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小説家・山内マリコが振り返る「自身のキャリア」 「作家は信用商売。書いてきたものは裏切らない」

PROFILE: 山内マリコ

山内マリコ
PROFILE: 1980年富山県生まれ。大阪芸術大学芸術学部映像学科卒業。2008年に短編「16歳はセックスの齢」で第7回「R-18文学賞」読者賞を受賞。12年、受賞作を含む短編集「ここは退屈迎えに来て」を刊行してデビュー。その他の著書に「アズミ・ハルコは行方不明」「あのこは貴族」「選んだ孤独はよい孤独」「一心同体だった」「すべてのことはメッセージ 小説ユーミン」などがある。

小説家・山内マリコの最新作「マリリン・トールド・ミー」(河出書房新社)は、1950年代に活躍した映画スターのマリリン・モンローをモチーフに、コロナ禍に大学生活を送る大学生が主人公。70年の時を経て、今なおセックスシンボルとしてのイメージが強いマリリンを、フェミニズムの文脈で捉え直した意欲作は、どのように生まれたのか。また、自身のキャリアも振り返りながら、作家としての歩みをたどる。

——最新作「マリリン・トールド・ミー」で、マリリン・モンローをモチーフにした経緯は?

山内マリコ(以下、山内):きっかけとしては、1970年代からウーマン・リブ運動をけん引する田中美津さんの「いのちの女たちへ―とり乱しウーマン・リブ論」という本です。今読んでも言葉がキレッキレ。ただ、マリリン・モンローに触れた箇所は、従来のセックスシンボル的な書かれ方で、小さな疑問と興味を持ちました。

マリリンについて調べてみると、1962年8月5日に亡くなったあと、入れ替わるように時代が変わり、アメリカの女性たちの間にウーマンリブが芽生えだすんです。もし、マリリンがもう少し長く生きることができていたら、フェミニズムに救われたかもしれない。少なくとも、“セックスシンボル”という搾取的なイメージではなく、もう少しリスペクトされる存在だったのではと。生前の言動からして、フェミニズムアイコンにイメージが塗り替わった可能性だって充分ありえたと思えました。

——時代を超えてマリリンと出会う本作の主人公・瀬戸杏奈は、現代のコロナ禍に大学へ通う学生です。

山内:この小説は、コロナ禍真っただ中だった2022年の「文藝」に寄稿した短編がもとになっています。その号の特集テーマが「怒り」だったんです。今、怒りの感情を抱いているのは大学生だろうな、と。そこで、マリリンのことを書きたいという気持ちと、怒りというテーマが結びついて、主人公の造形ができました。

私は大学時代に同性の親友と出会ったことで、大げさに言うと、今の自分になれました。それで、女性同士の友情は異性愛にも負けないくらいすごいんだっていうことを、物語に書いてきたわけです。そのテーマが作家としてのモチベーションであり、旧弊な社会への挑戦でもあったので。

だけど、コロナ禍で大学生活を送った世代は、授業はリモートで2年間ずっとキャンパスにも行けず、出会いもなく、友達をつくること自体が難しくなってしまった。そんな彼らに、安易に親友を礼賛するような物語は通用しない。そもそも、友達がいないからダメってわけじゃないし、もうこの世にいない人とだって、交流を深めることはできるはず。そういう形での救いこそ、書く意味があるんじゃないかと思ったんです。

現代の若者たちが手にした、「学び」という財産

——本作は山内マリコ作品では初めてと言っていい、ファンタジーな物語ですよね。

山内:確かに、60年前に死んだマリリンから電話がかかってくるというシチュエーションは、幻想的というか、いつも書いているリアリティーラインとは違いますね。でもコロナ禍で私たちが経験したことって、「まさか現実にこんなことが起きるなんて!」というような世界線でした。なので、そこまで突飛なアイデアのつもりもなく、「そういうことも起こり得るかもしれないな」と思って書いていました。

