ファッション

人気の “フェアリーグランジ”の根底にある「懐古と逃避」 連載:ポップスター・トレンド考察

文筆家・つやちゃんがファッション&ビューティのトレンドをポップスターから紐解いていく本連載。第3回はSNSを中心にトレンドとなった“フェアリーグランジ”をピックアップして紹介する。

本連載では以前バレエコアの最新の動向を取り上げたが、同様に、SNSを中心とした近年の息長いファッショントレンドの一つとして“フェアリーグランジ”が挙げられよう。2021~22年頃のパンデミック期に端を発したそのムーブメントは一つのジャンルとして根付き、最近では微妙な変化も遂げつつある。本記事では、“フェアリーグランジ”がどのような美意識の下、スタイルを確立してきたのかを振り返りながら、その本質が何なのか探っていきたい。

“フェアリーグランジ”とは?

そもそも“フェアリーグランジ”とは、妖精のようなスタイリングの「フェアリーコア」と1990年代のバンド、ニルヴァーナ(Nirvana)に代表される着古したネルシャツやカーディガン、穴のあいたジーンズ、スニーカーなどを組み合わせたファッションの「グランジ」を掛け合わせた造語。20年代に入りトレンドが細分化していく中で、「〜コア」で括られるようなさまざまなマイクロトレンド——フェアリーコア、コケットコア、バレエコア、コテージコアなど——が多数勃興した。それらの一部に見られる懐古趣味で逃避的な傾向は、2000年前後のノスタルジーに浸る「Y2Kリバイバル」といういささか乱暴で便利なラベリングとも接近しながら、20年代の複雑な気分を形作ってきたといえる。ピンタレストやインスタグラム、TikTok、Depopといったソーシャルメディア上で隣接することで相互に影響を与え合い、境界を失いつつクロスオーバーしていった〇〇コアについて、もはや明確な線引きをするのは難しい。特定の〇〇コアとは、いまやノスタルジーが織りなす全体図の一部分を担う<タグ>のようなものなのかもしれない。

とはいえ、“フェアリーグランジ”についての定義がぼんやりと共有されているのも事実。ここではまず、そのタグを作っていったであろうアーティスト/インフルエンサーをいくつか挙げていこう。まず筆頭は、ビーバドゥービー(Beabadoobee)。Z世代から絶大な支持を誇るフィリピン生まれロンドン育ちの彼女は、1990年代のグランジやインディーロックを再解釈するようなサウンドとともに、そのファッションにおいてもフェアリーグランジなムードを併せ持っている。ほかにも、Alicia TamaraやMarina Blauといったインフルエンサーのスタイリングを観察すればその輪郭がつかめるだろう。ダメージ加工のボトムスや破れたタイツといったグランジ要素に組み合わされるのは、レースやシアー素材、コルセット、さらにアースカラーやダークカラーといったフェアリー要素だ。

パンデミック期に現実逃避の手段として隆盛していった背景が示す通り、そこには、神秘的な何かに変身したいというマインドがある。インスピレーション源によく挙げられるのは、映画「トワイライト」。神秘的な自然の描写にゴシックなムード、その中で繰り広げられるヴァンパイアとの恋愛劇——。“フェアリーグランジ”はバーチャル上で翼や尖った耳のエフェクトを施すことも多いが、それはやはり、人智の及ばない神秘的なものへの憧れが高まっているからではないか。そこでは優美/俗悪、清廉/腐敗といった相反するものが同居し、コーディネート全体としてのレイヤー感や、重さ/軽さといった重量感の試行錯誤も含めて、絶妙なさじ加減を目指したチューニングがなされている。メイクにおいても同様で、アイシャドウにしろチークにしろリップにしろ、明るく鮮やかな色合い/ダークな色合いがミックスされる(とはいえ、グランジなニュアンスを担保するために、素肌感をある程度残すという傾向は強い)。同時に、「ロード・オブ・ザ・リング」といった作品、さらにはそういった民間伝承をテーマに作られたテイラー・スウィフトの「フォークロア」(2020年)といったアルバムに漂う神秘性も、“フェアリーグランジ”の一つのインスピレーションと共振しているように見える。

“フェアリーグランジ”とジェンダー

ところで“フェアリーグランジ”には、ジェンダー観点による捉え直しといった側面もあるはずだ。例えばビーバドゥービーの表現は、音楽の次元にとどまらずファッションや世界観といった部分でも、90年代ロックのマチズモに対する新たな解釈を提示している。他方、先述したような架空のキャラクターに変身するという試みは、ジェンダー二元性の規範に対する挑戦と捉えることもできよう。アシュニコ(Ashnikko)やユール(yeule)といったクィアなアーティストが一部フェアリーグランジに接近するようなコーディネートに身を包んでいるのは、そういった点でシンパシーを感じているからかもしれない。

ほかにも、フェアリーグランジのルーツとしてさまざまなものを掘り起こすことができる。例えば、90年代グランジムーブメントのさなか、ロリータでドールなテイストをグランジファッションと融合させる「キンダーホア」スタイルに挑戦したコートニー・ラブ。あるいは、エイミー・リー(エヴァネッセンス)のような、北欧メタルの影響を感じさせるビジュアル。はたまた、ゴシックサイコホラーゲーム「零」や「DEMENTO」といったシリーズの登場人物に見られるスタイリング。以上のような事象に共通するイメージの下、さまざまな領域のリファレンスが一緒くたになる中で、SNS上にはキメラ的ともいえる異形のフェアリーグランジスタイルが数多く出現し、懐古、逃避、反抗、神秘、没入、変身——といったエスセティックを形成していったといえる。

最近は、隣接するサイバーグランジの潮流とも合流し、フェアリーグランジにSFやアニメ風のテイストを加味している事例が観察される。具体例として、オタクカルチャーを自身の大きなルーツの一つとして昇華するアーティストのsheidA(シェイダ)は、サイバーフェアリーグランジともいうべきハイブリッドで混沌としたスタイルを表現している。SNS空間の大量のデータベースを題材に、今後もフェアリーグランジ周辺のファッションは次々と合体~分離を繰り返し形を変えていくに違いない。ただ、裏を返せば、隣接するジャンル同士でクロスオーバーを繰り返している間は、土台となる美学の根本的なパラダイムシフトは起きていないといえる。その意味で、いまだパンデミックを起点にした懐古と逃避のトレンドは続いたままだ。どこかふわふわと浮遊したような感覚がずっと続いたまま、そろそろ2020年代も折り返し地点を迎えようとしている。

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