中が楽観的な思考回路なのかどうかはわからないが、状況は変わりつつあると思う。私たちが作るモノは先進的で、多くの人にとって初めて発見するようなモノだが、5年後、10年後には人々が気にするようなモノになっていると思う。だから、長期的な視点で投資し、高品質の製品を作り、顧客にとって良いコミュニティ体験を提供することが重要だと考えている。製品を大切にする人たちのコミュニティを作ることーーそうすればエキサイティングな方法で成長することができるのではないか。

WWD:例えば、スニーカーそのものではなく、生産技術や生産工程を、世界のさまざまな地域に適用する、スケーラビリティの代わりに拡散性を考えることもできるが。

カーカム:持続可能という言葉はあまり好きではないのでいい言葉が欲しいところだが、持続可能性を追求して成功するためには、コラボレーションが重要になる。より大きな変化を生み出すために、よりグローバルに協力し合うという考えは、すでに実現に向けて動き出している。というのも、私自身、美しい製品を作る小さなビジネスをしているだけでは、マインドセット・シフトやマインドセット・チェンジのきっかけにはならないと重々承知しているからだ。これについてはまた話そう。

WWD:ファッションは新しい素材を使って、新しい形や感触を生み出すことが通例になっているが、あなたは既存の素材を別の方法で使用し、クレイジーな結果を生み出すことにこだわっている。ファッションデザイナーやファッションビジネスに将来携わりたいと考えている若い世代に向けて、シェアしたいことがあれば。

カーカム:持続可能性について、そして素材について考えなければいけない。これまでと同じ素材が使えなくなる限界が来るからだ。多くの人はそれを制限のように捉えているが、私はチャンスだと捉えている。廃棄物の再利用や分解性能向上のためのモジュール化、バイオマテリアルなど、この業界にはさまざまな選択肢がある。若いクリエーターにはとにかくやることを勧めている。なぜなら、私がこのビジネスを始めた当初は、「規模を拡大することはできない」「うまくいくはずがない」「誰も古い靴を買いたがらない」など、私が達成しようとしていることに対して、多くの人が反対していた。でも、自分の直感を信じてやれば、仲間を見つけることができるし応援してくれる人も出てくる。粘り強さが大事だ。

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