その地方の和牛と日本酒、焼酎との
マリアージュを探求
だんだんと春めき、旅のプランを練っている人も多いだろう。文化遺産巡りや大自然でのアクティビティーなどさまざまな目的がある中で、どの世代、どんな層にも響くのが食だ。その地ならではの旬の食材や食文化を学ぶ“テロワール”がここ数年、注目を集めている。“テロワール”とはフランス語の「風土」「土地」から派生した言葉で、ワイン業界では「ブドウ畑を取り巻く環境要因」という意味で使われてきた。そこから“その地特有の食材やお酒を探求する旅”として広く使われるようになっている。
中でも各メディアが注目し、各自治体も力を入れているのが、ブランド和牛と地元が誇る日本酒、焼酎などとのマリアージュだ。和牛とは、黒毛和種などの在来4品種と、それらの交雑種のみを指す。その地の飼料や水質、育て方によって味も調理法も変わってくるので、各地を訪れ、その違いを堪能する食通も多い。同じように日本酒や焼酎も風土によっって違いが生まれる。最近訪れた日本三大酒どころの東広島市西条では、点在する7軒の酒蔵ごとに仕込み水も違うことに驚いた。利き酒ならぬ、湧き水の味比べもできるのが、テロワールの奥深さだ。
“日本のひなた”宮崎県の
焼酎×金メダル宮崎牛に開眼
宮崎県は2月、宮崎ブランドの食材を広める飲食店フェア「ひなたダイニング」を東京で開催した。郷土料理や居酒屋だけでなく、フレンチやエスニックなど、あらゆるジャンルの都内60店舗以上が参加。宮崎ブランドの食材を生かしたメニューを提供し、魅力をアピールした。
メディア向けプレゼンテーションでふるまわれた特別メニューは、華やかだった。柑橘フルーツ王国の宮崎らしく、金柑や黄金イクラをあしらった西米良サーモンのミキュイ、ピーマンと日向夏のムースなどカラフルな前菜が続いた。メインは、ローストビーフやラグーパスタなど宮崎牛を主役にしたもの。定番ともいえるシンプルなメニューだからこそ、宮崎牛の力強さが際立つ。ラグーパスタに新ごぼうなど、宮崎産の野菜との組み合わせも新鮮だった。5年に一度開催される和牛オリンピックで4大会連続1位に輝いた宮崎牛は、名脇役によって魅力がさらに増す。
金柑を利かせた「オスズ ジン(OSUZU GIN)」のカクテルも爽やかだった。「100年の孤独」などでも知られ、150年の歴史を誇る黒木本店の蔵元である尾鈴山蒸留所によるクラフトジンだ。ベースとなる麦焼酎「山ねこ」の原酒に、ジュニパーベリーや金柑、日向夏、ゆず、そして榊(さかき)など宮崎産の素材を組み合わせている。東西に長い宮崎の焼酎は、鹿児島の芋、大分の麦、熊本の米などの影響を受け、さまざまな焼酎が蒸溜されている。そばや栗、とうもろこしなどの珍しい原料の焼酎もある。この多様性こそ宮崎の焼酎の特徴だ。そんな進取の気質によるのか、ここ数年は各蔵が競うようにクラフトジンを醸すようになった。
星野リゾートやJR九州も
焼酎や日本酒に合う和牛に注目
風土、歴史、気風による味の違い、素材同士の相性の良さを知ると、その背景をもっと知りたくなってくる。星野リゾートの温泉旅館ブランド「界」の九州5施設では、各県それぞれの焼酎をさまざまな視点から知る「本格焼酎ディスカバリー」を1月から開始した。その地に根差した文化や歴史、製造方法や香りなどを、五感を使って学ぶプログラムだ。
例えば「界 別府」では、施設内の「ラボ」で、実験器具を使って製法の違う麦焼酎の香りや味を比較する講座を、1日1組限定で受けられる。夕食時には、カウンターに並ぶ26蔵28種の麦焼酎ボトルから自由に選び、飲み比べる。学んだことをすぐ試し、体験できるのだ。特別会席では伊勢海老や和牛を提供。昆布と椎茸だけでだしを取ったしゃぶしゃぶを、各麦焼酎の相性を実験するように探りながら、堪能する。
