アメリカ在住30年の鈴木敏仁氏が、現地のファッション&ビューティの最新ニュースを詳しく解説する連載。D2C脚光を浴びて10年ほどが過ぎた。今ではネット通販に特化するだけでなく、事業規模によってリアル店舗、ホールセールのバランスが求められることが当たり前になった。ここではD2Cの代表格と言われたワービーパーカーと、卸縮小戦略を見直したナイキの推移を紹介しよう。
商業不動産調査会社(Coresight Research)によると、アメリカ大手小売企業による昨年1年間の店舗閉鎖総数は4913店舗だったのに対し、新規オープン数は5645店舗で、新店数が閉店数を上回った。高インフレや金利の上昇など小売業界にはマイナスとなるマクロ要因が少なくなかったが、消費者によるリアル店舗に対する需要は衰えていないことが分かったことになる。
またリーマンショック後にショッピングセンター建設が大きく落ち込んで供給過剰状態が解消されていること、ネット通販(EC)のデータ分析による売れるロケーションを見いだす技術が進化していることが、新店の増加に影響を及ぼしていると説明されている。
ちなみにオフィス需要は弱いままで、空室率が昨年の第4四半期の時点で19.6%となって、過去30年間で最悪となっている。パンデミック終了後にリモートワークは急激に減ったのだが、オフィスワークとミックスするハイブリッド型となって残っていることが要因である。この傾向は続くとみられていて、とりわけ大都市のオフィスは違う用途に転換する必要があるのではないかと言われ始めている。
リモートワークはオフィスワーカーによる買物圏を大きく変えた。例えばNYマンハッタンの小売市場はリモートワークの影響を大きく被ったが、マンハッタンで働く人が多く住むロングアイランドの消費は逆に増えた。
この消費ロケーションの分析に使われているのがECのデータであり、さらに近年さかんに利用されはじめているのがスマホの位置情報による人流分析である。新店の好適地を見いだす精度が上がっていることが、強い新店数の一因となっているということはすでに書いた。
今や大手専門店チェーンに変貌
D2Cブランドとして創業したが、リアル直営店舗強化へと戦略をシフトしているのがメガネのワービーパーカーだ。2013年に1号店をオープンし、23年度末(12月末)の時点で237店舗まで増えている。昨年の新店数は37店舗、今年は40店舗を計画している。
売上高ベースではリアル店舗がすでに60%を占めているので、数値上はすでにD2Cブランドではなくリアルな専門店チェーンである。
このリアル店舗強化戦略は今後も継続し、現時点で900店舗を視野に入れているとしている。これから4倍近くまで店舗を増せると言っているのだ。
何度か書いているが、D2Cというビジネスモデルはスタートアップにとっては便利だが、一定規模になると、他のリアル企業に商品を卸すホールセールと、自ら運営する直営店舗と、チャネルを増やす必要性に迫られる。理由の一つが広告コストだ。知名度を上げる、新規ユーザーを獲得するまたは維持するといった目的による高い広告コストがD2Cモデルにはつきまとう。これを軽減するために、リアルで消費者の目に付く場所に商品を露出する必要が出てくる。
新しい商圏に店舗をオープンするとその商圏のネット売上が3倍に増えると同社は言っていて、広告支出の軽減だけではなく、売上増という相乗効果もあるというわけだ。
またスマホなどを利用した人流分析を専門としている調査企業Placer.aiによると、ワービーパーカーの12月の来店客数は対前年比で40%も増えたという。また来店客の世帯収入の中央値が、全体では上がっているが、店舗では下がっており、このことは同社の対象市場が広がっていることを意味していると結論づけている。
チェーン店舗の運営能力があることが大前提だが、このようにリアル店舗はD2Cにポジティブな影響を及ぼすということが分かってきた。
EC、ホールセール、直営店がポジティブに影響しあう
EC、ホールセール、直営店舗のバランスを崩したのがナイキである。
3月に発表された第3四半期決算によると、EC売上高が対前年比で3%減だった。これは2015年以来初めてなのだという。ナイキ・コムによるデジタル収益を本体から切り離して公開したのが15年だそうなので、“公となっている業績上初のマイナス成長“ということになる。
同社は17年にConsumer Direct Offense Strategyという名称で直販強化に舵を切って、ホールセールチャネルを絞り、ナイキストアとナイキ・コムに注力する戦略にシフトした。EC市場がコンスタントに成長していた時期なのと、D2Cに注目が集まってトレンドとなっていたこともあって、とりわけEC強化に傾いた。
これが裏目に出て、ホールセールを戻す戦略へとシフト、いったん弱めた大手シューズ専門店・フットロッカーとの関係を最強化すると発表したのが昨年の3月である。リアル環境での商品露出を再び増やす方向へと向かうことで建て直そうとしているのだ。
あるべき姿は、EC、ホールセール、直営店舗の3つがそれぞれポジティブに影響を与え合って、全体が伸びていくことなのだが、ナイキのような大企業でも3つのチャネルの最適化は容易ではない。
規模が小さいレベルでとどまるならば話は別だが、大きな企業や、これから一定規模を超えようという企業にとっては、直営店舗であれホールセールであれ、商品やブランドのリアルな露出が必要なのだということが、試行錯誤の中ではっきりと分かってきた。