メンズ最大規模の合同展「ピッティ・イマージネ・ウオモ(PITTI IMMAGINE UOMO)」の第106回目が、イタリア・フィレンツェで6月11〜14日に開催しました。今シーズンの「ピッティ」は新たな試みは控えめに、多彩なジャンルの790ブランド以上が出展する展示ブースと、ゲストデザイナーを招いたランウエイショーというベーシックな2軸で、来場者に旬のメンズファッションを発信します。「WWDJAPAN」は現地で展示会ブースからランウエイショーまでを連日ほぼ丸一日かけて取材し、新境地を見せたデザイナーや、キャラの濃いTシャツお兄さんらをキャッチ。2025年春夏シーズンの“「ピッティ」ピープル”をダイジェストで振り返ります。
ショー編
「マリーン セル」
ゲストデザイナーの一人「マリーン セル(MARINE SERRE)」が、パリ以外では初となるランウエイショーを開催しました。2025年春夏シーズンのメンズとウィメンズの新作を、フィレンツェ中心地から車で約30分の位置にある邸宅で披露します。フィレンツェの街が目の前に広がる優美な景色と、ブランドのシグネチャーである三日月マークのセカンドスキンをまとったエッジィなゲストの対比が「ピッティ」らしい光景でした。
「ピッティ」でショーを披露する招待デザイナーたちには、“イタリア”というお題が与えられているようで、「マリーン セル」もイタリアのクラフツマンシップをふんだんに取り入れます。アイテムは全てイタリア生産で、サルトリアの美しいテーラリングを自身の疾走感溢れるスタイルと結びつけました。ファーストルックはウィメンズで、ジュエルが連なるトップスとモワレシルクのスカートで、エレガントな立ち上がり。続くメンズも、オールブラックのボクシーなスーチングや、大きめの肩パッドとウエストを絞ったシェイプでクラシックなスタイルを打ち出します。スーツやバッグ、ネクタイなどに使ったイタリアンレザーのアイテムには三日月マークをプリントし、パープルやレッドなど毒っ気のあるカラーを差し込みながら、「マリーン セル」流の新鮮なサルトリアスタイルを提案しました。
中盤以降は、持ち前のテクニックが徐々に勢いを増していきます。エレガンスの軸はぶらさず、バックパックを再構築したジャケットやドレス、パッチワークのシャツやアクセサリーなど、生地使いでらしさを加えます。ただ、クラシックなムードは一貫しており、イタリアの職人が手作りした無数のコサージュが付くコートはラグジュアリーブランドのように美しく、序盤とは対になるオールホワイトのスタイルで締めくくりました。得意とするスポーティーな要素や疾走感溢れるカルチャー要素を薄めた分、正直なところ全体としてはパワーダウンした印象もあります。しかし、特にメンズでは、ブランドのステージを上げるためにテーラリングは避けて通れません。その点、「ピッティ」を意識した「マリーン セル」の新境地には新鮮な驚きがありました。
「ポール スミス」
ブランド設立52年の「ポール スミス(PAUL SMITH)」が「ピッティ」に31年ぶりに返ってきました。ブランドを52年続けるなんて、改めて驚きです。プレゼンテーション会場で19世紀竣工の邸宅ヴィラ・ファバールは、1日限りの“バー・ポール”に変身しました。バーは、1960年代にポール・スミスが通ったカフェをイメージしています。かつて、クリエイティブな人々が夜な夜な集った場を再現した舞台で、2025年春夏メンズ・コレクションを披露しました。
プレゼンテーションがスタートすると、モデルをセンターに立たせて、ポールがルックを一体一体解説します。コレクションは、1960年代のカフェに満ちた自由なムードを、伝統的なテーラリングになじませていきます。スーツの生地は千鳥格子やグレンチェックでクラシックに、着こなしはネクタイをゆるく巻いたり、ジャケットやパンツはイージーフィットだったりと、自然体のスタイル。「フィレンツェのみやげ」のようなネクタイの柄や、「リー(LEE)」とコラボレーションしたフラワージャカードのパンツ、さやかなミントグリーンなど、ウィットが効いたピースが楽しいコレクションでした。何より、サー・ポールのリズミカルな説明と、終盤には明らかに疲れてきた人間っぽさ、そして帰り際の投げキッスのばら撒きがほほえましく、和やかな時間を過ごせました。プレゼンテーション後には庭園で似顔絵を描いてくれるというので、和やかな雰囲気のまま、素敵に描いていただき……パタリロ?