JR九州は大分県産ブランド「おおいた和牛」をアピールしようと、日帰りグルメツアー「おおいた和牛トレイン」を運行している。大分駅から豊肥線で緒方駅に向かい、酒蔵見学や和牛の陶板焼きを味わうなどのテロワールを楽しんだ。これは県の「味力発信プロジェクト」の一環で、大分県豊後牛流通促進対策協議会との共催だ。このような自治体と民間、地域が協力したイベントが増えている。
ミネラル豊富な牧草をはみ
柔らかな肉質になった壱岐牛
九州出張の帰りに、ちょっと寄り道して長崎の壱岐島にも立ち寄った。博多港から高速船で約1時間、唐津港から1時間40分ちょっとの壱岐島は、意外とアクセスがいい。。壱岐で仕込まれた麦焼酎は、大麦と米麹を2:1の割合で使用。島には7軒の酒蔵があり、貯蔵熟成酒が多いことも特徴だ。麦の香ばしさと麹の甘味が絡み合い、樽でまろやかに熟成された壱岐焼酎に合わせたいのは、もちろん壱岐牛。育てる肥育農家や飼料も指定されているなど、厳しい基準をクリアした和牛のみが壱岐牛と呼ばれる。島内の飲食店では、ステーキや焼き肉はもちろん、ハンバーグやハンバーガーなど気軽に食べられるメニューも多く、食べ比べるのも楽しい。
壱岐では自転車を借りて各港を回ってみたのだが、途中に壱岐牛を育てる牧場などもあり、島の風土を感じられた。海からの潮風を浴びた牧草はミネラルを多く含み、そのミネラルが壱岐牛の肉質を柔らかくするのだそうだ。実際に島内を自転車で巡ってみると、潮風を受け、エメラルドグリーンの海に囲まれた、恵まれた環境であることを実感する。“自給自足できる島”、と呼ばれるのも納得だ。
島を訪れたからこその楽しい時間は、地元のスーパーマーケット巡り。ウニや寒ブリ、イカやクエなどの海の幸でも知られる壱岐だが、当たり前のように壱岐牛のパックが精肉コーナーに並んでいた。しゃぶしゃぶ用の肩ロースやハンバーグなどを購入し、調理してみたところ、旨味がしっかりしているので、焼くだけで一流シェフの味になり、壱岐牛の底力を感じた。
広島の地酒と希少な比婆牛を
肉割烹の端正な和食で
広島県の比婆牛と東広島市西条の日本酒のマリアージュも見事だった。比婆牛は年間出荷頭数が200頭前後と少なく、首都圏で流通がほとんどない。県の北東に位置する庄原市でしか出会えない希少価値のある牛として、広島県内でも希少とされている。庄原市は古くからたたら製鉄産業が盛んだった。そのため木材運搬で活躍する強い牛が育ったという歴史がある。
広島のテロワール旅でぜひ訪れてほしいのは、和牛を極めた肉割烹だ。「肉割烹 まさき」のコースも前菜からお椀、酢の物や肉寿司盛り合わせまで、一貫して和牛。比婆牛ヒレの雲丹包み揚げ、比婆牛ウチモモの広島レモン焼きなど、比婆牛の各部位が登場するが、比婆牛は希少だけに常に並ぶとは限らないそう。まさに一期一会だ。また、比婆牛の脂は人肌でも溶けてしまうほど融点が低いため、冷製料理でこそ実力を発揮する。泡雪が溶けるような繊細な口どけを感じられるのも比婆牛ならではだ。
東広島市西条の冷酒との相性は抜群。駅前の約1キロ圏内に7軒の酒蔵が点在する西条の地酒は、蔵ごとに違う仕込み水を使っている。山間部には硬水のエリアもあるが、広島の水は大部分が軟水。西条の酒蔵の井戸水は、発酵が促進されやすい、硬度もある中程度の軟水が多く、酒造りに適している。そんな広島の水が育てた和牛や地酒を楽しみながら、その風土の恵みを享受する。和牛とローカルのお酒を探求するマリアージュは、海外からのインバウンド客への訴求力もありそうだ。この春は、和牛を求めて旅しよう。