「モルドバン・ブランズ・ランウエイ(Moldovan Brands Runway)」が、モルドバの首都キシナウで3月に開催された。12年目となる今回は、3日間で17ブランドがショーを行った。
モルドバは日本と歴史的にも関わりが薄いため、「モルドバ共和国」と聞いてイメージが何も湧かなくても不思議ではない。モルドバの公用語はラテン語系のルーマニア語で、ウクライナとルーマニアに囲まれた、東欧に位置する旧ソビエト連邦を構成する国の一つである。九州よりもやや小さい国土に人口約270万人が暮らしており、良質なワインを生産する農業国だ。経済規模は非常に小さく、“ヨーロッパ最貧国”として知られている。隣国ウクライナがロシアによる軍事侵攻を受ける中で欧米との関係性を強化しており、昨年にはヨーロッパ連合(EU)の加盟を申請し、欧州委員会との交渉を開始するなど、政治的改革を進めている最中である。天然ガスをはじめとしたエネルギー源をロシアに依存している一方で、ウクライナ難民を積極的に受け入れているため、経済低迷による不安定な政治状況が続いている。
首都キシナウの街並みは、旧ソビエト連邦時代に建てられた無機質で色気のない建築物と、ヨーロッパらしいゴシック調の新しい建築物が入り混じる。経済不況を起因としたインフラ整備の不十分さが道路の亀裂やひび割れに現れているものの、治安は良く、清潔で、中心地では路上生活者をほとんど見かけなかった。“ヨーロッパ最貧国”という不名誉な呼称を感じさせない印象である。現地で出会った、オーストリア在住のモルドバ出身女性によると、「国の労働力を担う若者は海外へ、特にヨーロッパへと流出しているが、コロナ禍を機に帰郷する現象が起きている」という。筆者がキシナウを訪れるのは2回目で、半年ぶりに訪れた現地は、古民家を改装したカクテルバーや、書店にカフェが併設されたスペシャリティコーヒーを提供する店、フランスのパティシエとも肩を並べそうな洗練されたスイーツを提供するパティスリーなど、20〜30代の若い世代が立ち上げたヒップなスポットも誕生しており、街の発展を実感した。
ファッションの素晴らしいところは、拠点とする国の経済状況が、必ずしもネガティブには働かないことである。むしろ、資源不足などの要素が創造性を育む要因になったり、閉ざされた環境が独自の文化と伝統を守ることにつながったりもする。キシナウの滞在中に多くのデザイナーを取材して、さらに強くそう感じた。今後注目を集めそうな3ブランドを紹介する。
1.“時”を操る最注目の鬼才
FIDAN NOVRUZOVA
アゼルバイジャン人の両親のもと、モルドバで生まれ育ったフィダン・ノブルゾバ(Fidan Novruzova)は、2024年の「LVMHヤング ファッション デザイナー プライズ(LVMH YOUNG FASHION DESIGNER PRIZE以下、LVMHプライズ)」のセミファイナリストに選出された現地の最注目デザイナーである。イギリスの名門セントラル・セント・マーチンズ(Central Saint Martins)でウィメンズウエアのデザインを学び、「バーバリー(BURBERRY)」でのインターンを経て、2020年に自身の名を冠したブランドをキシナウで立ち上げた。卒業制作で披露した、角ばったスクエアトーにワイドでオーバーサイズなボディーのブーツが注目を浴び、ベラ・ハディッド(Bella Hadid)が着用したことで人気に火がついた。ウエアも含めデビューコレクションからカナダ発EC「エッセンス(SSENSE)」での取り扱いが始まり、現在は小売店とECで世界に10アカウントを抱える。
ブランドのコンセプトは、「“モダン・ノスタルジア”の概念を再定義すること」だとノブルゾバは語る。「私のヘリテージや経験を過去のファッションと重ね、私の視点からコンテンポラリーに刷新することを目指してる」という。主に1920〜80年代のさまざまなスタイルを基盤に、現代的なひねりを加えて奇妙さの中に親しみやすさを忍ばる。旬なテイストを盛り込みながらどこか懐かしさも感じるレトロフューチャリスティックなデザインが、現在の潮流ともマッチしているようだ。
2.あくまで“服”を極め抜く姉妹
RXQUETTE
モルドバ出身の姉妹が12年前に設立したウィメンズウエアブランド「ラケット(RXQUETTE)」は、現地で最も高い人気を誇る。D2Cブランドとして、自社ECとアポイントメント制のショールームのみで販売していたが、昨年にホールセールを開始。高級EC「ファーフェッチ(FARFETCH)」や韓国のコンセプトストア「アデクヴェ(ADEKUVER)」、香港のコンセプトストア「ITHK」など6アカウントと取引をスタートし、日本では2024-25年秋冬コレクションからエストネーション(ESTNATION)での取り扱いが始まる。
イタリア・ミラノのマランゴーニ学院でウィメンズウエアのデザインを学んだ姉と、キシナウの大学でビジネスを専攻した妹の指揮のもと、主にフランスとイタリアの生地を使って、キシナウで生産している。“ワードローブの必需品”をコンセプトに、女性らしい体のラインを強調するカットやシェイプに、メンズウエアから踏襲したディテールを融合し、長く着用できるデイリーウエアを提案する。エッジの効いたスタイルに、モルドバの伝統的な手法で手編みしたクロシェや、古布のアップサイクルのアイデアを織り交ぜて、オリジナリティーを探求。ブランドを12年以上継続しているだけあって、素材や縫製といった品質の高さは先進国に引けを取らない。競合になるであろう「ガニー(GANNI)」などの北欧ブランドとほぼ同じ価格帯で、現在はバッグやシューズは制作しておらず、ウエアを中心としたコンテンポラリーブランドとして世界で戦っていく予定だという。
3.伝統と現在を美学でつなぐデュオ
OK KINO
昨年6月にモルドバの近隣国ジョージアの首都トビリシで開催された「メルセデス・ベンツ・ファッション・ウイーク・トビリシ(MERCEDES-BENZ FASHION WEEK TBILISI)」で出合った、キシナウ拠点の「オーケー キノ(OK KINO)」は、今シーズンはランウエイショーを行った。同ブランドは、地元の美術大学でファッションデザインとパターンを学んだダリヤ・ゴルネヴァ(Darya Golneva)と、建築学科を修士したデニス・カウノフ(Denis Caunov)が立ち上げたウィメンズウエアブランド。実験的なコレクション制作を経て、2024-25年秋冬コレクションが正式なセカンドシーズンとなる。
モルドバの伝統的な装いと文化的なシンボルを、現代的なウエアと調和させた、“新しいミニマリズム”をブランドの美学として掲げる。最も目を引いたのは、ファーストシーズンから継続している、脱構築的なテーラードジャケットと裾を折りたたんだミニスカートで、自然素材を中心としたニュートラルカラーの異素材の生地を組み合わせた優しいトーンが魅力だ。シルク裏地のウールのジャケットで約4万円という、手の届きやすい価格帯も特徴だ。昨年9月には、ミラノ・ファッション・ウィーク(Milan Fashion Week)を主催するイタリアファッション協議会(Camera Nazionale della Moda Italiana)からのオファーを受けて、会期中にミラノでショールームを開いた。バイヤーやプレスとの交流を経験して、国際的な取引がスムーズに行えるよう、現在はホールセールオーダーの構築や配送の課題に取り組んでいるという。