ファッション

ユナイテッドアローズ「フィータ」にみる今の時代のラグジュアリー

日々、さまざまなブランドに触れるなかで「ずっと着られる服」を選ぶ難しさを痛感しています。あの時はかわいいと思ったけど、次のシーズンには飽きてしまって後悔の念と共にクローゼットに眠っている服は実は結構あります。そんなまだまだ勉強不足な私に、服の価値を理解する大事な視点を教えてくれたのが、ユナイテッドアローズのオリジナルブランド「フィータ(PHEETA)」です。

PROFILE: 神出奈央子/「フィータ」デザイナー

神出奈央子/「フィータ」デザイナー
PROFILE: (こうで・なおこ)1984年、奈良生まれ。京都女子大学服飾造形学科卒。20歳で上京し、OEM会社に就職。働きながら文化服装学院の夜間コースでパターンと、ニットファッションアカデミーでニットを学ぶ。その後、アパレル会社を経てユナイテッドアローズに「アナザーエディション」のデザイナーとして入社。ディレクターを務めた後、2019年に「フィータ」を立ち上げる PHOTO:TAMEKI OSHIRO

「フィータ」を手掛ける神出奈央子デザイナーは、同社のセレクトショップ業態「アナザーエディション(ANOTHER EDITION)」のデザイナーとして入社。「アナザーエディション」が2017年秋冬シーズンで終了したのち、19年に「フィータ」を立ち上げました。コンセプトは「つなぐ」。インドを生産拠点に、服作りの希少な手仕事を次代につなぎ、世代を超えて愛される服を作ることを目指しています。取り扱いは「ユナイテッドアローズ(UNITED ARROWS)」や「ロンハーマン(RON HERMAN)」「ビオトープ(BIOTOP)」など。

24年秋冬シーズンからはメンズラインを始動しました。それを記念して今年6月には、神出デザイナーと、かねてより「フィータ」のファンだという「ビオトープ」の迫村岳ディレクターが“モノ作り“をテーマにトークショーを行いました。そこで初めて「フィータ」の大事にしている「つなぐ」というフィロソフィーに触れました。

会場内では、タック縫いを施した生地見本が配られました。上下に並んだ二つの生地。お恥ずかしながら最初はデザインが違うのかな、くらいしか分かりませんでした。神出デザイナーの話を聞くと、一つはインドの職人が手縫いしているもの、もう一つは機械で縫ったものでした。そう説明を聞いてから見ると、タックの細かさ、縫い目の美しさが全然違う。「フィータ」では、手でしか縫うことのできない3ミリ以下のピンタックを採用しているとのこと。トークショーでは、このような「フィータ」のミリ単位のこだわりとそれを実現するためのインドを中心とした生産パートナーとのストーリーが語られました。

価値を感じる作り手の仕事をつなぎたい

神出デザイナーは「つなぐ」というコンセプトにたどり着いた経緯をこう語ります。「『アナザーエディション』が終了した当時、お店を回っているとお客さまから『ブランドが終わってもずっと大事に着ます』と声をかけられることがあり、服ってずっと残るものなのだとしみじみ感じました。当時はファストファッション全盛期。どんどんモノを作れる場所がなくなって、作りたい生地が作れないことが多々ありました。これから先、自分が作りたい服を作るだけではなく、デザイナーとして10年以上キャリアを積むなかで感じる課題を解決するモノ作りがしたい。自分のデザインで、価値を感じる作り手の仕事につなげられるようなブランドを作りたいと思いました」。

神出デザイナーは「アナザーエディション」のオリジナル商品をインドで作っていたことがきっかけで、現地のモノ作りに出合いました。アメリカやベトナムなどさまざまな生産地を訪れたなかでも、インドの手仕事が「一番個性的で衝撃を受けた」そう。「インドではファストファッションブランドの服を多く作っていて、刺しゅうはきれいでも、出来上がった服はすごく平面的。パターンや生地からちゃんと作り込めれば、もっといいものが作れるのではないか」と感じたのが出発点でした。そこから、ほぼゼロベースで現地の生産パートナーを探し、現在はメインとなる三つの工場と連携して、この刺しゅうならあの州、ウール素材ならあちらの州、という具合にそれぞれ得意とする地域に仕事を発注しています。

