ファッション

ドリス・ヴァン・ノッテン“いつも通り”な有終の美 涙と多幸感に溢れたラストショー

6月22日のパリは空に灰色の雲がかかり、雨が降ったり止んだりの移り気な天気だった。この日デザイナーを引退するドリス・ヴァン・ノッテン(Dries Van Noten)も、自身のブランドのデザイナー退任という大きな決断に心が揺れ動いていた。「『ああ、これが私にできる最高の決断だった』と思う日もあれば、『何て決断をしてしまったのだろう』と感じる日もある」――きっと「ドリス ヴァン ノッテン」を愛する多くの人も、新作を早く見たい気持ちと、名残り惜しい気持ちが入り乱れていただろう。

豪華デザイナー陣が駆けつける

最後のショーとなる2025年春夏メンズ・コレクションの舞台には、ラ・クルヌーブの中心にある工場跡地を選んだ。それは、04年に50回目のショーを行った場所でもある。ゲストは、それぞれの特別な「ドリス ヴァン ノッテン」をまとって来場した。最新アイテムもあれば、10年以上前のコレクションもあり、まるで展覧会会場のようだった。そこには、完璧に着せ込まれたポップスターの姿も、ファンの悲鳴にも近い歓声もない。ただファッションを純粋に愛する人たちが、同ブランドの思い出を語り合いながら、最後のランウエイショーの開始を待っていた。

キャリア38年にもおよぶ66歳の勇姿を一目見ようと、デザイナーたちも多く訪れた。ドリスと共に“アントワープ・シックス”として活躍したアン・ドゥムルメステール(Ann Demeulemeester)やウォルター・ヴァン・ベイレンドンク(Walter Van Beirendonck)をはじめ、ピエールパオロ・ピッチョーリ(Pierpaolo Piccioli)やハイダー・アッカーマン(Haider Ackermann)、ダイアン・フォン・ファステンバーグ(Diane von Furstenberg)、トム・ブラウン(Thom Browne)、ヴェロニク・ニシャニアン(Veronique Nichanian)らに加え、同郷のマルタン・マルジェラ(Martin Margiela)も来場していたという噂だ。ほかにも、約30年間にわたってドリスと協業してきたインドの刺しゅう工場の関係者の姿もあった。夜10時に場内の大きなカーテンが開くと、来場者の視線の先には銀箔をびっしりと敷き詰めた一本の長い道が現れた。いよいよ、ドリス・ヴァン・ノッテンによる最後の「ドリス ヴァン ノッテン」のショーがスタートする。

最初のショーに登場したモデルで開幕

無音の静寂が包む中、ファーストルックに現れたのは、「ドリス ヴァン ノッテン」最初のショーでもオープニングを飾ったアライン・ゴッスアン(Alain Gossuin)だった。ネイビーのダブルブレストコートは、同ブランドの最近のキーシルエットの一つロング&リーンの直線的なフォームで、襟を立てたメンズでは定番のユニホームライクな着こなし、そして裾にたっぷりボリュームを持たせたスラックスに軽快なサンダルを合わせてバランスよくまとめた王道の「ドリス」スタイルだ。続くルックからは、素材の新たなアプローチが際立った。シアー素材のトップスやパンツが体をふわりと包み、英国式テーラリングとワークウエアがベースの硬派なスタイルに柔らかさを与える。

ほかにも、クラシックなステンカラーコートには透明なリサイクルポリエステルを使ったり、中綿にはリサイクルカシミヤを使ったりと、ルールの多い男性服を新たな素材使いで解放する。オーガンジーのトレンチコートや、透明のカラーフィルムのようなミリタリーブルゾン、起毛感のあるロングカーディガンなど、バリエーション豊かな素材感でコレクション全体にコントラストを加えた。素材感以外にもさまざまな手法で相反する要素を対比させるが、過去のコレクションと結びつけたがるのがファン心理というもの。ジャケットの左ラペルと左袖には金糸で刺しゅうした毒々しい植物は23-24年秋冬シーズンを想起させるし、クラシックなコートにラペル裏のホワイトを効かせる09-10年秋冬シーズンを思い出す。何なら銀箔ランウエイも、06-07年秋冬のウィメンズ・コレクションの金箔ランウエイを彷彿とさせる。しかしドリスは、「ベスト盤を作りたかったわけではない。まだ証明したいことがあったし、一歩前進したかった」と前を向いていた。

溢れる色柄と素材感

後半は色と柄が溢れ出し、終盤に向けて疾走感が加わっていった。シルバーを眩しいほどコーティングしたジャケットやギラリと光沢を放つパープルのコート、アウターはサーモンやフューシャといったトーンが異なるピンクを用意し、光の加減でゴールドにもシルバーにも見えるメタリックなトップス、墨流しの技法で花を描いたコートやパンツなど、アイテム単品の強さが徐々に増していく。ゴールドの素材を多用したのは「壮観だと思ったから。シルバーのランウエイにすると決めたときから、終盤はゴールドのルックにしようと考えた。シルバーとゴールドのマリアージュは、素敵だから」とドリス。一方で素材感はますます軽やかになり、シアーな素材が強烈な色柄をオブラートに包んだようにマイルドにした。ラストは、ファーストルックと同じクラシックなダブルのロングコートに、フューチャリスティックなゴールドのパンツを合わせた。

今回発表したのは、全てメンズウエア。しかし、モデルにはゴッスアンのほかにも、初期のショーから歩いているクリスティーナ・デ・コーニンク(Christina De Coninck)をはじめ、各時代の「ドリス」を象徴するように、さまざまな世代の男女が入り混じっていた。その背景には、「誰でも着たいものを着ればいいという、とても大きくハッピーな一つの世界」というドリスの考えがある。そして、「今回のモデルたちは皆、家族のような存在。私にとっては、この瞬間にみんなが私の周りにいて、祝ってくれることが本当に重要だった」と説明する。

フィナーレではモデルたちが一斉に登場し、肩を組んだり笑い合ったりしながら、シルバーのランウエイを通り過ぎていく。最後にドリスが登場すると、約1000人のゲストはスタンディング・オベーションで出迎えた。ドリスを含め、声援を送るゲスト、涙するゲスト、勇姿を収めようとスマートフォンを掲げるゲスト、視界に映る全ての人が笑顔だった。会場には退任の一報で動揺したゲストも多かったはずだが、“どの雲にも銀の裏地がついている(Every cloud has a silver lining)”ということわざのように希望と多幸感に溢れており、本当に最後だとは思えないほど“いつも通り”だった。

大舞台を終えたデザイナーの心境

ドリスはバックステージで、今の心境について「まだ分からない。ちょっと圧倒された感じだけど、とてもとても幸せだ」と充実した表情で語った。「明日からのインタビューの仕事を終えたら、パートナーのパトリック(・ヴァンヘルヴェ、Patrick Vangheluwe)とイタリアにある別荘へ行って、次の計画を練る。詳しいことが決まったらまたお知らせするよ」。ショー前に揺れ動いていた心境は完全に払拭したのだろう。今後について語る口調は晴れやかだった。これからも「ドリス ヴァン ノッテン」のアドバイザー的な役割を担いながら、ビューティや店舗デザインにも関わる予定だという。気がつけば、移り気だったパリの空が、誰からも愛されたデザイナーを祝福するように晴れ渡っていた。

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