PROFILE: YAMAGUCHI/「ザ ヴィンテージ ドレス」オーナー
東京・代官山の路地裏にひっそりとたたずむ「ザ ヴィンテージ ドレス(THE VINTAGE DRESS)」。重厚な扉の奥には、ザクロの香りをまとったアンティーク調の空間が広がる。主に1920年代から90年代までのドレスを取り扱い、その全てはデザイナーズという本物志向のビンテージショップ。その熱意は「ヴァレンティノ(VALENTINO)」にも届き、同ブランドがアーカイブを集めて販売する「ヴァレンティノ ヴィンテージ」の日本会場にも選ばれた。ここでは「ザ ヴィンテージ ドレス」のYAMAGUCHIオーナーに、こだわりを貫く同店と盛り上がるビンテージ市場への思いについて聞く。
1920〜90年代の希少なドレスの数々
WWD:ビンテージドレスに引かれるようになったきっかけは?
YAMAGUCHI「ザ ヴィンテージ ドレス」オーナー(以下、YAMAGUCHI):20歳くらいのとき、ふと“本物”を見たことがないなと思ったんです。いわゆるブランド古着はありましたが、ライセンスビジネスによって作られたものばかりで。そんなとき、イタリアで「サンローラン(SAINT LAURENT)」のレザージャケットを目にする機会があったんです。服が持つオーラに圧倒されましたね。そこから、デザイナー本人が手掛けたものを提案したいと思うようになりました。
WWD:「ザ ヴィンテージ ドレス」には、他店にはない商品がそろう。
YAMAGUCHI:「ニナリッチ(NINA RICCI)」のドレス(13万8000円 ※写真1枚目)は、裾を手縫いで仕上げています。70年代に作られたものですが保存状態が良く、オートクチュールと見まごうほどです。また、「オジークラーク(OSSIE CLARK)」のドレス(34万円 ※写真2枚目)も、同じく70年代に作られたもの。柄物が多いブランドの印象ですが、ドレープ感があり、着心地も良い素材“モスクレープ”のブラック1色で仕上げています。
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WWD:過去に販売したアイテムも、そうそうたるラインアップだ。
YAMAGUCHI:2018年のオープン時には、ココ・シャネル(Coco Chanel)がデザインした1960年代の「シャネル(CHANEL)」のオートクチュール(※写真1枚目)も置いていました。スモッキング刺しゅう(生地に細かくひだを作り、ひだ山を刺しゅう糸で模様を作りながら留めていく手法)によるダイヤモンド柄のステッチが特徴の1着です。88年の「アライア(ALAIA)」のドレス(※写真2枚目)も忘れられない1品です。素材やデザイン、シルエットに至るまで完璧で、時代を超える美しさを感じました。100年近く前に仕立てられたブラックドレス(※写真3枚目)も印象に残っていますね。これは、見る人を引きつける1着だと思いました。
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WWD:このような商品を買い付けるのは、なかなか骨が折れそうだ。どのように買い付けている?
YAMAGUCHI:自社のバイヤーがフランスに在住しており、日々ヨーロッパ各地で買い付けを行っています。数十年前に新品として購入した個人から直接買い付けることも多いですね。思い入れのあるドレスを手放すことに積極的なわけではありませんが、当店の理念に共感いただき、協力してくれます。中には私たちが探している商品について深い造詣を持ち、リサーチしてくれるマダムもいます。このマダムは高齢になり、店に立つことをやめた方ですが、現役中に築き上げたコミュニティーを使って希少なアイテムを探してくれます。彼女にはひと月に1度会いに行きますが、毎回、想像を上回るクオリティーの商品を見つけてくれるんです。
WWD:1号店「ザ ブリスク(THE BRISK)」も同じくビンテージアイテムを取り扱っている。
YAMAGUCHI:「ザ ブリスク」はジャケットやニット、コットン素材のワンピースなど、比較的カジュアルな商品を販売しています。「ザ ヴィンテージ ドレス」同様、20年代から90年代のアイテムがメインです。もともとカテゴリー分けすることなく全商品を「ザ ブリスク」で扱っていましたが、「ザ ヴィンテージ ドレス」をオープンするにあたり、ドレスは当店で取り扱うようになりました。
WWD:近々、「ザ ブリスク」をリニューアルする。
YAMAGUCHI:8月26日から9月6日にかけて工事の予定です。カジュアルなアイテムは「ザ ブリスク」、ドレスは当店とお伝えしましたが、この改装を機に、「ザ ブリスク」でも再度ドレスを扱う予定です。“日常に取り入れるドレス”を提案したくて。内装もアップデートしますが、それもあくまで商品を引き立てるためで、むしろよりシンプルな空間になるかと。
WWD:「ザ ヴィンテージ ドレス」も空間づくりにこだわりが見える。
YAMAGUCHI:服の魅力を最大限に引き出すためには、それにふさわしい空間づくりが必要です。ベルギーのアクセル・ヴェルヴォールト(Axel Vervoordt)やアメリカのアトリエ エーエム(ATELIER AM)など、主に海外のインテリアデザイナーやデザインスタジオから学んでいます。
サイズを理由にビンテージドレスを諦めてほしくない
WWD:併設する「ナオミドレスメーカー(NAOMIDRESSMAKERS)」についても教えてほしい。