——大学生の登場人物たちが、みな理知的で勉強熱心なところも現代っぽいなと感じました。

山内:大学生を描いた物語なのに、遊んだりするような場面は全然なくて、図書館で文献を読んだり、ゼミで討論するシーンが多いなんて、一昔前だったらかなり異色だったと思います。でもこれが、今のリアルなのかなって。

私個人は、大学生のころはフェミニズムについて何も知りませんでした。年齢を重ねていく中で女性としての当事者性がより強くなって、違和感を持つようになり、アラサーのときに上野千鶴子さんの本を読み、頭を殴られるようなショックを受けて開眼しました。

そのことを上野さんに話したら、「あら、じゃああなた、それまで幸せだったのね」って(笑)。女性がフェミニズムに目覚めるのは、女性であることの困難にぶち当たった時なんですよね。人は不幸になってはじめて、ちゃんと考えようとするわけで。ということは今20代の人たちが、フェミニズムをはじめ社会の悪しき構造にも問題意識を持っているのは、それだけ困難な目にあっているからだと思うんです。

ただ一つ思うのは、コロナ禍でかなわなかったこともたくさんあるけれど、それによって社会の問題に目を向けるようになり、学ぶ機会が増えたのだとしたら、それは一生ものになる貴重な財産だということです。

——勉強の話でいうと、多様な価値観に触れていく主人公が<なんだか学習させられてるAIみたいだ>と感じる描写があって、確かに今の時代、自分の感情よりも先に、例えば「今の発言、SNSで炎上しそうだな」というような、外部に審判を求めてしまう傾向があるなと感じました。

山内:SNSを見ている人たちの間で、炎上判定をする超自我みたいなものが形成されて、その共通感覚が育ったことで、社会の価値観がここ数年で大きく変わったんじゃないかなと感じています。Xのポストを見て、答え合わせする感覚というか。

杏奈は最初のうち、SNSの意見をつまみ読みしたり、人の顔色をうかがったりする中で築いた、あやふやなジェンダー観しか持っていません。マリリンに興味を持ち、本を読むことで、もっと耐久性のある考えを持てるようになります。外部に審判を求めるだけじゃない、自分で考えることのできる人間に成長させてくれたのが、マリリンなんです。

マリリンはアイコンとして超有名だけど、誤解され続けてきた存在

——マリリン・モンローについては、本作を書く前から興味を持って調べたりはしていたのですか。

山内:「お熱いのがお好き」や「紳士は金髪がお好き」は観たことがある程度でした。あとは、不幸な生い立ちだったとか、実は読書家だったというくらい。ただ、なにかありそうだなと、直感が働いたというか。

最初は「あの時代にもっとフェミニズムが根付いていたら、マリリンも救われたかもしれない」と思ったんです。ところが調べていくうちに、むしろ逆なことが分かりました。「マリリン・モンロー 瞳の中の秘密」という2012年製作のドキュメンタリーでは、マリリンは性革命の急先鋒だったとして、彼女がいたからこそフェミニズムが生まれたんだとまで言っていて。やっぱりフェミニズムの文脈で語られるべき存在だったと、すぐに確信しました。

——マリリンのどういったところで、そう感じたのでしょう。

山内:決定的なのは、雑誌に性被害を告発する文章を寄せているところです。映画界は黎明期から「キャスティングカウチ(セックスに応じた相手に役を回すこと)」という隠語があるくらい、権力を持つプロデューサーが女優を性的に搾取していた業界。マリリンは、17年の#MeTooの先駆けをたった一人でやっていたんです。また、セクシーなステレオタイプの役しか回さない映画会社に反旗を翻して、撮影をボイコットして訴訟を起こし、独立プロダクションを作るなど、精一杯の抵抗をしています。これは現代の芸能界に置き換えて考えても、すごい行動力。

マリリンが望んでいたのは、質の高い文芸作品に出ること。そして、真っ当な給料を払ってもらうこと。実はマリリンが結んでいたのは、奴隷契約に等しいものだった。不当な給料で働かされていることに声をあげた点なども、とても現代に通じると感じました。

