PROFILE: valknee(バルニー)/ラッパー、アーティスト
valknee(バルニー)は、自身のリアルを追求しながら従来のヒップホップの価値観に異を唱えてきた、オルタナティブなラッパーだ。2019年にデビューして以降、世の中への怒りや不満を糧に毒のあるかわいさを作品に取り入れ、独自の世界観を築き上げてきた。コロナ禍に女性ラッパーたちと連帯し結成したZoomgals(ズームギャルズ)をはじめとして、ヒップホップ・フェミニズムの文脈でも重要な存在に。今年の4月にはファーストアルバム「Ordinary」をリリース、先日は渋谷WWWで初のワンマンライブも実現させた。
一方で、ルーツの1つにアイドル音楽もあり、REIRIE(レイリエ)や和田彩花、lyrical school(リリカルスクール)の楽曲プロデュースでも才能を発揮。音楽活動以外では仲間と運営する音声メディア「ラジオ屋さんごっこ」が人気を得ており、その幅広い活動に注目が集まっている。valkneeから発信されるユニークでかわいい表現はクリエイター層の支持も厚く、新たな文化圏を形成しつつあって興味深い。今回は、これまであまり語られることがなかった、表現におけるビジュアルやデザイン・ファッション面を中心に話を聞いた。
アートディレクター“あおいち”の存在
——今回はvalkneeさんのビジュアルやデザイン・ファッション面について伺いたいんですが、出身はムサビ(武蔵野美術大学)でしたよね? 美大時代に学んだことは今の制作に活かされてますか?
valknee:いや、活かされてないと思います(笑)。私は空間演出デザイン学科だったんですけど、何をやりたいのか分からないまま美大時代を過ごしてしまったんですよ。楽しい大学生活ではあったけど、ずっとふざけてた気がする。それよりは、浪人中に予備校でデッサンを描いていたことの方が今につながっているなと思います。デッサンで、描く時にまず薄目で見て全体の陰影をつかんでから、その後ちゃんと見て細部を描く。そういったズームアウトした物の見方というのが、今も役立っているように思いますね。
——俯瞰した引きの視点、ということですね。実際に具体例を伺っていきたいのですが、例えば最新アルバム「Ordinary」のアートワークはどのように作っていったのでしょう。
valknee:私が“あおいち”と呼んでいる、アートディレクターのAOI ITOHさんが私のアー写やジャケ写を長らく担当してくれてるんですけど、今回まだアルバムの中の2曲くらいしかできあがっていない段階でそれをシェアして、「この曲からイメージする私のファーストアルバムを具現化してほしい」と伝えたんです。具体的な色のニュアンスとか、ジャケ写の中で何%くらい私の写真が占めるのかといったことは私が指定してますけど、あとはお任せしています。
私とあおいちの中では、「こういうのがかわいいものだよね」「イケてるよね」という共通の認識というのがあって。これまではそれを全開にしながら自由に表現してきたんですけど、ファーストアルバムはもう少しニュートラルなものにしようということで、若干の調整を入れました。コテコテすぎずサラッとした味わいのものにしたかったんです。あおいちはクライアントワークというよりはどちらかというとアーティスト気質の人で、自由にやってもらったらもっとコテコテのものになると思うんです。でも世の中って私たちみたいな好みの人ばかりじゃないから、もうちょっと手に取りやすいものにしたいんだよねということを話しました。
——なるほど。使用カラーでいうとこれまではピンクが多かったですが、そこは、今回は初めから排除していた?
valknee:そうですね、ピンクと紫は今までたくさん使ってきたのでやめようという話はしました。そういった色を見て共感してくれる方たちは、もうすでにvalkneeを聴いてくれてるんじゃないかなと思って。それより今回は青でいきたかったんですよ。ユースカルチャーにおけるオルタナティブなラップシーンでは、最近イベントのフライヤーやジャケットで青がよく使われていて、手に取りやすい。もちろん、個人的にも嫌いじゃない色だし。やっぱり1枚目のアルバムなので、自己紹介的にいろんな人に手に取ってもらいやすいようにというのを重視しましたね。
——しかも、青のパレットの中でも少しくすんだ感じの色合いですよね。
valknee:最初あおいちからはもう少しパキパキの青であがってきたんですけど、もうちょっとクラフト感がある方がユーズドっぽくて好きなので、そこは微妙な調整を入れていきました。
——アートワークに合わせて、音楽性もこれまでのvalknee的ギャルさ全開という感じではない。そこは少し抑えられた気がします。
valknee:確かに、1曲目の「OG」は庶民的なギャルの日常を描写してますけど、他はそうでもないですよね。ライブをやる時のことを考えるようになったからだと思います。もう少し湿度のあるエモいセクションがあってもいいし、最後はいつも通りドカンと盛り上げてギャル全開でいこう、みたいな。
——以前にはなかった、新たな視点が加わってきたと。
valknee:以前はMAX100人の小箱で盛り上げることを考えていたけど、最近は箱のサイズも徐々に大きくなったり、フェスに出させてもらったりする中で、ロケーションに合う楽曲が必要になってきた感じです。今までいろんなアーティストが「ステージが変わらないと出せない音ってあるよね」ということを言ってて意味が分からなかったんですけど(笑)、ちょっとだけ分かってきた気もします。想像力が増えて、作れる楽曲の幅が広がったようなイメージ。
——あおいちさんとは、今後どういった形でvalkneeを大きくしていきたいか、というようなことも話すんですか?
