デザイナー、ドリス・ヴァン・ノッテン(Dries Van Noten)の引退によって私たちは何を失うのでしょうか?帰宅中の地下鉄内で「ドリスが退任」の一報を目にして小さく悲鳴を上げてから2週間、今もその事実に小さなため息をついてしまいます。40年近く第一線で活躍してきたドリスにはこの先、別の人生も楽しんで欲しいと心底思う。それでも寂しさが拭いきれないのは、彼がファッション界で最も偉大なショーマンの一人だったからです。
ショーの椅子が表すブランドの価値観
ファッションショーで使用する椅子にはブランドの価値観が反映されます。1人にひとつずつの上質な背もたれ付きの椅子は座る人にリラックス感や優越感を与えるし、ベンチシートは序列がなく平等な印象を与えます。と同時に、大概は人数オーバーで窮屈にもなるのがベンチシートの特徴です(マルジェラ本人時代の「マルタン マルジェラ(MARTIN MARGIELA)」のショーは肩書き問わずの早い者順で実に平和でした)。「ドリス ヴァン ノッテン(DRIES VAN NOTEN)」の椅子はベンチシートです。来場者を平等に扱おうとする姿勢がそこに表れている。ただし、窮屈にはなりません。
こんな話を聞いたことがあります。ドリスのチームは客席にシートナンバーを置くための長い専用定規を持っていると。そして定規の印通りに極めて正確な等間隔でカードを置いてゆくと。結果、ドリスらしい整然とした美しさを損なうことなく、かつ優越感や不平等感を抱かせることなく来場者を収めることができるそうです。私はこの客席の作り方にドリスの人間力と美的センスが凝縮されていると思います。
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