「信頼関係を築くまでの最初の3年は、本当に大変でした」と神出デザイナーは振り返ります。「例えば、定番シャツの“トリニティ“の襟は化粧が付いたり、汗染みができたりしやすいので、手入れのしやすさを考慮して裏地だけベージュにデザインしています。でも最初は全く意図が伝わらなくて、何度もサンプルを出し戻ししました」。「スカートのひもの先に付ける鈴の色は細かく決めても、しばらく全然違うもので上がってきてしまったり」と、苦労話は尽きません。

年に2、3回は現地に訪れ、時間を過ごし、生産者側にも「この人は長期的に組んでくれる相手だ」と認めてもらえるよう根気強くコミュニケーションを続けました。言語が通じないときには、絵で意思疎通を図ります。作り手と信頼関係を築くコツは、「作っていただいているという敬意を持つこと」。「『フィータ』の洋服は安いものではないけれど、お客さまに支持してもらえるのは、あなたの持っている技術がすてきだからだよときちんと伝えるようにしています」。何も言わずとも襟裏をベージュにしてくれたとき、「これが『フィータ』だよね、という感覚がみんなの中で浸透してきた手応えがあった」と言います。

コレクションは、1年前からゆっくり時間をかけて製作します。それでも、予定通りにいかないこともしばしば。例えば、「フィータ」のプリントは全て木版を使用。柄を木彫りするところから始まります。それを色数分作るので、版を作るだけでも相当な時間がかかるのは想像に難くありません。版が出来上がると、それを職人の感覚でスタンプのように押していく。「雨が降ると乾かす作業がストップしてしまうんです。ある時、記録的な大雨が続き、全く作業ができなかったこともあります」。

手仕事ゆえ計画していた製品を、次シーズンに見送らなければいけないこともあります。しかし、神出デザイナーは作り手の顔を知っているからこそただ納期を優先することはしません。「現場に行くと時間の感覚が全然違うと実感するんです。1人1人作業のスピードも違うわけで、1着を3日で仕上げられる人もいれば、5日かかる人もいる。手仕事なので完璧に1枚1枚同じものは作れない。でもそのズレ幅を許容しながらも、品質を妥協しないためにはどうすればいいかを考えています」。

神出デザイナーは、「サステナビリティ」という言葉は使いませんが、作り手を敬いながらその手仕事の魅力を最大限に引き出そうとする姿勢はまさに美しい服作りの持続可能性を追求していると言えます。「サステナビリティ」という言葉は、「つなぐ」とも言い換えられるのだと「フィータ」を通して学びました。

「手のかかる、まるで生き物のような服作り」

神出デザイナーは洋服作りを「手のかかる、まるで生き物のようなモノ作り」と表現します。そしてそれが「すごく愛おしい」と。

神出デザイナーはユナイテッドアローズの共同創業者の1人、栗野宏文上級顧問の影響も大きかったと言います。「Aしか知らずにデザインするのと、AからCまで知っているなかでAを選択するのでは、結果として似たようなモノであっても、クオリティーや物の深度が全然違うということ。服作りを学ぶには現場に行って、生地や手法を間近で見て知識を蓄えるしかない」。栗野上級顧問のそうした教えも後押しし、今の「フィータ」の価値観が出来上がりました。

ラグジュアリーが特権性を表す記号的役割なのだとすれば、「フィータ」を着る人の特権性は、服の深度を感じられる部分にあるのだと思います。手織りでしか生み出せない生地の柔らかさ、タックの1mmの重なりに美を感じ取れる感覚は、すごくラグジュアリーだと感じます。

今後のビジョンを聞くと、「職人たちに継続的に仕事を出し続けることがまず目標。そして「フィータ」の価値観を共有するコミュニティーを生んでいきたい。少しずつ、作り手と歩調を合わせながら成長したいですね」と優しく笑います。

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