テキスタイルデザイナーの須藤玲子さんを巡るクリエイターの中で、異色の存在と言えるのがパノラマティクス(旧ライゾマティクス・アーキテクチャー)主宰の齋藤精一さんだ。2014年のNUNOのウェブサイトのリニューアル制作に関わったことをきっかけに、須藤さんと一緒に産地を巡り、動画の制作を担うだけでなく、展覧会にも関わってきた。香港の気鋭のギャラリー「CHAT」での須藤玲子さんの大規模個展の際にも、館長兼チーフキュレーターの高橋瑞木さんに大きな影響を与えた。須藤さんと齋藤さん。前編では日本を代表するクリエイター2人が織りなす経(たて)と緯(よこ)の関係性に迫った。
PROFILE: 齋藤精一クリエイティブディレクター/パノラマティクス主宰
前回登場した、友禅作家であり重要無形文化財(人間国宝)の森口邦彦氏が須藤に展覧会を開催するよう促したように、須藤は多岐にわたる分野で活躍する人物との出会いによって、自身の布づくりの特性を自覚し、広く認知されるきっかけを数多く得てきた。出会うべくして出会う必然を、無自覚のうちに引き寄せているかのようである。
数多のきっかけのなかでも、クリエイティブディレクターの齋藤精一氏との出会いは特筆すべきものがある。きっかけは2014年のNUNOのウェブサイトのリニューアルだった。それまでのウェブサイトを手がけていた建築家の松川昌平氏が、須藤と齋藤氏を引き合わせた。当時からライゾマティクス社(現:アブストラクトエンジン)の代表として、最先端のデジタルテクノロジーを駆使して映像、建築、アートなど、さまざまな領域で活動する齋藤氏だったが、テキスタイルは興味のある分野だったという。「トヨタが織機から始まっているように、日本の産業のルーツは繊維機械から来ているところが多く、根幹のような存在だと感じていた」。
そんな齋藤氏がNUNOのウェブサイトを手がけるにあたって提案したのが、映像製作だった。「プロジェクトや展覧会、個々のテキスタイルの紹介だけでなく、映像を撮りましょうと」。それは齋藤氏が映像も専門分野だからということではなく、「テキスタイルはきれいに置くとわからなくなってしまう」という持論からの提案だった。「背景を伝えないと、ただ布があるだけになってしまう。作る工程を見せないと、テキスタイルは理解できないと思ったのです」。
まず向かったのは、繊維産地として1300年以上の歴史を持つ桐生。袋帯の織機を活用した色とりどりのジャカード織「カラープレート」と、ケミカルレース技法を用いたレース状の「紙巻き」の製作現場を訪れた。続いて廃棄物扱いだった繭の外側から生まれる「きびそ」の山形・鶴岡、ベルベットに和紙を付着させる「アマテ」を生産する福井……。
演出を一切廃し、あるがままを映像で伝える
齋藤氏は少人数のチームを組み、須藤とともに各地を訪れ、映像に収めていった。凝った演出も、音楽も、須藤や工場の人たちのコメントも、そこにはない。それでいてはっきりと、NUNOの、須藤の布作りが浮かび上がり、テキスタイルの魅力が伝わってくる。自然があり、川が流れ、機械が音をたてながら、布が作られていく。人の姿はほとんど映っていないのに、布づくりに立ち向かう彼らの美しさが、しっかり見えてくる気がするほどだ。編集の妙がそれらをうまく伝えているのかと勘違いしそうになるが、ただただ、現場で行われていることを素直に撮っただけですと齋藤氏は言う。「作為的な意図などなくて、まったくの時系列。当時を振り返ると、演出を加えることに違和感を抱いていた。わかりやすく、説明的になることもいやだった。わかる人にだけわかればいいという思いで撮った結果だった」。
齋藤氏が「ほかの布作りの現場を撮ってもああはならない」と言う通り、これらの映像が成立しているのは、須藤のクリエイティビティと、彼女に共鳴して布づくりにはげむ現場の人たちという存在が欠かせない。「玲子さんって、魔法使いみたいじゃないですか?人にもモノにも魔法をかける。現場の方々も、玲子さんだから、NUNOだからやろうという気持ちがある。現場をそのまま撮るということは、技術の種明かしにもなりかねない。けど玲子さんのなかには『真似できるならやってみればいい』という気概がある。そこにも強く共感している」。
2018年には「こいのぼりなう!」展でコラボレーション。大規模個展への道を拓く
ウェブサイトでの関わりに始まって、2018年には須藤と展示デザイナーのアドリアン・ガルデール氏との共同インスタレーション「こいのぼりなう!」(国立新美術館)に参加、空間演出を担当した。そしてこの会場奥のギャラリーでも、製造現場の映像を流した。この映像に目を留めたのが香港の「CHAT(Centre for Heritage, Arts and Textile)」館長兼チーフキュレーターの高橋瑞木氏で、彼の地での展覧会へとつながっていく。
実際の布づくりを再現したコーナーは、織機や道具とテキスタイル、そして映像が一体となり、まるでその場で布が織られているかのようだった。製作工程を理解できることに加えて、マルチメディア・インスタレーションとして非常に見応えのあるものに。「玲子さんの、魔法をかける過程を見せたかった。本当は工場をそのまま持っていきたかった。僕はべつにデジタルにこだわっているわけでは全然なくて、道具のひとつですから」。CHATでの開催後、この展覧会はロンドン、エディンバラ、ザンクトガレン(スイス)を巡回。そして日本でも去年の丸亀市猪熊弦一郎現代美術館(香川県)、今年に入って水戸芸術館(茨城県)での開催となった。
この展示によって、「とても面白い現象が起きた」と齋藤氏が教えてくれた。「ミュージアムショップでの物販がものすごく動く。たとえば4万円のストールがあるとする。ただ製品を見ただけだと『布に4万円って!』となるのが、製作現場の映像を見ることで、どのような機械や道具で、現場の人が手を動かし、その上でこんなにも独創的なものが生まれる、ということが理解できる。この布には人が介在していて、素材にも技法にもこだわりがあって、玲子さんのアイデアが形になっていることにも思いが至る。そうすると、確かに4万円という価格が理解できる。プロセスを見せることで、投資と対価のバランスがわかる。これは日本のクラフトすべてに通じる、大切な視点だ」。グッドデザイン賞の審査委員長、東京クリエイティブサロンの統括クリエイティブディレクター、来年開催される大阪・関西万博のPeople’s Living Labクリエイターなど、数多くの要職に就いている齋藤氏だからこそ見える、日本のものづくりの可能性と課題を射たコメントだ。次回はこの点についての須藤の活動と、より俯瞰したときの齋藤氏の見解を聞いていく。