ファッション

アシックスの“ニンバス ミライ”開発秘話 単一素材化と分解可能な接着を実現

アシックス(ASICS)」が4月12日に販売を開始した“ニンバス ミライ(NIMBUS MIRAI)”が革新的だ。アッパーを単一素材化し、自社開発した接着剤でアッパーとソールを分解可能にし、回収後に再活用するというもの。難易度の高い設計を、世界で最も売れているランニングシューズであり、「アシックス」を代表する高機能シリーズ“ゲル ニンバス(GEL NIMBUS)”で実現した。そもそもアスリート向けの靴や“ニンバス ミライ”のようなランニングシューズは、パフォーマンスの低下やケガの誘発を避けるために修理は行わないという。そうした“使い捨て”シューズをリサイクル可能にした点もポイント。日本だけでなく、米国、カナダ、英国、オランダ、フランス、オーストラリア、ニュージーランドで同時発売した。

実現に向けた7つの課題

“ニンバス ミライ”開発にあたり、7つの課題があったという。①ランニングパフォーマンスを備えていること②単一素材にできるかどうか③製造時のCO2排出量を抑えること④シューズ由来のテキスタイル作製は可能か⑤ユーザーをどのように巻き込むか⑥解体性接着技術の確立⑦各地域での回収&リサイクルパートナーとの協働、である。

「それぞれの課題をクリアすることは可能でも全てを満たすことが非常に難しかった」と開発責任者の上福元史隆フットウエア生産統括部マテリアル部部長は振り返る。「大命題はパフォーマンスを落とさないこと。単一素材ではランニングパフォーマンスを備えるには十分でないと判断した」。品質を重視し、ソールも含めた単一素材化にこだわり過ぎないという英断だった。今回はアッパーのみポリエステル単一素材とし、アウトソールは通常の“ニンバス”シリーズの合成ゴムのソールを用いた。ミッドソールのフォーム材の約24%はサトウキビ由来だ。「ゆくゆくは単一素材で実現したい」と意気込む。

補強部やハトメなどアッパー全てをリサイクルポリエステル単一素材で実現するのは容易ではなかった。現在はペット由来のリサイクルポリエステルを75%以上用いている。テキスタイルではなくペット由来だったのは、染め工程でCO2排出量が少ないリサイクル原着糸を採用したため。テキスタイル由来のリサイクル原着糸は、存在はしているが、流通量が少ない点と価格の観点から今回の採用は見送った。

リサイクルポリエステルは、リサイクルの工程で物性が劣化することが多く、ヒールカウンターや甲のニット部分など剛性を必要とする部分では用いることができず、100%実現は難しかった。そもそも、複数の異素材で構成されるアッパーを単一素材化することも難易度が高い。「シューズはポリエステルが最も多く使われていることから実現可能性が高いと考え開発を始めた。けれど、通常10種類以上の素材から成るシューズのパーツを、全てポリエステルで補完するのは容易ではなかった。例えば、着用時のホールド感とフィット感を実現する、かかと部分に用いるウレタン製のスポンジ材や、芯材の代用を見つけるのに苦労した」。スポンジはマットレスや医療用クッションに用いられる不織布を、芯は熱で固まるポリエステルを編んで代用した。アッパー素材は5社のサプライヤーと組んだ。アシックス社内で検討を行い、それをサプライヤーに依頼する形で進めた。

もう一つの大きな課題はアッパーとソールの分解可能な接着だった。開発段階では縫製でつなげるアイデアが出たというが断念。途方に暮れていたときに、「2006年に開発し、実用化に至らなかった接着剤の存在を思い出した」という。「マイクロカプセルを接着剤に混ぜたもので、温めると膨張するので接着面がはがしやすくなる。当時はウォーキングシューズの修理の際、ソール張替を容易に行えないかと検討していた」という。今回100パターン以上を試して、実現できた。その配合については「シューズによって配合が変わるので非公開だが、検討しているメーカーがあれば相談には乗る」。使い捨てが主流のスニーカーのリサイクル推進にも前向きだ。

ユーザーを巻き込む回収スキーム

回収・リサイクルはテラサイクルと協働する。テラサイクルはリサイクル・再資源化・リユースを推進するプラットフォームを構築し、世界21か国で運用する。テラサイクルをパートナーに選んだ理由は「化粧品ボトルなどですでに実績があり、米国に回収した製品の再資源化するファシリティがあったから。とはいえ、実際に運用が始まると改善するポイントが出てくると感じており、都度最適化していきたい」と奥村啓基パフォーマンスランニングフットウエア統括部カテゴリー戦略部戦略チームマネジャー。

シューズのベロと箱にQRコードを付け、箱には循環がわかるようなイラストを描いた。「ユーザーやショップスタッフ、誰もが理解できるように心掛けた。QRコードのみを付けて、プロセスをシンプルにして製品情報とテラサイクルのサイトへの情報を網羅しながら垣根を超えられるようにした。幸いデジタル化を推進していたため、お客さまとのコミュニケーションがデジタル上でできる点を生かしていきたい。できるだけサステナビリティへの取り組みはお客さまにとって義務感ではなく、ベネフィットになるような仕組みを考えた」と奥村マネジャーは語る。自宅まで宅配業者が回収に訪れ、回収後にONE ASICS2000ポイントが付与される。回収したアッパーは87.3%が新たなポリエステル素材に活用できることを確認済みで、再度アッパーとして活用していく予定だ。リサイクルには「テラサイクルの、ポリエステル生地から添加剤などを分離してポリエステルポリマーだけを抽出する手法」を採用しており、アパレルのスキームに採用することも技術的に可能だという。今後服&靴から服&靴のリサイクルも検討していく。ミッドソールとアウトソールは、粉砕処理をしてマットやパネル、建材などの素材の一部にリサイクルする。

こうしてできた“ニンバス ミライ”の製品ライフスタイル全体のCO2換算排出量は6.1kg。業界平均を約57%下回るという。回収でのCO2排出量削減に向けた最適化も行っていく。上福元開発責任者は「技術は見えた。重要なのは続けることと、規模を大きくしていくこと。26年に向けて、販売エリアやリサイクル可能なシューズのラインアップ拡充を目指す」と意欲的だ。

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