——時代を超えて再びスポットを当てるということでいえば、山内さんは、柚木麻子さんと共同で責任編集を務めた19年の「エトセトラ VOL.2 特集:We LOVE 田嶋陽子!」号を象徴とする、令和の田嶋陽子ブームの仕掛け人でもあります。

山内:90年代にテレビを見ていた人なら、田嶋陽子さんといえば、男性論客を相手に怒っているフェミニストという、ちょっとネガティブなイメージでした。ところが、「愛という名の支配」というご著書を読んだら、素晴らしく明晰な、フェミニズム入門に最適な本で。この本をみんなにも読んでもらいたい、田嶋先生の誤解されたイメージを刷新したいという気持ちで、特集をぶち上げました。同じ時期に新潮文庫の編集者さんがこの本を復刊させてくれたこともあり、カムバは大成功(笑)。

最も有名なアイコンを今の文脈で語り直すことは、インパクトがあって、メッセージが伝わるスピードも早い。有名であればあるほど有効なんです。「マリリン・トールド・ミー」をきっかけに、本当のマリリンを知りたいと思ってくれる人が増えたらうれしいですね。

文学をかっこいい若者カルチャーにしたかった

——山内さんはデビュー作の「ここは退屈迎えに来て」(2012年、幻冬舎)の時から、女性同士の友情や連帯を書き続けていますね。

山内:「ここは退屈迎えに来て」が出たのは、もはや一昔前の時代ですね。女の子たちが中心の友情物語にしたかったのですが、最初に原稿を見てくれた編集者さんからは、「恋愛小説を書いてほしい」とストレートに言われてしまい、アドバイスを受けて、全ての短編に共通して“椎名”という男の子が登場する連作になりました。各短編の中身は、女の子の友情なんです。ただ見え方としては、好きな男子を巡る話という構成になっていて、ちょっとねじれています。

結果的にその構成はすごくほめられたのですが、中心に椎名への恋愛感情を据えたことで、人によってはタイトルを、女子が男子に向かって言っている、さも王子様を待っているような言葉と解釈されるみたいで。そういう感想を聞くたびに、ああ、あれは過渡期の作品だったなぁと感じます。

私としては、大学卒業後に離れ離れになった親友とよく言い合っていた言葉をイメージしているので、あれは女の子が女の子に向けて、迎えに来てよって言っているつもりなんです。22年に出した「一心同体だった」では、シスターフッドの物語を全力で書ける時代になり、デビュー作での悔いを全部やり切りました。

——デビュー前、小説家という職業については、どう捉えていましたか。

山内:なりたいものの一つではあったんですが、恥ずかしくてなかなか公言できなかったです。小説も好きだし、映画も好きだし、写真家にも憧れていて。なりたいものだらけでした。挫折をくり返して、最終的に本腰を入れて目指したのが小説だった。結果的に、自分に一番向いている職業だったと思っています。

私が10代だった1990年代は、雑誌や本で見るサブカルチャーの世界が輝いていました。ところが2000年代が進むにつれて、アニメやアイドルのオタクカルチャーが勢いを増して、産業として成立していきます。サブカルって、それ自体ではあまりお金を生み出さないんですね。経済に余裕があってはじめて成立するところがある。好きだったカルチャーが完敗していくのを横目で見ながら、でも自分もあの世界に行きたいんだよという気持ちで、20代はずっと踏ん張っていました。

本や小説を、少なくとも私は、かっこいいものだと思っています。10代のころに自分が憧れていたような、素敵なものでありたいし、あってほしい。装丁にこだわるのも、そういう思いがあるから。文学には、かっこいい若者カルチャーであってほしいし、自分が若い頃に背伸びして手にとった本や映画、そこからいろんなことを学んだように、私の小説もそういう存在になったらいいなって。