「プラン C」
「プラン C(PLAN C)」は、2025年春夏シーズンにデビューするメンズラインを「ピッティ」で披露しました。ウィメンズの雰囲気を踏襲し、さわやかな色使いとポップなアーティーモチーフ、ゆったりしたシルエットで、“かわいいメンズウエア”ゾーンの開拓を狙います。デニムのアイテムが売れそうな予感です。
ウィメンズとの調和にこだわっているので、メンズもあくまでその延長線上という印象でしたが、のけぞったのは、アーティスト兼デザイナーのドゥッチョ・マリア・ガンビ(Duccio Maria Gambi)と考案したインスタレーションでした。パフォーマー数人がコンテンポラリーダンスを披露しており、何か意味があるのかもしれないと立ち止まって鑑賞します。すると、何となくモジモジくんのように人体文字のようにも見えてきて、(これはPとCでブランドイニシャルになるのではないか)と勝手に解釈し、目を輝かせ、(お、Cっぽくなってきた。あとはP!)とじっと待ち続け、結果全く何も起こりませんでした。服が動きやすいのは伝わった。どうしても「マルニ(MARNI)」と比べられるのは宿命なのですが、今回のドゥッチョのようなアーティストとの協業が、ブランドの個性をより研ぎ澄ませていく予感です。マリア・ガンビは、同ブランドのギンザ シックス(GINZA SIX)の旗艦店も設計しています。
「ピエール ルイ マシア」
あなどってました。2007年設立のスカーフブランド「ピエール ルイ マシア(PIERRE LOUIS MASCIA)」が初のショーを「ピッティ」で披露する。その前情報だけでショーに臨んだところ、冒頭には体をスカーフで覆ったダンサー8人が登場するではないですか。出た、コンテンポラリーダンス。そして約10分間の長い演舞が続き、これはマズいかもなと予感したところで本編がスタートします。究極をいえばスカーフをデイリーウエアに用いただけなのですが、柄のバリエーションと独特な色彩感覚が美しく、どんどん引き込まれます。民族衣装のように繊細であり、バロック・ロココの豪華な装飾性を柄と色使いで表現し、スポーティーなブルゾンやショーツといった日常着に落とし込みます。スカーフをフリンジ調にしたテクニックは圧巻でした。ショーをするにはバリエーション不足ではあるものの、美しいものはシンプルに人の心を引きつけるのだと認識したショーでした。
展示ブース編
「T」
展示ブースで特に目を引いたのは、「T」の潔い真っ白なブースでした。同ブランドは、アメリカのシーアイランドコットンに魅了された西山健デザイナーが2016年に設立しました。“究極のTシャツ”を掲げてさまざまなバリエーションのTシャツを制作し、同生地を使ったジャケットやパンツもそろえます。価格はベーシックなタイプで1万9000円からと安くはないものの、なめらかな手触りが普通のTシャツとは明らかに違います。資生堂「ザ・ギンザ(THE GINZA)」の制服を19年から手掛けており、現在はANA国際線のファーストクラス搭乗者に配布するアメニティーにも「T」のポーチが採用されており、さらに海外知名度を広げるために、「ピッティ」に昨年6月に続いて2度目の出展を決めました。西山健デザイナーに2度目の手応えについて聞くと、「パーフェクト」と即答。「たくさんの人に興味を持ってもらえたし、海外の有名店との商談も決まり夢のよう。ライフスタイルブランドとして、さらに成長させていきたい」と目を輝かせます。今シーズンの「ピッティ」は少し静かな印象でしたが、“白Tパーフェクト兄さん”のようにエネルギッシュな出展者に出会うと、こちらまで元気になりますね。
「ブルネロ クチネリ」
