「チルドレン オブ ザ ディスコーダンス(CHILDREN OF THE DISCORDANCE)」は6月6日、2025年春夏コレクションを海外のファッション・ウイーク開幕前という異例の早さで披露した。ショー会場は東京・白金台の港区立郷土歴史館で、夜9時という遅い時間のスタートながら、DJみんなのきもちのBGMと共にスタートする頃には200人を超えるゲストが集まった。
“異例の早さ”を実現するのは簡単ではなかった。ショー本番2時間前でも会場に志鎌英明デザイナーの姿はなく、アトリエでボタンやパーツを縫い付ける作業がギリギリまで続いた。アトリエからサンプルを持参し会場に走るスタッフ、眠そうな目をこするスタッフ、遠くの一点を見続けるスタッフ――チームは満身創痍だった。3日間寝ていないというデザイナーは「こんな大変な経験は二度としたくない」と漏らしている。しかし、「チルドレン オブ ザ ディスコーダンス」には無理を押してでもショーを開催する必要があった。
“足して盛る”を“引いて際立たせる”へ
コレクションテーマは“ナッシング・ユージュアル”で、志鎌デザイナーの「当たり前をシンプルに出したかった。僕たちが普段何を考えているのか、どういった服や音楽、カルチャーに興味を持っているのかを、会場や演出を含めて伝えたかった」。ファーストルックは、「ジョンドウ(JOHNDOE)」とコラボレーションしたヘッドピースに視線が集まる。複数のビンテージTシャツが不均衡に重なり、内側から覗く鋭い視線が前方を見据える。一見すると無地のスリーブレストップスと七分丈パンツには、多彩なフォントの“DISCORDANCE”の文字を同色で全面に敷き詰めた。続くジャケットには代名詞のバンダナ生地をパッチワークし、グリーンやパープルは深みのあるトーンで統一して、品の良さを意識する。
真っ白なメディカルシャツの全面にはレタリングを施し、「アヴィレックス(AVIREX)」とのコンパクトなMA-1は背中を複数のメタルパーツで装飾した。スポーティーなジャケットは、背中を左右に横断するファスナーの開閉でシルエットが変化し、袖口にスタッズを打ち込んだパンクなライダースには強いグラフィックのパッチを複数付けた。スタイリングのアクセントに使ったロングシャツには、細かい刺しゅうで凹凸を付け、繊細な柄を浮き上がらせる。アメカジやミリタリー、パンク、スポーツをベースにしたメンズの定番アイテムにカルチャータッチの装飾を加え、スケートライクなバギーショーツがブランドらしい自由なミックス感を演出した。
「アンブロ(UMBRO)」コラボの“ダブル・ダイヤモンド”ロゴや、セディショナリーズ(Seditionaries)を想起させるAマーク、ビンテージの「AKIRA」Tシャツの“健康優良不良少年だぜ”など、キャッチーなモチーフを差し込みながら、登場した37ルックの仕上がりは、これまでよりもどこか肩の力が抜けてクリーンな印象だ。理由は、素材使いだった。
今シーズンは、得意とする強いグラフィックに頼りすぎず、生地とうまくマッチさせて品のいいスタイルを意識した。これまでの強い色柄を自由にミックスするスタイルは、特に海外では“トレンドのラグジュアリー・ストリート系ブランド”とカテゴライズされるのが納得いかなかった。「トレンドに沿った服作りをしているわけではなく、志鎌英明という人間が作った服というのを証明したかった。自分の中にあるカルチャーやアイデンティティーをむき出しにするため、まずは生地が大切だと考えた」と奮起。ほとんどの生地をオリジナルで開発し、高級感を意識して、足して盛っていくクリエイションから、引いて際立たせるクリエイションにシフトした。
念願の海外ショー開催に向けて
変化の先に見据えるのは、海外でのショー開催だ。次回は25年1月に国内でショーを予定し、同年6月にはイタリアでのランウエイショーを目指す。イタリアでのショーは、志鎌デザイナーがコロナ禍から掲げてきた目標の一つである。20年にミラノ・メンズ・ファッション・ウイークにデジタルで参加し、想像以上の反響があった。イタリアでの取引先も増え、最も多い時期では卸先アカウント数の7割を海外店舗が占めていた。
「以降もミラノ・メンズ最終日にデジタルで参加し続けてきたが、例えばルック公開後に『ヴォーグ ランウェイ(VOGUE RUNWAY)』の取材を受けても、記事が出るのはパリ・メンズが終わる頃。海外バイヤーの買い付けのタイミングとはズレが徐々に生じていた。であればもっと早いタイミングでショーを開催し、世界中のメディアを通して発信してからパリで展示会を開く方がいい。今、自分たちにできるのはそれしかない」。コレクション制作をほんの数週間でも早めるのは、インディペンデントなレーベルにとっては地獄のような苦しみである。例え自身やチームが満身創痍でも、1年後のイタリアでのショーに向けてやり切るしかなかった。
「志鎌英明の服作り」をありのままに伝えたかったのは、運営体制が変わったことも影響していた。23年に前親会社から独立して株式会社ディスコーダンスを設立し、自己責任でゼロから取り組んだ初めてのコレクションだった。「モノ作りに制限がなく、これまでやりたかったことを実現しやすくなった。責任は大きいけれど、自分らしさを120%で表現しやすいから、今はめっちゃ楽しい」。現在の卸先は国内6割、海外4割で約80アカウントと取り引きしているという。卸先アカウント数で見ると好調そうだが、「もう、全然。売り上げは言えないけれど、難しい服のオーダーがたくさん入るから利益は多くない。でも、チームや周りの人たちの暮らしはある程度豊かにしたい。自分自身が高級車に乗って、高級時計を身に着けたいという願望は一切なくて、服を作りたいという気持ちが勝ってしまうから」と正直だ。
同ブランドの強みは、ほかが真似したくでもできない生産背景と、志鎌デザイナーのカルチャーへのタッチポイントの広さである。一方で、そろそろ世界的にブレークしそうな期待をされ続けて、今年で設立13年を迎えた。運営体制が変わり、クリエイションも変わった。海外挑戦への熱い情熱と、少しのビジネスの野望を携え、“未完の大器”は開花に向けて前進する。ただ、前のめりで未完だからこそ「チルドレン オブ ザ ディスコーダンス」は輝くのかもしれない。いずれにせよ、進化への序章はまだ始まったばかりである。