PROFILE: 緒方道則/大丸松坂屋百貨店執行役員大丸東京店長
3月1日付で大丸東京店の店長に就任した緒方道則氏の人事は、百貨店業界において異例のものだった。緒方氏は大丸松坂屋百貨店と同じJ.フロント リテイリング(JFR)傘下のパルコ出身で、直前まで心斎橋パルコの店長だった。百貨店の店長は現場を知り尽くしたプロパー社員が就くポジションだったが、その常識を覆す。「百貨店の伝統とパルコの革新の融合」こそがが自分の役割だと緒方氏は話す。
WWD:就任して2カ月半が過ぎた(取材時点)。パルコと大丸の違いをどう感じている?
緒方道則・大丸東京店長(以下、緒方):デベロッパーによるショッピングセンター(SC)、小売業による百貨店という業態の違いはもちろんある。だけど最大の違いは、のれんの重みだ。お客さまは洋服でもお菓子でも「大丸で買う」とおっしゃる。パルコの場合は、テナントの名前が前に出るケースが多い。お客さまから「大丸らしくない」「大丸ならこうあるべきだ」という厳しい声も届く。百貨店に求められるレベルは高い。それに応えようとスタッフも誇りを持って働いている。
有形無形の「のれんの力」
WWD:取り扱うカテゴリーも客層もパルコに比べて幅広い。
緒方:(ファッションが中心の)パルコは一定の年齢で卒業するお客さまが多い。自然に顧客世代がリセットさせる。だからテナントも大胆と変えることができる。一方、百貨店はお客さまとの関係が長く続く。大丸でランドセルを買ってもらった子供がやがて親になり、自分の子供のランドセルも大丸で求める。祖母が孫の就職祝いに財布を買ってあげる。3代にわたって大丸を利用してくださるお客さまも少なくない。長い歳月をかけて築かれる信頼関係は、百貨店の最大の財産だ。識別IDがなくても、密につながっているお客さまがたくさんいる。これも有形無形ののれんの力だ。
私が2月までいた心斎橋パルコは年間入店客数が1500万〜1600万人だった。大丸東京店は東京駅直結の立地のため約3000万人に上る。もちろん売上高も大きく違う。心斎橋パルコはパルコの上位店ではあるが259億円(24年2月期、テナント取扱高)。大丸東京店の783億円(同、総額売上高)と比べると差がある。
WWD:デベロッパー業であるパルコとは組織体制も異なる。
緒方:心斎橋パルコが社員25人前後で現場を回すのに対し、大丸東京店は230人前後が働く。パルコは渋谷、心斎橋、名古屋のような旗艦店の店長も部長級。大丸松坂屋の場合、主要店舗の店長は執行役員になる。店舗には人事機能もある。百貨店の店舗は一つの会社のようなものだと思う。
WWD:店長の仕事も異なるのか。
緒方:パルコの店長はプレイングマネージャーのような存在だ。店舗の改装も主導し、アパレルなどの取引先にも商談に行く。一方、社員が多い百貨店は組織の役割分担がしっかりしているので、店長の仕事はマネジメント型になるのかなと感じている。ただ、私が百貨店に呼ばれたのは化学変化を期待されてのこと。新しい店長の姿を探っていきたい。
WWD:毎朝の開店時に入り口に立って客入れもするのか。
緒方:店舗にいる時は可能な限り立つようにしている。これもパルコにはない新鮮な習慣だ。百貨店の店長の責任は重い。例えば、月1回の飲食店の衛生チェックも私が白衣を着て、厨房の確認に立ち会う。スプリンクラーや避難経路の確認など防災点検も店長の大切な仕事だ。店長が現場の隅々まで責任を持つ。お客さまからのクレーム対応も取引先ではなく、まず百貨店が受け付ける。百貨店は提供する商品とサービスの全てに責任を持つ。のれんとは、こうして長い時間をかけて築かれてきたのだと実感している。
異例の人事に「え?なんで?」
WWD:今回の異動では、緒方さんともう1人、渋谷パルコの店長だった塩山将人さんも大丸札幌店の店長になった。JFRとしての思惑があるはずだが、内示で何か言われたか。
緒方:JFRの好本達也社長(当時)に「大丸東京店の店長をやってくれ」と言われて、「え?なんで?」という感じだった。驚いたけれど、自分は何事もポジティブに受け取る性格だ。業態も違う、管理手法も違う。でもお客さまの期待に応える仕事の本質は変わらない。好本さんからは「これまでの経験も生かして、新しい目で東京店を見てくれ」と言われた。百貨店の伝統とパルコの革新の融合を託されたのだと解釈している。
WWD:心斎橋パルコの店長時代は、隣接する大丸心斎橋店とずっと連携してきた。
緒方:20年11月に開業した心斎橋パルコは、各フロアが連絡通路で大丸心斎橋店と連結していた。買い回るお客さまを増やし、シナジーを最大化しようと、常に協力し合ってきた。特に大丸心斎橋店の小室孝裕店長からは学ぶことが多かった。
実は13年から14年にかけて大丸松坂屋の本社(東京・木場)に出向した経験もある。JFRがパルコをグループ化して初の人事交流のメンバーの1人だった。パルコから出向した私は主に百貨店のMDを経験させてもらった。一方、大丸松坂屋からパルコに出向したのが現JFR社長の小野圭一さんだった。
役職に関係なく議論する「面白くする会」
WWD:大丸東京店をどんな店にしたい?
緒方:東京駅直結で全国のお客さまとつながる百貨店だ。ポテンシャルは大きい。徒歩圏にある日本橋の三越と高島屋は重厚な店舗を構え、百貨店の伝統をしっかり守っている。大丸はそれとは異なる路線を押し進めるべきだ。12年に建て替え開業してから基本的なフレームは変わっていない。八重洲・丸の内は再開発でこれからも街の姿が変わる。面白い仕掛けがいろいろとできる。
たとえば、地下1階のわれわれの隣で営業している東京駅一番街(JR東海の子会社・東京ステーション開発が運営)の「東京キャラクターストリート」には日本中から推し活の人が押し寄せている。大丸もカルチャーやエンタメとの結びつきを強化して、もっと新しいお客さまを呼びたい。大丸東京店でも3月から約1カ月間、人気コミック「メンタル強め美女 白川さん」をコラボした企画を店内の各所で展開した。6月5〜11日にはVチューバーグループ・にじさんじのライバーと組んだ「アンディメンション(UN-DIMENSION)」のポップアップも好評だった。ショッピングのエンタメ化に可能性を感じている。近年、JFRはeスポーツ分野への投資を強めているが、そんなフロアがあってもいい。
WWD:殻を破ることはできるか。
緒方:実は前店長の田中倫暁さん(現・大丸松坂屋常務執行役員経営戦略本部長)が昨年から風土改革に着手し、月に2回「東京店を面白くする会」を開いている。現場の従業員が集まって、役職に関係なくざっくばらんに議論を交わしている。変化を恐れずに新しいことに挑戦するマインドを醸成する。そんな流れを促していきたい。