PROFILE: 八木幣二郎/アートディレクター、グラフィックデザイナー
1999年生まれのアートディレクター兼グラフィックデザイナーの八木幣二郎。3DCG 用ソフトウェア“Zbrush”を駆使し、本やパンフレットの装丁からポスターやフライヤー、レコードのジャケットのデザイン、展示会場のディレクションなど、グラフィックデザインを中心に幅広く活動し、唯一無二のデザイン様式を創り上げている。
7月10日まで東京・銀座の「ギンザ・グラフィック・ギャラリー」(以下「ggg」)」で個展「NOHIN: The Innovative Printing Company 新しい印刷技術で超色域社会を支えるノーヒンです」が開催中で、1階ではSF的な設定に基づく架空の印刷会社「NOHIN(ノーヒン)社」の CI(コーポレート・アイデンティティー)をさまざまなアイテムや資料で展開。地下1階では、八木が尊敬する日本のグラフィックデザイン史を彩る巨匠デザイナー10人の傑作ポスター18点と共に、八木がそれぞれのポスターを再解釈し、3DCGで制作した新作を展示している。
今回、同展の話を起点にグラフィックデザインに対する自身の考えを聞いた。
「デザインの力」を考える
——個展は、2022年に発表した「The 5th Floor」での個展「誤植」以来かと思います。いつごろから本展の企画が進み始めたのでしょうか?
八木幣二郎(以下、八木):お声掛けいただけたのは、2年ほど前ですね。2022年に渋谷パルコの「パルコ ミュージアム トーキョー」でアーティストの布施琳太郎さんが個展「新しい死体」を開催したときに、今回の展示の企画者である亜洲中西屋の中西夫妻とお仕事をご一緒する機会があり、お2人を介して「ggg」とのご縁をつくっていただいたのがきっかけとなりました。でも実際に開催が決まってみると、自分にとっては畏れ多い場所なので、展示の話を進めていくうちに、どんどん現実味を帯びてきて焦りも感じてましたね。
——「ggg」の従来の展示といえば、過去の代表的な制作物の展示に加えて新作の展示を発表するイメージですが、今回は1階から従来の展示形式から逸脱していますね。「架空の企業を作る」というのは、一見大喜利的にも見えますが、どのような想いがあったのでしょうか?
八木:展示コンセプトが決まってからというもの、ずっと「デザインの力」について考えていました。小谷充さんの著書の「映画のなかのロゴマーク 視覚言語と物語の構造」 に書いてあるような、映画——「モンスターズ・インク」「七人の侍」「20世紀少年」などの中でどのようにデザインが登場人物に作用しているか考えていて。同時に、もし社会や人を動かす力がグラフィックデザインにあるとしたら、3DCGを用いた自分のグラフィックデザインは今の国内のグラフィックシーンの文脈において、どこに属していてどのように扱われていくんだろう……と漠然とした不安も感じていました。
——八木さんから見る、今の国内のグラフィックシーンの文脈というのは?
八木:よく他の分野の友達に「グラフィックデザインとは」と聞かれたときに、自分なりに考えるざっくりとした3軸の分け方があります。もちろん、それぞれのデザイナーは、いくつもの文脈を踏まえた上で実践に及んでおられるのだと思いますが、まず一つの軸が、中島英樹さん、秋山伸さん、田中義久さんなど物質的なものに多様なアプローチを仕掛ける方々、二つ目の軸が工芸的な手法で文字や文様を扱う佐々木俊さん、小林一毅さん、鈴木哲生さんなど、三つ目が工作舎の系譜で、図形的に文化史的な背景を取り込むことに巧みな杉浦康平さん、羽良多平吉さん、戸田ツトムさんというふうに分類できるんじゃないかなと考えています。そのように分けると、どうも自分のグラフィックデザインはいずれの延長線上にもないように感じていて。
——八木さんと言ったら、3DCGを使って独自の道を歩んでいる印象があったので、これまでの話は意外ですね。
八木:今の自分のデザインがどのグラフィックデザインの文脈にも当てはまらないのであれば、せっかく「ggg」で展示できるのだから、これを機にグラフィックデザイン史に新たなレールを引かなきゃなという思いがありました。その思いをきっかけに、架空の企業「NOHIN」をねつ造して、現在、そして未来から見ても、過去に3DCGを使ったグラフィックデザインが存在したことを証明するような、オーパーツ(間違った出土品)的な資料展示形式を取りました。
——今回の展示のテキストにもあった「グラフィックデザインは嘘を本当にできる」という考え方にもつながってきそうですね。
八木:そうですね。デザインの力を考える中で、プロパガンダデザインについてもあらためて勉強しました。公に語られることはあまりありませんが、ナチスドイツのグラフィックデザインは非常に重要で、デザイナーとしては、どうしても考えざるを得ない。歴史的な事実としてあれだけ人々を動かしたにもかかわらず、結局デザイナーの責任は問われないじゃないですか。最初に扇動された10代後半〜30代前半の若者が興味を持って、徐々に上の世代も興味を示すような構造は、ある意味、広告戦略そのものだと思います。デザインの力がどのように作用し、そこで果たして自分に何ができるのか。そうしたデザイナーの責任や未来に対してすべきことを考えた結果としての展示発表でした。
意識的にこれまでやっていない量とサイズに挑戦
——1階も地下1階も全て新作展示ですか?
