PROFILE: 左:小松菜奈/俳優 右:松田龍平/俳優
どこか分からない場所で、記憶も名前もなくした男女が出会う。映画「わたくしどもは。」は現世と来世の狭間で繰り広げられる魂たちの物語。監督の富名哲也は、これまで釜山国際映画祭やベルリン国際映画祭に出品するなど、海外で注目を集めてきた新鋭で本作は長編2作目となる。そこでW主演を務めて初共演したのが、ミドリ役の小松菜奈とアオ役の松田龍平。2人は富名監督が生み出した神秘的な世界に、どのように向き合ったのか。
※記事内では映画のストーリーに言及する部分があります。
観る者の想像力をかきたてる映画
——映画「わたくしどもは。」は独自の世界観がある作品でしたね。監督の美意識を感じさせながらも、観る者の想像力をかきたてます。
松田龍平(以下、松田):そうですね。どんな作品なのか説明するのは難しいですね。死者の話ではあるんですけど、少ない台詞の中から、確かに何かを1つずつ拾いながら、エンディングまでゆっくり楽しめる映画だと思いました。美しい佐渡島で自分なりに答えを出しながら、わからないところは監督の中にあるものに身を委ねればいいやという感じでやっていました。
小松菜奈(以下、小松):観る方によって、いろいろ解釈できる作品ですよね。言葉も少なくて、感情を表情や仕草、時にはダンスを通じて表現する。風の音や鳥のさえずりとか自然の音も表現の一部というか、目をつむって音に耳を傾けたくなるときがあるんですよね。だから映画を観ているだけではなく、聞いているような気もして。映画を観ながら「こういうことなのかな」って自分なりに想像する余白もあって、魂が物語に引き寄せられていくような作品でした。
——映画の舞台になった佐渡島の風景も印象的で、異世界感が伝わってきました。
小松:実際にロケ地の佐渡島に行ってみて、この作品の独特の空気感が分かったような気がしました。例えば(物語の舞台になった)鉱山で金を採るために多くの人が亡くなっているんですけど、外は蒸し暑いのにトンネルの中はひんやりしているんですよね。魂が漂っていそうな気配を感じさせる。島の自然も印象的で、ここで撮影をすれば作品の世界と交われるような気がしました。
——出てくるキャラクターも不思議な存在ですよね。人間であって人間でないような。ミドリが自分のことを「私(わたくし)」というのが最初は奇妙な感じがしたのですが、観ているうちにだんだんとなじんできました。
小松:台本を読んでいるときは、ミドリが生きているのか亡くなっているのか、分からなくなる瞬間がありました。魂が生と死を行き来しているというか。最初の台本では、登場人物1人1人のバックボーンが分かるように描かれていたんです。それが途中で変わって、キャラクターを説明する部分が削ぎ落とされていきました。そんな中で、しゃべり方も変わって「私(わたくし)」という普段使わない言い方になったんです。それを自分の中に落とし込むのが大変で。
松田:ちょっと、戸惑ってましたよね。「これであってますかね?」って。
小松:(龍平さんに)聞いたりしてましたよね。
松田:俺も分からないけど、あってると思いますって(笑)。
小松:でも、ミドリがいるのが現世と来世の狭間の世界で、死んだことで記憶がなくなってリセットされたんだったら、「私(わたくし)」でもおかしくないかも、と思ったんです。
——リアルに演じると生きている人間と変わらなくなってしまう。でも、いかにもな幽霊の演技だとホラーになってしまう。そのバランスが難しいですね。
松田:窓からじっと外を見ているシーンがあったんですけど、心霊写真とかで誰もいないはずの窓にぼんやり写り込んじゃった霊ってあるじゃないですか。そういう存在かって思って。ミドリやほかの霊たちは、自分が死んだことに気付いていなくて、奇妙な状態でいることに戸惑っているけど、僕が演じたアオは自分が死んだことに何となく気付いている。こじらせている霊だと思うんですよね。だから天国にもいけず、地縛霊みたいになってしまっているんじゃないかって思って。お芝居では自分は死人だ、って思いながら演じていたから、なんだか息もしづらくて。呼吸って生きている証じゃないですか。そういうことを考えていると、めちゃくちゃ芝居しづらかったですね。
仕事=社会における自分の役割
——みなさん感情をあまりあらわにせず、淡々と演じているようでしたが、お芝居のトーンなど微妙なバランスが必要だったんですね。富名監督は現場で細かな指示をされたのでしょうか。
松田:監督は、現場で思いついたことがあると、元の台本だったり、これまでやっていたことを全部捨てられちゃう人なんですよ。初めは「え、まじすか?」ってなるんだけど、監督は楽しそうだし「こっちの方が面白いと思って」みたいな感じだから。僕も気持ち的に楽になれたところがあって。そういう風に切り替えられるのはすごいなと思いました。
——でも、突然段取りと違うことをやるというのは役者としては大変だったのでは?