valknee:いや、あおいちとは目の前のことしか話してないですね。あおいち自身はクラブもフェスも関心がなくて、純粋に私のことだけを応援してくれてる人なんですよ。私にカッコいいスタイリングとヘアメイクをしてイイ感じの写真を撮ることに興味があって、くらいの感覚。私がどこのステージに行こうがあまり興味ないというか(笑)。それよりは、「今これがカッコいい」「これってかわいいよね」というのをシェアし合える仲。あと、ネットのミームも好きで、SNSでのvalkneeへの反応を見て喜んだりとか。昔、「私がビッグになってあおいちを大きいステージに連れてく!」って言ったこともあるんですが、「はて? 大きいステージとは?」みたいな感じだった(笑)。
——あおいちさんとはほぼクルーと言っていいくらいの距離感で一緒にやってきていると思いますが、そもそも最初の出会いはどういうきっかけだったんでしょう。
valknee:最初は「ラジオ屋さんごっこ」の仲間(つーちゃん)が、valkneeに似合いそうな子がいるから紹介するよって言ってくれて。あおいちは当時美大生で、卒展に向けて制作しているような時期でした。それで、あおいちの毒があって刺してくるような作品を見てビビッと来た。どギツイピンクの色合いや真っ赤な血が使われていて、和の世界観の中にかわいいカルチャーや毒気のあるキラキラしたものが盛り込まれていたんです。あおいちも私の曲を気に入ってくれて、意気投合しました。
衣装について
——クルーといえば、バックDJをされているバイレファンキかけ子さんも含めて3人が仲良しですよね。あおいちさんのクリエイティブの世界観には宝塚が大きな影響を与えていると思いますが、バイレファンキかけ子さんも宝塚がお好きみたいで。valkneeチームには、共通の大きなバイブスとして宝塚の存在があるのでしょうか。
valknee:そう、あおいちとかけ子さんも仲が良くて、2人で宝塚を観に行ったりしていますね。私は観たことがなくて、この前初めて連れていってもらいました。圧倒されて終わった(笑)。でも、意識的に観てなくても知らず知らずのうちに影響は受けてるかもしれない。あおいちの家に作業しに行くと、デフォルトで大きいTV画面にスカパーの「タカラヅカ・スカイ・ステージ」というチャンネルが延々と流れてるんですよ(笑)。
——それはもう、影響を受けざるを得ないですね(笑)。
valknee:そういうのも含めて、基本的なノリが合ってるなとは思います。制作をしているとやっぱり合う・合わないがでてくるじゃないですか。自分の場合はそういったナードっぽい人の方が仲良くなりやすい。あおいちはコンプレックスとか悲しみも理解してくれるような室内系のバイブスがあって、とはいえメソメソ系ではなく、室内にいながらも強さがあって、でも疲れやすくて……(笑)。
——ワンマンライブでの衣装も、valkneeさんならではの世界観が表現されていました。あれはどのように固めていったんですか?
valknee:衣装はあおいちに丸投げでも良かったんですけど、まずは自分で考えてみようと思ってイメージを集めていきました。K-POPアイドルの画像も集めて参考にしたかな。1つは今までの延長で、茶系のファーを使って野生の感じもありつつ2000年代的なスタイル。もう1つは、海賊(笑)。新品で購入したのもあるけど、ほとんどがメルカリです。それをあおいちの家に持って行って、インナーや足元など一部を修正して仕上げてもらった感じ。
私の活動規模だとまだまだ予算はなくて、スタイリストさんにお願いするのはちょっと厳しいから、できることは全部自分でやってます。メルカリでも、「ウエスタン ベルト」「上限〇〇円まで」みたいな感じで検索しまくりました(笑)。今回、幕間の映像も全部自分で作ったんですよ。
——なるほど、基本はメルカリなんですね。リアルの古着屋はあまり使わない?