八木:そうですね。3DCGを主に使っていきたいという気持ちがありつつも、正直ここ数年、アウトプットできる手札に詰まっていた時期がありました。バリエーションが出せないというか。かといって、3DCGを使わない選択肢を取ると、先ほど言った3軸とも交わらない上、どこに軸足を置いてよいか分からなくなるという危機感もあって。スランプを乗り越えるためにも、今回の展示では苦しみながらも、とにかく量を作っていきました。
——デザイン史の変化で言うと、デジタルフライヤーやSNSなどアウトプットする形態も変わってきていると思います。今回は、特に地下1階の展示含めて印刷物が多かったですが、意識的な取り組みだったのでしょうか?
八木:体感的に、展示で制作したようなB1判〜B0判サイズのポスターって、この先制作できる機会がどんどんなくなるんじゃないかなと感じていて。もちろん平面構成を美大受験のときに勉強したり、大学では烏口(※均一な太さの線をひくための描画用具)で線を引いたり、フライヤーやポスターの作り方を授業で習うこともありましたが、いざ卒業したら環境として紙を触る機会はまれでした。今、そうした時代の流れもあってか、同世代のグラフィックデザイナーの作品を見ていると、逆にデジタルフライヤーに紙のテクスチャーを乗せる手法が流行っています。紙の必要性が失われているからこそのちょっとした渇望というか。
——物質が必要なくなっている時代だからこそ、物質性をデザインの中で求めているのですね。
八木:でも個人的には、グラフィックデザイナーとグラフィックアーティストの明確な相違点に、紙との関係性があるように思っていて。デザイナーは、やっぱり紙について考える仕事なんじゃないかなと。その端境(はざかい)期に活動している自分としては、この機会を逃したら大判印刷のデザインに取り組むこともないように思えて、初めて挑戦する量とサイズ感を意識的に設定しました。
——10人の巨匠によるポスターは、ご自身でセレクションされたのでしょうか? 未来的なメッセージが多いように感じました。
八木:お借りできなかったものもありますが、自分で選びました。展示全体として、会場の音楽もしかり、万博のパビリオンのような雰囲気を目指しました。「月の石展」や「ツタンーカーメン展」の告知ビジュアルに映っているような未知のものが、本当に会場で見られたときの驚きを作りたいなと思って。地下1階にオリンピックや万博、ワールドカップなど、これまでのグラフィックデザイン史において重要な画期となったポスターを展示して。1階では今回の展示のキービジュアルにフルCGで描かれているオリジナルのプリンターが、本当に実在するような構成にしました。
——巨匠たちの作品の横に自分の作品が並ぶというのは、制作するときから緊張感がありそうですね。
八木:そう思っていたのですが、いざ冷静にAdobe上のツルっとした平面上で彼らのポスターデザインを見たら、意外にも制作がスムーズに進みました。データとしてデザインを見ることで、印刷によるテクスチャーの視覚効果がどのように使われているのかも新鮮に気付くことができました。当時の印刷のインクを調べると、今では使えないような有害物質が含まれたものも使われていることもあり、でもそのおかげで今も褪色していないとか。巨匠たちのグラフィックデザインから刺激を得ながら、自分の作品へとアウトプットしていけました。
スランプからの脱出
——先ほど話していたスランプからは、量を作っていくことで最終的に抜け出せましたか?