プロは出し切ったあとが勝負

——デビューしたあと、山内さんは小説だけではなく、雑誌のコラム連載もたくさんされていましたよね。

山内:連載を抱えていたマックスの時期は2015年か16年くらい、小説だと「あのこは貴族」を書いていた頃ですね。毎週の締め切りが「週刊文春」と「アンアン」、隔週で「テレビブロス」、その他にも連載と、単発の寄稿や書評、映画のレビュー、掌編小説、短編小説、とにかく書きまくってました。

——みうらじゅんさんが、ご自身を筆頭に雑誌の世界で有名な書き手を「雑誌タレント」と名付けていましたが、その最後の世代が山内マリコと武田砂鉄かなと。

山内:砂鉄さんの連載量に比べたら全然です。私より上の世代だと、しまおまほさんかな。私が雑誌タレントとして忙しかったころは、どこへ行っても何を見ても頭の片隅で、これはあの媒体にこう書いて〜みたいなことを考えていました。すごく疲れた(笑)! 私は雑誌で育ったので、媒体に合わせて書き方も変えるし、お題があればいくらでも書けるんです。ただ、目の前の雑誌の締め切りに追われるうちに、肝心の小説のほうがうまくまわらなくなってしまった。

ひたすら迫ってくる雑誌の締め切りに身を削られ、時間を奪われ、小説に集中したいと思いつつ無理をしつづけ、コントロールが利かなくなって。17〜18年くらいから、徐々にスランプ期に入っていきました。

——スランプはどのくらい続いたのですか。

山内:4〜5年くらいですかね。小説を書いても書いても、及第点を出せるものにならなくて、自分でボツにしていました。抜け出すきっかけになったのは、「すべてのことはメッセージ 小説ユーミン」(マガジンハウス)。ユーミンのデビュー50周年記念でオファーをいただいたので、締め切りは絶対厳守。そのプレッシャーのおかげで、難航していた「一心同体だった」を書き上げられてスランプも脱出、いい流れで「小説ユーミン」に取り組めて、プロとして一山超えられたと思いました。

私は新人賞をとってから単行本デビューするまでが長くて、ネグレクト状態だったその時期に、自分の作品を客観的に、批評的に見て、一人で黙々とブラッシュアップしていく力をつけていきました。だから自分が「手のかからない作家」であることを、ずっといいことだと思っていたんです。でも、もう少し編集者さんに頼ったり甘えたりできていれば、スランプがあそこまで長引かなかったかもしれない。そういうところも、キャリアや年齢に応じて、変えていかなきゃいけないかもなと思います。

——作家として、SNSとの付き合い方については、どう考えていますか。

山内:SNSでずばずば発言して知名度を上げて、ついでに上手に宣伝している作家さんを見ると、素直にうらやましいです。昔は、作家は意見や態度を表明できる特権的な立場にいたけれど、今は逆に、その立場のせいで言えないことが多くなったり、むしろ匿名の人たちの方がよっぽど自由に発信していますよね。

ただ、12年間、作家を続けてきて思うのは、これは信用商売なんだってこと。時間をかけて生み出した作品によって、読者さんの信頼を積み上げていく。1作1作、手に取ってくれた人に、「ああ、この作家の小説をもっと読みたい」と思ってもらえる本を書いていくこと。自分の内側から出てくるものを真摯に書く。小説もそうですが、雑誌に掲載されるエッセイでも、力を抜かずに全力で書く。そうやってせっせと信用を積み上げて、読者さんを少しずつ増やしてきたと思っています。

なので、SNSを見て「なんだこんな人か」とがっかりされてしまっては、元も子もない。最低限の情報拡散には使うけれど、ホットなトピックに食いついていらんことは言いたくない、という自制心を働かせています。臆病と思われるかもしれないけど、SNSで得た刺激も小説にフィードバックして、作品にしていく。そういうやり方でバランスをとっています。なのでSNSは、インプットのツールとしてなくてはならないもの、でしょうかね。

PHOTOS:MAYUMI HOSOKURA

■「マリリン・トールド・ミー」
著者:山内マリコ
仕様:46判/256ページ
発売⽇:2024年5⽉28⽇
定価:1870円
出版社:河出書房新社
https://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309031859/

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