「ピッティ」で堂々の存在感を放つ「ブルネロ クチネリ(BRUNELLO CUCINELLI)」は、本能や直感を大切にする“アクツ・オブ・インスティンクト”をテーマに掲げます。自分が思ったように自由に着こなそうという考えのもと、ルールに縛られすぎない、ノンシャランなスタイルを提案します。コレクションには既存のアイテムを積極的に採用し、カラーや素材を変えて新鮮さをプラス。大量に消費されていくデザインではなく、アイデアを大切に未来につないでいくスタンスは、やはり先をいってるなと感心しました。コレクションの詳細はミラノ編で改めてリポートします。
ニュースは、ゴルフウエアのカプセルコレクションとスーベニア風Tシャツです。ゴルフウエアはとてもスポーツ用だとは思えない上品な雰囲気と、実はプレーにしっかり対応するディテールや素材使いで、憧れのゴルフスタイルを提案しました。スーベニア風Tシャツは、世界主要都市の旗艦店住所とその都市をイメージしたイラストをプリントしており、日本は東京・南青山の旗艦店の住所をプリントしています。ただ、イラストがなぜかおもいっきり浅草というギャップがレアです。
「ヘルノ」
アウターブランドからトータルブランドへと進化中の「ヘルノ(HERNO)」は、今シーズンも斬新なディスプレーで驚かせてくれました。機能素材を使った名物“ラミナー”シリーズをあえて展示せず、巨大モニターを設置してモデルの着用動画を投影し、ゲストをトータルブランドの世界観に没入させます。
コレクションはオリジンとエクセレンス、コンテンポラリーの3テーマを軸に構成します。清涼感のあるリネンやコットンシルクなどの上質なタッチの素材を使いながら、ワントーンのクリーンなスタイルで提案します。コロナ禍で高まったカジュアルジャケットの需要は継続しており、シアサッカーやタフタ素材を使った、汎用性の高いセットアップ拡充しました。クラシックなストライプシャツに見えて、裏地がメッシュ仕立てになったシャツは「ヘルノ」らしいですが、デザインや機能性を過剰に取り入れず、あくまで日常になじむ気の利いたワードローブという印象でした。
「イキジ」
日本発ファクトリーブランドで気を吐く「イキジ(IKIJI)」は、今シーズンも素敵なコレクションでした。同ブランドは「ポステレガント(POSTELEGANT)」の中田優也デザイナーがクリエイティブ・ディレクターを担い、時代を捉えたラグジュアリーな空気感が、東京・墨田の職人たちの確かな手仕事と融合します。服がかかったラックを見るだけで、日本のモノづくりはやっぱりすごいと誇りに思えるラインアップです。今シーズンはこのベストとポロシャツが個人的に気になりました。ゆったりしたサイズ感と素材の表情が巧みにマッチしています。
「ブジガヒル」
ケリング(KERING)がサポートする、若手デザイナーとサステナビリティに焦点を当てた企画“エス・スタイル”が1年ぶりの復活。これまでも実は有望な若手デザイナーが多く参加しており、今シーズンはウガンダ発の「ブジガヒル(BUZIGAHILL)」に注目です。同ブランドは「メゾン マルジェラ(MAISON MARGIELA)」「バレンシアガ(BALENCIAGA)」で経験を積んだボビー・コラド(BOBBY KOLADE)=デザイナーが立ち上げました。個性的なブランド名は、地元カンパラ地区に由来しています。
コラド=デザイナーは大量に輸入されるウガンダの古着問題に着目し、古着を原材料にアップサイクルし、新たにデザインしたコレクションを披露しました。現在もウガンダに生産拠点を構え、現在は15人のスタッフで運営し、今後は「スタッフをさらに増やして雇用を生み出したい」と情熱的です。“エス・スタイル”では、ケリングが提供した素材でハットやステンカラーコートなどを制作しました。ブランドとしてはまだまだ荒削りではあるものの、社会問題と向き合う姿勢は好印象で、アウトプットも決して重苦しくなく楽しい仕上がり。高島屋とタッグを組んだクラウドファンディングを6月30日まで受け付けており、「ブジガヒル」のアイテムを手に入れることができます。