ライフスタイリストとしてファッションや食の世界で活躍している大田由香梨は、コロナ下の2021年に東京とのデュアルライフを考え各地の古民家を訪れた。そして出会ったのが、千葉県長生郡白子町の古い民家だ。江戸末期に建てられた国登録有形文化財の大きな家屋と広い庭に少しずつ手を入れて再生し、「シラコノイエ」と名付けた。修繕設計を担当したのは建築家の隈研吾。隈の事務所スタッフや古民家好きの人たち、そして白子の住民たちを巻き込みワークショップ形式で修繕を少しずつ進めてきた。4月27~29日にはここで「白子藝術祭」と題した体験型イベントを開催している。江戸の佇まいを残しながらもモダンな「シラコノイエ」に見るのは、衣食住にまつわる古くて新しい視点だ。
千葉県誕生150周年記念の一環「白子藝術祭」
千葉県は県誕生150周年記念事業の一環として今年、自然、文化、資源豊かな千葉を舞台に、百年後を考える「百年後芸術祭」を各地で開催している。「シラコノイエ」では、衣食住のトップクリエイターが参加し、白子の暮らしに見る景観や人、食や芸術を生かし「共に百年後を創っていく共創の場」を創出する。具体的には、隈研吾が修繕設計した「シラコノイエ」の 建築ツアーや、「CFCL」を着用した白子の人々を写真家・蓮井幹生が撮り下ろした写真展、白子町の旬の食のワークショップが行われる。「CFCL」はこのイベントのためのカプセルコレクションも発表した。(「白子藝術祭」のチケットは完売)。
谷崎潤一郎「陰翳礼讃」に見る日本家屋の光の奥行き
4月21日に開かれたプレスプレビューでは、隈研吾建築都市設計事務所の堀木俊設計室長による建築ガイドツアーの後、3人のクリエイターによる会見が行われた。以下は、そこでの一問一答など。
大田由香梨(以下、大田):日本文化の技術と精神の集大成とも言える江戸末期、約190年前の暮らしを舞台に、百年後に想いを馳せる三日間を世界で活躍される皆さんと丁寧に時間をかけて準備してきた。100年後をどんな風に暮らすのか、豊さって何だろう?一人一人の生き方がアートとして、皆さんの心に種が植えられたらうれしい。私の担当の「食」は、九十九里の蛤や白子産の玉ねぎ、たけのこなどを使用して、参加者と一緒に料理をする。「衣」を担当した高橋さんがこのイベントに寄せた思いとは?
高橋悠介「CFCL」代表兼クリエイティブ・ディレクター:パリにはパリの生活様式があり、パリコレではオケージョン用の華やかな服も作っている。同じように日本にも日本の暮らしがあり、どの生活にもなじむ、普遍的なベーシックになりえる服を作りたいと思っている。「CFCL」は普段は再生ポリエステルの発色の良さを生かした服を作っているが、今回は谷崎潤一郎の「陰翳礼讃」にあるように、日本家屋の光の奥行きの深さを表現したく、シャドーグレーとブラックをミックスして竹炭色を、白とライトグレーを混ぜて暗闇に光る白磁色を採用した。服の展示は空間に馴染むかが重要で、マネキンに着せてもハンガーにかけても何かが違った。結果、壁に掛けたり床に平置きをしたりしたことで馴染むことが認識できた。
もう一つの取り組みである写真展は「CFCL」が写真家・蓮井幹生と継続してきたポートレートプロジェクト「シルエット」の一環で、昔ながらの大判フィルムで白子の人たちとその表情を、彼らの思い入れのあるランドスケープと合わせて切り撮っている。蓮井さんにお願いしているのは「服ではなくポートレートを撮ってほしい」ということ。「CFCL」は着る人の生活をサポートする“道具”として服を作りたいという気持ちが大きく、ここでそれを改めて伝えたい。
価値ある文化を後世にバトンを繋ぐことは私たちの大事な役目であることは間違いない。しかし変化を恐れず、過去から脈々と続く文化の本質と向き合う気概を持って、同じ時代を生きる人々と共に時代を作り続けることが、もっと大切なのだと思う。次の世代の人々が、時にはそれを否定し、時には活用して、この世界は続くと思うから。