valknee:あまり使わないんですよ。大阪へ行った時にかわいい古着屋を教えてもらって行ったりはしたけど、日常的に東京で行くお店はないですね。今まで働きながら音楽活動をしていたので、週 5で働いて音楽作ってライブもすると余裕がなくて、もう本も読めないみたいな生活で。そうなると、服も本当は好きなんですけどどんどん後回しになっていった。
最近やっと仕事を辞めて音楽活動に専念できるようになったので、ようやくファッションを楽しむ1年生になれた感じ(笑)。あと、自分で服を決めて買うのがけっこう苦手な気がする。それこそ、最近はあおいちとかけ子さんが「これ似合いそうですよ」って勝手にLINEで送ってくれるようになって。そういう時は、あまり考えずに買うようにしてます。彼女たちのセンスを信用してるから。
——valkneeさんといえば、「ルルムウ(RURUMU)」をよく着られている印象もあります。楽曲プロデュースされていたREIRIEも、「ルルムウ」を着用してますね。いつ頃から愛用されてるんですか?
valknee:確かに、「ルルムウ」は好きですね。自分が大学生くらいの時に、国内のちょっと変わったアイドルの人たちが「ルルムウ」を着はじめた記憶があって。凝ったディテールで、魔女っぽくて、かわいいものが好きな心を刺激されるような作りだなと思って当時は見てました。でも私はチャリンコにも乗るし、活発に動くので、難しそうな気がしてずっと見送ってたんですよ。酔っぱらって歩いてたら、そのあたりに引っ掛けて破いちゃいそうじゃないですか(笑)。その後あおいちが「ルルムウ」を手伝うようになったのもあって、ちゃんと見てみたら意外にカジュアルに着られるものもあるなということに気付き購入するようになりました。
共感するラッパーやアーティスト
——ちなみに、ファッション面で共感するラッパーやアーティストはいますか?
valknee:KAMIYAちゃんはファンですね。でも、普通にかてぃとかも好きです。ちょっと悪くてダークな感じというか。
——KAMIYAもかてぃも、ちょっとだけヤンキーっぽいのかもしれない。ということは、sheidA (シェイダ)とか。
valknee:あぁ、sheidAもインスタ見ちゃいますね。そうそう、ヤンキーっぽいけどかわいいっていうのは好きかも。あとはAlice Longyu Gao(アリス・ロンギュ・ギャオ)とかも好き。才能や内面によって、見た目のビジュアルがより素敵に見えるというのが理想だなと思っていて、それは自分も目指したいと思ってます。ただ、まっすぐ見た目が良くてかわいく見えるというのも放棄したくないんですよ。
例えば、私の音楽性だったらK-POPアイドルみたいなファッションの要素ってなくても別にいいと思うんですけど、でもそういうのをあえて取り入れたい。全体としてなんかイケてる、というふうに見てもらいたいです。
——yeaule(ユール)とかJazmin Bean (ジャズミン・ビーン)とかも、まさにそうですよね。かわいいものをどのように自分なりに捉えるかという思想が、ビジュアルに表れている。
valknee:そうなんですよ。Ashnikko(アシュニコ)とかもそう。プラス、自分を奇抜にして面白がって見てもらいたいという感覚もあるのかな。自分もビジュアルを見て違和感を感じてもらいたいから、そのあたりも近いのかも。あとは、見た目を過剰に気にして痩せたいとか若く見えたいとかっていう価値観から抜け出せない人ってたくさんいて、自分もそこで悩むことが多いし、だからそういうところにフィールしてくれる人たちに向けて服を着たいです。世の中のいろんな価値観から解脱したいけど、今日すぐにやめられるわけではないし、その悩みをちゃんと表現できている人に憧れる。
——ちなみに、気になっているスタイリストはいますか?
