PROFILE: 勝田幸宏/ファーストリテイリンググループ執行役員兼ユニクロR&D統括責任者
ユニクロは、7月に開幕するパリオリンピック・パラリンピック(以下、パリ大会)で、スウェーデン選手団に提供する公式ウエアや練習着を公開した。ユニクロとスウェーデンチームとのタッグは、2021年の東京大会、22年の北京冬季大会に続き3回目。ファッションの都パリでの開催ゆえに、各国選手団のウエアにもいつも以上に注目が集まるが、ユニクロが提案するのはネイビーを基調にしたシンプルなデザインだ。背景には、「輝くべきはウエアよりもアスリート」という思いがある。店頭で消費者から回収した衣料品をケミカルリサイクルした素材も16アイテムで採用。これはユニクロとして初の試みであり、今後の量産に向けた試金石とも言える。勝田幸宏ユニクロR&D統括責任者に聞いた。
WWDJAPAN(以下、WWD):パリ大会はクライメート・ポジティブを掲げ、「史上初の気候問題に積極的に貢献する五輪」を目指している。ユニクロとしても、初めてケミカルリサイクルに挑戦する。
勝田幸宏ファーストリテイリンググループ執行役員ユニクロR&D統括責任者(以下、勝田):日本の店頭に置いた回収ボックスで集めた衣料品をケミカルリサイクルしてポリエステルチップに戻し、再度紡績してスエットやTシャツなど16アイテムに採用した。数量にして5400枚のウエアにしている。お客さまから回収した服が、オリンピックというハレの場でアスリートが着る服になっていることをお客さまに知っていただきたいし、われわれとしてもそれができたことを誇りに思う。(ケミカルリサイクルは一般的に強度が落ちるという指摘もあるが)もちろん強度は問題ないレベルになっている。
今後、一般に販売する服でケミカルリサイクルを目指していく考えはもちろんあるが、ユニクロで販売する以上は100万着単位の物量が求められる。最初からそんな規模ではできない。ケミカルリサイクルの技術が整っていても、原資となる回収衣料が足りなくて作れないといったこともある。スウェーデン選手団への提供衣料は、ケミカルリサイクルに初めて挑戦する上で、規模としても適していた。ここからケミカルリサイクルをどう広げていけるかを考えていきたい。
WWD:東京、北京と2大会で取り組んできて、スウェーデンチームからはどんな要望やフィードバックがあったのか。
勝田:要望はデザイン面や機能面ではほぼなく、フィット感に関するものがほとんどだ。アスリートゆえ、きつい、ゆるい、長いといった繊細な要望がある。チームが合宿している先にパタンナーなどと共に出張して、そこでフィッティングチェックを何度か行ってきた。この5月後半には、26年のミラノ・コルティナ冬季大会のウエアのフィッティングのために、チームの合宿先に出張する予定だ。一般に販売する服も同様だが、100人中100人が満点を出すフィッティングはないが、東京や北京大会に比べて、パリ大会のウエアのフィットはよかったと言ってもらえるように改善を重ねてきた。
19競技の競技ウエアも提供
WWD:開会式などのセレモニーで着用する公式ウエアや練習着、移動着のほかに、ゴルフ、バドミントン、ボート、スケートボード、ブレイクダンスなど、オリパラ合わせて19競技の選手には、競技中に着用するウエアも提供する。
勝田:担当する競技については選手団から作ってほしいと依頼があって決まるが、100分の1秒を争うような競技のウエアを作ることは、やはりスポーツ専業メーカーではないので難しい。ただ、水泳のキャップについては、先方からの要望で今回作っている。(作れない競技ウエアを作れますと言うような)果たせない約束はしない。宣伝目的で、なんでもかんでも引き受けるようなことはしない。これはサステナビリティ面についても同じだ。今回引き受けた競技については、機能面もデザイン面も100%約束を果たすという思いで取り組んだ。東京大会でスウェーデンチームが準優勝し、注目を集めた女子サッカーの競技ウエアも準備は進めていたが、残念ながら予選敗退で本選出場はならなかった。
WWD:ファッションの都での五輪開催となる。デザイン面で留意したのはどんな点か。
勝田:確かに文化や芸術の街での五輪開催ではある。だからといって、競技に人生をかけてきたアスリートたちの背景にあるストーリーが見えづらくなってしまうようではいけない。華やかなパリでさらに輝くべきはアスリートであり、デザインにおいて僕たちの妙な主張が入りこむようなことがあってはよくない。自分自身が元アスリートということもあって、そうした思いは強い。
「サントノーレでお茶をするときも街になじむ」デザイン
WWD:確かに、ネイビーを基調にした落ち着いた色合いとミニマルなデザインが印象的だ。
勝田:東京や北京大会では、まだ慣れていないのもあってやはり国旗のカラーを使った方がいいのではと思い、明るいブルーを採用したが、今回はネイビーを軸にしている。開会式などで着用するセレモニージャケットももっと明るい色にしてほしいと言われるだろうと思っていたし、実際言われたが、首元にイエローを差すに留めた。選手たちがサントノーレ通りでお茶をするのを想像して、そのとき着ていてもすてきに見えるデザインを追求した。セレモニージャケットは東京大会に続きニット製だが、今回から「ホールガーメント」による3Dニットにした。ただ、選手によっては体格がよすぎてホールガーメント編み機の幅が足りない。その場合は、編みの向きの縦と横を通常とは変えて対応した。別途プログラミングが必要で手間もかかり大変だったが、着心地のよさをさらに追求することができたと自負している。
元々、ユニクロが服作りで掲げているのは、服自体が個性を主張するというよりも、着る人の個性が輝くために服がお手伝いをするといった考え方だ。振り返ってみると、スウェーデンチームに提供する服のデザインは、まさにそうなっている。
WWD:東京や北京大会では、スウェーデンチームにウエアを提供したことでどのような効果や反響があったか。売り上げが伸びるといった面もあるのか。
勝田:商品面では、北京大会で選手に提供したダウンアウターの要素をヒントにして、100万点、200万点の量産に落とし込むケースも出てきている。大会中や直後に売り上げが大きく伸びるかというと、そういうことはない。それよりも、われわれが中長期的に、スウェーデンチームと共感しながらモノ作りを進めているんだということを知っていただくことに意義があると思っている。
リサイクル素材の使用割合は約50%
5年目となるユニクロとスウェーデンオリンピック・パラリンピック委員会とのパートナーシップでは、クオリティー、イノベーション、サステナビリティの3軸を追求した“LifeWear”を選手団に提供する。ケミカルリサイクルを含め、全使用素材に占めるリサイクル素材の割合は東京大会での約33%から約50%に高め、提供アイテム数は東京大会から約20%削減。これらにより、温室効果ガス排出量は、東京大会での提供ウエアに比べ約50%削減した。
競技ウエアを提供する予定の競技は、オリンピックがゴルフ、バドミントン、卓球、テニス、カヌー、ボート、セーリング、アーチェリー、射撃、スケートボード、ブレイクダンス、水泳(キャップ)、ビーチバレーボールの13、パラリンピックがバドミントン、卓球、テニス、カヌー、ボート、水泳(同)の6。