YAMAGUCHI:「ナオミドレスメーカー」は、瀧澤尚美さんによる直し工房です。店舗の1階にあります。オープンにあたり「ザ ヴィンテージ ドレス」には、直し工房が必要だと考えていました。ビンテージドレスは1点物なので、お客さまがサイズを理由に諦めるということをなくしたかったんです。ドレスのリサイズ(4600円 ※写真1枚目)のほか、持ち込みでも服の直しを受け付けています。
瀧澤:2001年に文化服装学院アパレル技術科を卒業したあと、4年間PR会社に勤めました。そこで見た大量生産・大量消費の現実に疑問を抱いたこと、そしてその頃から副業としてお直しをしており、多くの喜びの声を頂いたことから、本格的にこの道に進むことを決めました。個人でお直しやオーダー製作を何年か経験し、「ザ ヴィンテージ ドレス」がオープンするタイミングで声を掛けていただき、「ナオミドレスメーカー」を立ち上げました。主にドレスのシルエット直しをしていますが、ビジュー(装飾)の補修(1つ300円 ※写真2枚目)やジーンズの裾上げなど、幅広いリクエストに対応可能です。
また、服のリフォームと並行して、ドレスを中心としたオリジナルブランド「ムジーク(MOUJIK)」のオーダーも受け付けています。「ムジーク」はお客さまと相談しながら、長く着られる1着を作るブランドです。採寸から縫製まで、全ての工程を私1人が行います。オーダー式のため在庫を抱えず、無駄のない生産ができるという点で、私たちの理念を示す取り組みと言えます。
WWD:共感する層も多そうだ。
YAMAGUCHI:ありがたいことに。共感はもとより、品質とデザインを追求している方が多いですね。“ブランド名こそ違っても同じように見える”“服が欲しいが、買うに至るものがない”といった思いを抱える人が行き着く場として当店があると思っています。
WWD:客層および、彼女らがどのようなシーンを想定して購入しているのか知りたい。
YAMAGUCHI:当店のお客さまは30代から50代が中心ですが、中には20代も。客単価は5万〜10万円ほどです。20〜30代はウエディングシーンに向けて購入する方が多く、30〜50代は舞台やコンサートを見に行くときのドレス、また登壇する際などの仕事着としてのドレスを探している方が多いです。
もちろん、日常的にドレスを着ている人もいます。日本語ではオケージョナルなシーンで着用するものを“ドレス”、比較的カジュアルなものを“ワンピース”と区別していますが、海外ではそのようなセグメントはなく、“ドレス”という言葉があるのみです。私たちも、特別なシチュエーションだけでなく、日常にドレスを取り入れる楽しさや高揚感を伝えていけたらと思います。
「ヴァレンティノ」のイベント会場に選出
WWD:22年には、世界4都市で開催された「ヴァレンティノ ヴィンテージ」の東京会場に選ばれた。
YAMAGUCHI:そもそも「ヴァレンティノ」に知ってもらえたことが光栄でしたし、当店の取り組みを理解してオファーいただけたことがうれしかったです。イベントでは、“この服を作るのに、どれだけの時間がかかったのだろう?”と感じる、職人技やディテールワークに目がいく展示ができたと思います。一度きりのイベントの予定でしたが、22年の好評を受け、23年も開催しました。
WWD:同イベントから感じたことは?
YAMAGUCHI:「ヴァレンティノ」は職人を大切にするブランドだと、あらためて感じました。職人20人が10日間かけて作ったドレスもあり、それがオートクチュールではなくプレタポルテなんです。こうした職人がいてこそのドレスだと再認識しました。世界中の職人を大切にし、今ある技術を継承できるような時代になってほしいなと強く思いました。
活況のビンテージ市場に対する複雑な思い
WWD:昨今の古着市場の盛り上がりについては、どう捉えている?
YAMAGUCHI:コロナ禍を境に、“ビンテージ”という言葉が、より商業的に使われるようになったと感じています。一方で「ザ ヴィンテージ ドレス」では供給側も需要側も“ビンテージだから”ではなく、“美しいファッションを求めていた結果”としてビンテージに魅了されています。本来“ビンテージ”はトレンドとは相入れない言葉なので、同列で使われてしまうことには違和感を覚えます。
WWD:「ザ ヴィンテージ ドレス」のコンセプトは“1着を大切に着る”だ。
YAMAGUCHI:これだけセル&バイ(販売と買い取りを行う)の古着店が多いのも日本特有です。トレンドの生成から大量生産・大量消費、そして大量処分というサイクルが“機能”しているからですが、私はこの“飽きたら捨てれば良い”という商習慣を悲しく思っています。一方で、「ザ ヴィンテージ ドレス」が追い求めている時代性のある商材は、欧州でも見つけづらくなっています。親子2代、3代にわたって手放すことなく1着を大事にしている人が多く、セル&バイのサイクルから離れていることの表れですね。
WWD:商材が見つけにくくなっている中、今後のラインアップに変化はある?
YAMAGUCHI:私たちが美しいと感じるのは、大量生産が当たり前になる以前に作られた服です。今着ている服がビンテージとして扱われるほど時代が流れようと、私たちのビンテージ観は変わらないつもりです。「ファッションは色あせるが、スタイルは永遠」という、イヴ・サンローラン(Yves Saint Laurent)の言葉があります。当店の根底にある言葉でもあります。お客さまが美しいドレスに身を包み、日常に彩りを加える。そんな商品を提供できるビンテージショップでありたいですね。