松田:まあ、そうですね。台詞を書いているシーンがあって。字を書くだけだからって油断していたら、前日に「独白にします」って言われて、全然台詞が出てこなくて。それはちゃんと覚えなかった僕のせいなんだけど(笑)。小松さんは急な変更にも対応出来ていて、さすがだなぁ、って思いました。
小松:その台詞も独特でしたよね。自分に喋っているような感じで。監督はいつもニコニコしていて、すごく楽しそうでした。その場その場で、ああしよう、こうしてみようってアイデアを出されて、もうちょっと何かが欲しい、と思ったときは役者と一緒に考える。作り込んでいくというより、そこにあるものを活かすことを楽しんでいたような気がします。だから、実際にある建物に手を加えるのではなく、そのままの状態で使って、そこに登場人物が現れることで映画的な世界になる。アオの部屋なんてベッドが1つあるだけなんですよ。
松田:ベッドって言っても木の板だけだったからね。しかも床は土っていう(笑)。家っていうか、廃墟で。そこに住んでるのは自分が死んだ人間だと分かっているから気にならないのかもしれないし、生きていた頃の生活を忘れちゃったからかもしれないなって思って、面白いなって、納得しちゃってましたね。
——アオはそういう場所で1人でいて、ミドリと仲間たちは居心地が良さそうな家で食卓を囲んでいますよね。
松田:ミドリたちは自分が死んだことに気付いていないから、何となくの生前の記憶の中で、死ぬ前と同じような生活をしているんでしょうね。あと、面白かったのが、霊ってさまよっているイメージがあるけど、この作品では皆、なんらかの仕事をしているってところで。ミドリたちは清掃、アオも警備員みたいなことをやっていたり。やっぱりどんな形だとしても、働くってことは重要なんだろうなって。死んでまで働きたくないよって思うかもしれないけど。なんか、グッときたんですよね。死んでいるから好き勝手やってるわけじゃなくて、結局生きていようが死んでいようが、人は人のままなのかもしれないなぁって。それって結構深いテーマというか。面白い考え方だなって思って。仕事ってお金をもらうためだけにあるわけじゃなくて、存在する上での役割というか。昔から食べるために狩りをしたり、家を守る人がいたり。死んでから霊になっても何かしらの仕事をするってことは「そこ」にいる理由なのかもしれないなと。監督に聞いたわけじゃないから、あれですけど。面白いですよね。
小松:監督に裏設定など、聞きたいことがいっぱいありましたね。
——そういうことを想像する面白さが、この作品にはありますね。それにしても、アオとミドリの関係は不思議ですね。映画の最初のシーンで、どうやら前世で2人は心中したらしいことが分かりますが、この世界では彼らは記憶をなくして相手のことを思い出せない。しかも、片方は死んだことに気付いていなくて、もう片方は霊であることをこじらせている。
松田:2人とも前世に記憶も感情もおいてきている、限りなくニュートラルな魂みたいな感じなんだけど、アオとミドリが出会っときにお互いに何かを感じるところから始まるんですよね。時が止まっている。何もない死後の世界に新しい風が吹くような。切れそうな細い赤い糸で結ばれているような2人の姿が印象的で。真っ暗なトンネルの中を無言で2人歩いているような、その距離感がいいなと思いました。僕はアオを演じているとき、あの死後の世界にいる唯一の光というか、ここにいる意味みたいなものをミドリに感じながら演じているところがありました。
——心中をしたくらいだから、きっと前世では激しく愛を交わしていたんでしょうね。だからその余熱みたいなものが、記憶や感情を失った2人を結びつけているのかもしれません。
松田:2人が飛び降りるシーンは、生を感じさせる強い感情があってもいいんじゃないかと思っていたんだけど、手をつなぐだけで十分生きている感情が伝わってきて。すごいなって。そういう愛の描き方は今までになかったような気がしました。
小松:ミドリとアオって恋人らしくは描かれていないんですよね。縁で結ばれた2人、それ以上でもそれ以下でもないというか。向かい合って喋るというより、隣同士で喋るような感じ。ラストで長いトンネルを2人で歩くシーンがあって。監督からはカットがかかるまで歩いてくださいって言われたんですけど、本当に長いトンネルで、歩いても歩いても出口が見つからなかったんです。ミドリとアオって、一緒にいる理由は見つからないけど一緒にいることでどこか安心するというか。切っても切っても、切り離せない関係なのかなって思いました。
初共演について
——ちなみにお2人は、今回初めて共演されてみて相性はいかがでした?