valknee:そんなにたくさんの人を見ているわけではないですけど、Yuri Noshoさんは好きです。新品を使って終わりじゃない感じが良いし、かわいい。
——でもvalkneeさんの場合、スタイリストと組んでもあまり丸投げしなさそうですよね。ちゃんと自分でも関わっていたいタイプのように見えます。
valknee:私はコントロールフリークなところがあって、自分がどう見えているかをちゃんと把握していないと心配になっちゃうんですよね。それはアートディレクションやファッション以外の、音楽についてもそう。実際それで遅延したこともあるし、自分のオーダーを言いすぎてたんだと思う。作ってもらったトラックに対して、一部のメロディーだけを外して、自分でMIDIで打ったものを渡したりとか……さすがにそれだと作家さんによってはぎくしゃくするし、最新アルバムでは音楽面はお任せしました。
“valknee文化圏”
——ファンの方と相互にコミュニケーションするようなクリエイティブのあり方も模索していますよね。ワンマンライブでは、以前募集していたvalkneeのお友達キャラクターも公開していました。
valknee:あおいちとインスタライブをしながら、ワンマンライブに向けて会議をしたことがあったんです。ライブのマーチをどうしようかと話していた時に、それこそNewJeans(ニュージーンズ)とかのキャラクターがかわいいってなって、恐らく私のリスナーもそういうの好きだろうなと思って募集しちゃいました。その場であおいちがキャラクターを描いて、「じゃあ皆これよりかわいいの描けたら送って~!締切は明後日です!」っていうノリ。妄想してるのは、ファンの方が描いてくれたキャラクターを漫画にしたり、ゲーセンのプライズ(景品)とかにしたり……それでフィーは原作者に入ったらいいよね、みたいな(笑)。
——夢が膨らみますね。ファンの皆さんが描いたキャラクターを見てすごいなと思ったのは、やっぱり皆valkneeさんの好みを分かっていて、どれもトーンが近いんですよね。
valknee:そうなんですよ!曲の内容がキャラクターに反映されていたりして。すごいと思います。
——ライブではmoe_magmag(モエマグマグ)さんのイラストもスクリーンに投影されてました。
valknee:KAMIYAちゃんのジャケ写も描いている方ですね。
——そういったいろんな人が集まってきている、“valknee文化圏”がいまどんどん面白くなってきている印象がある。しかも、実際クリエイターの方が多いんですよね。音楽に限らず、絵を描いていたり服を作っていたり、ユニークなことをしている人がたくさんいる印象です。
valknee:そうなったらいいなと思ってたので、うれしいです。自分はどこに行ってもどんどん新しい友達ができるタイプではなくて、それよりは、好きなモノでつながって共通のゆるいノリを作っていく方が合ってるんですよ。だから、結果的にそういう人が集まってきてるのはうれしい。なんか集団になってきてますよね。
——まだ名前のついていない、新しいコミュニティーができつつあると思うんです。それは、原宿的なかわいさもありつつY2Kもありつつ魔女感もあって、若干のヤンキー感もあって、あと宝塚感も入った(笑)、何とも形容しがたい文化圏。
valknee:そうそう、何とも言えない文化圏(笑)。そういったかわいいモノづくりのノリを復活させたいですよね。ちょっと前まで、「シブカル祭。」とかミスiD系の文脈とかいろいろとあったじゃないですか。そういうのに近いノリを復活させたいですね。
——それこそ、今度7月7日にvalkneeさんが手がけるイベント「Crash Summer」に出演するPINKBLESS(ピンクブレス)やかりん©︎は、そういった新しいギャルバイブスを持った人たちですよね。
valknee:確かに。インターネットを主軸にして活動している新しい世代のカッコいい人たちも今たくさんいるけど、それよりはもうちょっと身体性のある人たちというか。この新しいかわいいカルチャーに何か名前がついたらもっと広まりそうな気もします。「Crash Summer」は、そういった演者たちもたくさん集まってライブするので、皆のファッションを見るだけでも面白いと思う。ぜひいろんな方に遊びに来てほしいです。
PHOTOS:RIE AMANO
■イベント「Crash Summer」
日程:2024年7月7日
時間:OPEN & START 16:30 / CLOSE 21:00
会場:東京・渋谷 WWW X、WWW、 WWWβ
料金:ADV. 5000円 / U-18 4000円 (各1D代別途)
https://www-shibuya.jp/schedule/017903.php
■valknee 「Ordinary」
2024年4月10日リリース
Label:valknee
Tracklist:
1. OG(Prod. ピアノ男)
2. LOOSE(Prod. SEKITOVA)
3. SWAAAG ONLY(Prod. hirihiri)
4. Load My Game(Prod. NUU$HI)
5. Even If(Prod. NUU$HI)
6. Over Sea(Prod. NUU$HI)
7. NOT FOR ME(Prod. KUROMAKU)
8. BREEEEZE(Prod. バイレファンキかけ子)
9. Watch me!(Prod. hirihiri)
10. WHITE DOWN JKT(Prod. hirihiri)
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