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連載 鈴木敏仁のUSリポート

リテールメディア 日本と米国でこんなに違う【鈴木敏仁USリポート】

アメリカ在住30年の鈴木敏仁氏が、現地のファッション&ビューティの最新ニュースを詳しく解説する連載。最近、耳にする機会が増えた「リテールメディア」という言葉。新しいビジネスモデルとして取り組む企業が増えているが、実は日本とアメリカでは使われ方が異なる部分があるという。アマゾンやウォルマートの事例を交えてリポートする。

日本の小売業界でもリテールメディアについてのニュースが取り上げられることが多くなって、目にしたことがある読者も多いことだろう。

日本の業界メディアがこのリテールメディアを俎上に上げる場合、ほとんどは店頭のデジタル端末関連か、または小売企業が持つID-POSデータを利用してブランドメーカーがSNSに広告を打つといったデータ利用の話題である。前者はインストアプロモーション、後者はロイヤルティーマーケティングの事例で、実を言うとアメリカで話題になっているリテールメディアとは異なっている。

何が違うのか。アメリカはデジタル広告が主体なのである。

アマゾンに触発されて始まった

そもそもアメリカのリアル小売企業がリテールメディアに積極的に進出したのは、アマゾンが売り上げを大きく伸ばし始めたからである。

同社は類似の事業をグルーピングしてそれぞれの売上高を決算書で公開している。“広告サービス”としてくくられているセグメントの一般呼称がリテールメディアで、昨年度の売上高は469億ドルに達している。150円換算で7兆円、日本最大手の広告代理店の年商を軽々と上回っている。

この事業を独立セグメントとして記載を始めたのが2019年だ。ジェフ・ベゾスが会員制のアマゾンプライムやAWSといった大きく育った事業に次ぐ柱を探していると言っていたのがその数年前で、その柱として認知したので独立セグメントとして切り離したのだろう。

一方のウォルマートのダグ・マクミロンCEOがリテールメディアについて公的に発言したのが18年で、この年から本腰を入れ始めている。急成長しているアマゾンのリテールメディアに触発されてウォルマートが開始し、後を追うように他の大手小売企業が参入していったという経緯がある。

アマゾンのこのリテールメディアがインストアではないことは自明だ。アマゾンは傘下に高級スーパーのホールフーズを所有しているが、店頭のデジタル端末は限定されている。またEC上のユーザーデータを広告インサイツとして広告バイヤーに売るだけで7兆円を売り上げるのは不可能だろう。

自らのECサイトのデジタル広告の直販、これがアマゾンのリテールメディアで、ウォルマートを代表とする競合企業がこれをコピーして収益源にしようと取り組んでいるのである。

アマゾンのリテールメディアの特徴

アマゾンのリテールメディアの特徴は2つある。

1つめは自社でデジタル広告プラットフォームを開発し、そのプラットフォームで広告バイヤーにデータやインサイツを提供し、直接デジタル広告を売る点だ。

例えばネットで何かを買うときにアマゾンの検索からスタートする人は50%、対するグーグルは31.5%というアンケート結果がある。アマゾンがグーグルを抜いたのはおそらく10年ほど前のことで、そのときは驚いたものだが、今となってはもはやこれは常態と化している。

このことは、検索に対する推奨品表示、いわゆるスポンサー広告がアマゾンに流れてしまうことを意味している。デジタル広告市場シェアはグーグルとメタ(フェイスブック)の2社独占状態だったのだが、グーグルのシェアが落ち、アマゾンが右肩上がりとなっていて、つまりアマゾンは自社の集客力の強さによってグーグルから広告売り上げを奪っているのだ。

2つめはマーケットプレイスのサードパーティー(3P)セラーだ。アマゾンと取引している3Pセラーは250万社と言われているが、この膨大な数の企業はみな広告バイヤーでもある。彼らが旧来の広告バイヤー(つまり主要なブランドメーカー)ではないことは言うまでもない。

冒頭で書いたインストアプロモーションもロイヤルティーマーケティングも、対象は“旧来の広告バイヤー”だ。彼らの特定企業に対する流通販促金には予算があり、その予算の中でデジタルとリアルに振り分ける。グーグルやメタへの広告出稿は別勘定で、これを小売企業が取るということは既存の流通販促金の上積みとなる。

3Pセラーの広告も新たな収益源となるとなることは分かるだろう。

つまりゼロサムではないのである。これをアマゾンと競合する他のリアル競合小売企業がやろうとしており、そこに実は革新性があるのだ。

ウォルマートがTVメーカーを買収する理由

今年の3月にウォルマートがTVメーカーのヴィジオ(Vizio)を買収すると発表した。表面的にはウォルマートがNB(ナショナルブランド)メーカーを買収してPB(プライベートブランド)化することが目的のように見える。しかし実は本質はリテールメディアなのである。

現在のTV端末はすべてネットにつながるので、PCと類似のシステム構成を持っているデジタル端末になっている。TV端末用のOSがあり、その上でアプリが動いており、こういった近年のTVは総称としてコネクティッドTV(CTV)と呼ばれる。消費者がデジタル端末で使う時間はモバイル端末が最も長いが、CTVは19年にPCを抜いてモバイル端末に次ぐ存在となっている。

その結果としてCTV上のデジタル広告も増えていて、広告プラットフォームとして最も伸びているとされている。

ウォルマートがヴィジオを買収する目的は、自らの広告プラットフォームでヴィジオの広告を売ることにあるのだ。対象となるのはヴィジオのTVを所有しているユーザーであり、広告バイヤーに対してはウォルマートのデータとヴィジオのデータを組み合わせて分析し、より精度の高いターゲット広告を売ることになる。

例えば特定ユーザーがTVで子供番組を見始めて、ウォルマートでは子供服を買い始めたとしたならば、ウォルマート・コムとヴィジオの双方のデータを合わせて分析しながら、その特定ユーザーに対してターゲットを絞った広告を双方で配信できるようになる。

自社プラットフォームから見たときの他社の広告をオフサイト広告と呼び、ヴィジオの広告はウォルマートにとってはオフサイト広告にあたる。このオフサイト広告の販売は高い技術が必要とされるのだが、すでにアメリカの多くの小売企業が取り組み始めており、進化のスピードはかなり速いと私は感じている。

一方、日本で俎上に上がる店頭の映像端末を対象としたリテールメディアはこれから来るかどうかという段階だ。

中堅スーパーマーケットのハイビー(Hy-Vee)がサムスンと契約し、1万台以上の端末を調達して店頭に展開し、サムスンの管理システムと自社のリテールメディア・プラットフォームをつなげて、全端末をコントロールすると発表したのは昨年末のことだ。

例えば、広告バイヤーが購買動向をリアルタイムに分析して、エンドで販促用に表示しているメッセージを修正するといったことが可能になるという。

成否はまったく分からない。効果をリアルタイムに測定できるメジャラブルな広告プラットフォームになるのか否かがカギだろう。ウォルマートは過去にデジタル端末を使った販促システムに取り組んだことがあるのだが、効果が低くてやめてしまったことがあり、ハイビーの事例もどう進展するかは今後を見守るしかない。

まとめると、リテールメディアとは今のところデジタル広告であり、広告バイヤーに対して自らのプラットフォームでデータやインサイツを提供しながら販売し、マーケットプレイスで売っている多数の3Pセラーも対象となっている。日本の小売業界もこれをぜひ目指してほしいところだ。

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