松田:そうですね。俺の、ギャグなのかなんなのか分からないボールもちゃんと拾ってくれて助かってました(笑)。
小松:龍平さんの間(ま)が面白いんですよね(笑)。ボソッと言うこととか、突っ込みたくなるんですよ。
松田:そう、結構、鋭く返してくれるから楽しかったです。
——楽しい現場だったんですね。映画の登場人物みたいに色で相手を表現すると何色でしょう。
松田:なんだろう。緑系かな。エメラルドグリーンとか。
小松:私、ファッションで身に着ける色は緑が多いですよ。古着が好きなんですけど、今日も緑だなって思うこともあって。
——松田さんは何色でしょう?
小松:青系かな。濃い青。
松田:俺はオレンジが好きなんですよ。
小松:そうなんですか! 意外ですね。私も落ち着いた色より、ビビッドな色の方が好きですね。
——オレンジってポジティブな心理効果を与えると言われてますよね。先ほど、死んだ後も仕事をしているという設定が面白い、という話がありましたが、お2人は役者という仕事にどんな気持ちで向き合っておられるのでしょうか。
松田:そうですね、俳優は作品ごとに役も仕事する人も変わるじゃないですか。また一緒に仕事出来る機会もあるけど、やっぱり職場がガラッと変わるから、僕なんか一緒になった人にすごく影響受ける方だから。人との出会いで役だったり僕自身の生き様みたいなものが反映されて。そんな仕事だと思いますね。はっきりした正解があるわけじゃないし。
——人生経験が仕事に反映される?
松田:そうですね。いろんな人がいるからなぁ、感情も。いろんな人生があるから。そういう意味だと、思うがままに生きれば良いと思うんだけど。やっぱり役者としては振り幅がないといけないのかもしれないですね。それでも結局は役者の仕事ってよくわからないところがあります。
小松:私はモデルとしてキャリアをスタートしたのですが、この仕事を通じて貴重な人生体験をさせていただいていると思います。作品ごとに新しい出会いがあって、どんどん親戚が増えていくような感じというか。出会った方たちは、再会したときに「女優」としてではなく親戚みたいに接してくれる。そういうところが面白いと思います。
——また、楽しい親戚が増えましたね(笑)。
小松:そうですね(笑)。この世界じゃなかったら、こんな面白い方たちと出会えなかったと思います。
PHOTOS:MAYUMI HOSOKURA
STYLING:[NANA KOMATSU]AYAKA ENDO、[RYUHEI MATSUDA]DAI ISHII
HAIR & MAKEUP:[NANA KOMATSU]MAI OZAWA(mod’s hair)、[RYUHEI MATSUDA] TARO YOSHIDA(W)
[NANA KOMATSU]ジャケット 14万5200円、スカート 9万9000円/共にアクネ ストゥディオズ(アクネ ストゥディオズ アオヤマ 03-6418-9923)、中に着ているシャツ 6万6000円(参考価格)/アヴァヴァヴ(サカス ピーアール 03-6447-2762)、リング(右手)人さし指 154万円、中指 46万7500円、(左手)人さし指(上)24万6400円、(下)63万8000円、中指 45万1000円/全てシャネル(シャネル カスタマーケア 0120-525-519)
■「わたくしどもは。」
5月31日から新宿シネマカリテほか全国順次公開
出演:小松菜奈 松田龍平
片岡千之助 石橋静河 内田也哉子 森山開次 辰⺒満次郎 / 田中泯 大竹しのぶ
音楽:野田洋次郎
監督・脚本・編集:富名哲也
企画・プロデュース・キャスティング:畠中美奈
製作・配給:テツヤトミナフィルム
配給協力:ハピネットファントム・スタジオ
2023年/日本/101分/カラー/スタンダード/5.1ch 映倫:G
©2023 テツヤトミナフィルム
https://watakushidomowa.com