これはある種、民芸の新しい考え方
大田:隈さんに「美しいとは?」と問うたら、「懐かしいけど新しいことだと思う、それを僕は美しいと思う」との答えでグッときた。私自身、古民家とは言え、毎日着物を着て昔ながらの暮らをしたいと思ったわけではない。現代的な「CFCL」を着て作業をする時間がとても豊かで、こういう美しい暮らしが続いたらいいな、と思う。
隈研吾(以下、隈):大田さんに声をかけてもらってこの場に来て、昭和的な増改築を繰り返した建物の状態を見て最初はどうしたものかと思ったが、荒れた庭で大田さんによる地元の食材を使った料理を食べて腑に落ちた。彼女は今までの役割を超えたことをあえてやろうとしている、新しい人間の生き方を提案しようとしている、と。
これはある種、新しい民芸の考え方だと思う。自著「日本の建築」にも書いたが、民芸運動は結局、マッチョな世界。男の美学で見て“素敵”な器などが重んじられてきた。大田さんや高橋さんの視点は新しく、生活者の立場で今までの民芸運動を解体するような部分があり、自分が考えていたこととピタッとあった。最近の地域の芸術祭は、投機の対象となる現代アートの有名作家を主役にした形が多いが、白子芸術祭は従来とは違う地域とのつながりを持とうとしているところが面白い。
ヨーロッパのルネッサンス以降の建築は“偉い”建築家が図面を書いてその通りに形にしてきた。一方、近世以前の日本の大工の棟梁は図面を書く発想はなく、施主と茶飲み話をしながらカタチにするようなところがある。今回は予算がなかったこともあるが、設計図面を書いてそれをもとに改修をするのではなく、職人さんたちと一緒になってその方法を考えた。そういう方が、これからのモノづくりだと思う。
大田:それは食も同じ。レシピ通りに作るためにスーパーマーケットで食材を買おうとするから四季もなくなる。白子にはスーパーマーケットがないので道の駅で農家さんから買ってそれで何を作ろうと考える。大工さんがその場で“いい塩梅”で造るように。道の駅では先週まで豊富だったゆずが今週はなくなり、「次は一年後なんだ」と寂しさを覚えたりする。それもクリエイティブの一部だと思う。
生活と仕事の場が一体となった江戸の住居
参加者:隈氏から見て江戸時代の建物の魅力とは?
隈:ヨーロッパから入ってきた「住宅」の概念は、「住む」だけの場所だけど、近代以前の日本の家は全体がワーキングスペースだった。土間で農作業をして、味噌や醤油も作る。今はリモートワークなんて言い方をするけれど、日本人はとっくの昔から住む所で仕事もしていた。その総合性はこれからの時代の人間の住まい方のモデルでもあると思う。
参加者:デザイン的な特徴は?
隈:梁や柱に曲がった丸太が随所に使われているところ。日本の家は、縄文の竪穴式の大地に立脚した住まいと、床をあげた弥生式の2つの系列があり、この家には縄文の流れがはっきりと見られる。近代以前の民家がもっていた特徴がふんだんに見られて面白い。
参加者:逆に江戸時代の建物や欠点、それを補った技法とは?
隈:透明性を増した。中と外を仕切る壁を大きなガラスに張り替えたり、間仕切りの壁を取っ払ったりすることで、中にいても外の自然が感じられる。昔の人も自然は大好きだったろうけど、大きなガラスはなかった。縄文の遺伝子に透明性が突然加わった、というところか。
長嶋りかこによる公式図録も発売
このプロジェクトに合わせて、グラフィックデザイナーの長嶋りかこがデザインをした白子藝術祭公式図録を制作、販売をする(3800円)。写真家の高野ユリカが「シラコノイエ」撮り下ろした写真と、隈、高橋、大田がそれぞれの視点で建築、ファッション、食の未来と暮らしを語る寄稿文で構成する。一冊ずつ、白子町の住民が棕櫚縄で束ねた装丁が美しい。