八木:実は、ちょうど地下1階のポスターの1〜2枚目を作っているときがスランプ真っ只中でした。「The 5th Floor」での個展を発表したころに自分のCGへの限界値を感じていて。そこから1年間ほど、CGを封印してAdobeソフトを使いながら、ちゃんと基礎からデザインを洗練させる期間がありました。そこを経て、CGにもう一度触れたら、うまく融合できることがあるんじゃないかと考えていたのですが、逆に全くCGが作れなくなってしまって。
「NOHIN」展の制作を始めるころは、ちょうど徐々にCGの感覚が取り戻せて少し俯瞰して技法や自分を見れるような時期だったこともあり、1〜2枚目で手が詰まってしまって。それでも日々葛藤しながら作り続けたら、なにか吹っ切れたように3〜4ヵ月で一気に16枚以上作れました。
——吹っ切れたきっかけは、どこにあったのでしょうか?
八木:今回の展示は架空の「NOHIN」というクライアントはいるものの、レスポンスが返ってくるわけでもなかったので、とにかく自問自答で正解を出していくうちに自然と吹っ切れましたね。いつも友人のアーティストの展示にグラフィックデザイナーとして関わるときは、デザイン視点でキュレーションに対して話を進めています。ハンドアウトから見たときの会場のレイアウト、サインを置く場所など一緒に複数人と相談して決めていたわけですが、当たり前ですけど、今回はそうした判断も自分に委ねられていました。ある意味山ごもりに近い環境に自分を置くことで、吹っ切れたんだと思います。
——制作時は、完成形を想像しながら手を動かしていくのでしょうか?
八木:そうですね。料理のレシピのように、自分専用のテクスチャーメモが手元にあってそれを見返しながら作りたいテクスチャーを形にしています。これまでに手を動かしながら、見つけたやり方も書いてあれば、ほかの方のデザインや写真を見て解析した技法もメモしています。
今回の展示で言うと、戸田ツトムさんによる寺山修司主宰の劇団天井桟敷公演「観客席」に並べたポスターでは、一般的にゲームエンジンとして使われる「UnrealEngine」でベースを作ってレンダリングして、その画像をいかにテクスチャーとして落とし込むか模索していきました。もともとテクスチャーフェチなところもあるので、普段SNS上では失われてしまう解像度のディテールを存分に印刷で実現できる過程は楽しかったです。
——八木さんらしいグラフィックデザインの一つに、テクスチャーへのこだわりがありますよね。
八木:幼少期からSF映画や漫画、ゲームが好きで、デザイナーよりも先に、クリーチャーを作るコンセプトアーティストになりたいと思ってました。中でも小学生低学年のときに読んでいた、水木しげるの「ゲゲゲの鬼太郎」からの影響は大きいです。小学生のころは、休み時間になるとずっと「ゲゲゲの鬼太郎」の漫画を読んでは、自分も模写したりオリジナルの妖怪を描いたりして。水木しげるが描く妖怪や背景のテクスチャーは好きでしたね。
——これまで美術系のお仕事が多かったと思いますが、今回の展示を機にいろいろと自分の中のジレンマから解放されて、今後はどのような仕事をしてみたいですか?
八木:今回の展覧会のために制作したポスターのようなグラフィックデザイン(紙と触れる印刷仕事)と並行して、1階の展示のようなアートディレクション(印刷のためのルール作りやCIなど)もやりたいです。「バレンシアガ(BALENCIAGA)」や「エリオット エミル(HELIOT EMIL)」などファッションにも興味があるので、ブランドのディレクションにも入りたいですし、小さいころから好きなSF映画、アニメの仕事もやってみたいですね。CGデザインを使った街のサイン計画制作にも興味があります。3DCGのソフトだけではなく、さまざまなソフトや技法を自分の中でアップデートさせながら、あらゆるジャンルでグラフィックデザイナーとして活動していきたいです。
PHOTOS:TAMEKI OSHIRO
■ ギンザ・グラフィック・ギャラリー第402回企画展「八木幣二郎 NOHIN: The Innovative Printing Company 新しい印刷技術で超色域社会を支えるノーヒンです」
会期:5月24日〜7月10日
会場:ギンザ・グラフィック・ギャラリー(ggg)
住所:東京都中央区銀座 7-7-2 DNP 銀座ビル 1F/B1
時間:11:00〜19:00
休日:日曜・祝日
https://www.dnpfcp.jp/gallery/ggg/jp/00000831