デザイナーのハリス・リード(Harris Reed)は2023年3月、メゾン史上最年少の27歳で「ニナ リッチ(NINA RICCI)」のクリエイティブ・ディレクターに就任した。初コレクションの披露から4シーズン目に突入しようとしている今、鳴物入りでメゾンに迎えられた新星は、何を考えて、何を目指すのか。
WWD:これまで3シーズンを披露してきたが、心境の変化は?
ハリス・リード「ニナ リッチ」クリエイティブ・ディレクター(以下、リード):就任したての頃は、短期間であらゆることをこなさなくてはならないというプレッシャーに押しつぶされそうになった。92年もの歴史があるブランドだからこそ、密な関係性の取引先がいくつもあるから。でも新たに編成したチームや、メゾンに元々携わっているチームとも良い関係性を築けていることもあり、今はとても落ち着いて自分の役割に向き合えていると思う。
WWD:印象深いシーズンは。
リード:直近の2024-25年秋冬コレクションだ。どのデザイナーからも同じことを言われたが、1シーズン目と2シーズン目は、新クリエイティブ・ディレクターがどんな人なのかを知らせる期間。ただ、その後から人々は「このブランドをどう導くのか」を期待するようになる。会社のCEO(最高経営責任者)も「ニナ リッチ」のデザインチームも、信じられないくらい私を受け入れて、自由にデザインさせてくれている。だからこそ、3シーズン目はブランドのムードを定義づけるアイテムを発表しなければという気持ちがあった。結果、着やすさやシルエットのバリエーションをさらに追求した。自分のクリエイティビティーに正直にありたいが、チームの皆をがっかりさせるようなことはしたくない。かなりストレスを感じたシーズンだった。
WWD:今や、自身のブランド「ハリス リード」と「ニナ リッチ」を両立する必要がある。
リード:以前は、「どうやって2ブランドを差別化する?」などと悩んだ時期もあったが、今は良いバランスが取れている。というのも、「ハリス リード」はロンドンを、「ニナ リッチ」はパリを拠点にする全く異なるブランドであるからこそ、互いに良い影響を与え合える。私は、ブランドによって脳みその違う部分を使い分けている感覚だ。「ハリス リード」はグラミー賞のレッドカーペットに登場するような派手なクリエイション。母校のセント・マーチン美術大学で学んだアプローチを取るから、自分でカッティングをして型紙を切って……と、そこには私の“リアル”がある。一方「ニナ リッチ」では、メゾンの歴史が育んだ高いレベルのクラフツマンシップをもとに、ニナ・リッチ自身や彼女のライフスタイルを体現し、豪華なワードローブを組み立てる。おかげでテーラリングやドレスメーキングなどについて、本当に多くのことを学んだ。洋服の構造がよくわかるようになった。
WWD:クリエイションのインスピレーションはどこにある?
リード:街を歩く女性たちだ。ファンタジーの中に生きるのと同じくらい、現実の“キャラクター”を見て、彼女たちが何を着ているのかをチェックするのが大好き。そこから、実際に着られるものを私流に解釈して作りたい。私は家族を含めて、強く生きる女性をいつも見てきたから、そこから着想を得るのは自然なこと。ニナ・リッチが成功したのは、手頃な値段で着られる既製服を手掛け、世の女性にファンタジーやおしゃれの楽しさを届けたから。彼女はとても物静かで、周りをよく観察し、女性が本当に何を着たいのかを考え続けた人だったようだ。私も彼女のストイックさを学びながら、自分の個性をミックスしてひねりを加え、現代版の「ニナ リッチ」を作ろうとしている。
WWD:あなたはとても明るくてハッピーに溢れた人だ。物静かだったというニナのクリエイションも取り入れる上で、どうバランスをとるのか。
リード:私にとってファッションは、楽しくて幸せで自己表現ができるもの。どれだけニナのアーカイブをリサーチしたとしても、“楽しさ”を盛り込まずにはいられない。例えばエレガントなボウタイブラウスを作る場合でも、金のボタンや、艶のあるサテンで遊び心を効かせたくなる。でも、私のそばには「ニナ リッチ」で長年働くスタイリストやデザインチームがいるから、いつも「これはニナらしいか?」を確認してもらえる。時には大きなドレスや派手なアイテムを作るが、一歩引いて、そこにブランドのDNAが入っているかを意識する。ただ、私とニナの性格は真逆だったであろう一方で、女性のリアルに注目する点は共通している。24年のミューズは誰で、どんな服が理想で、100年後の「ニナ リッチ」はどのように変化するかを常に考える。
WWD:華やかなショーピースをコマーシャルピースに落とし込む上で意識していることは。
リード:ドラマチックな表現と、日常的な着やすさの両立だ。デビューショーは、これまでの「ニナ リッチ」に自分なりのスパイスを加えるため、大きなハットや明るいカラーパレットなどを用いた。グリーンのレースジャケットとパンツは、ミニドレスに作り直して販売した。ただやはり、華やかさと着やすさのバランスはとても難しい。たくさんの人にブランドの洋服を着てほしいから、華やかさと、着やすさや手頃さを両立したアイテムを作る必要があるし、セレブリティーなどのVIP顧客も抱えているから、イベントで映えるようなアイテムも作らなければ。「ニナ リッチ」は仕立ての技術が非常に高いからこそカクテルドレスが人気。これからはウィメンズスーツをヒーロープロダクトにしたい。女性用のテーラードアイテムを改めて洗練させ、遊び心を効かせる。次のコレクションでは、見る人を驚かせるような新たな仕掛けを披露する予定だ。
WWD:どんな女性に「ニナ リッチ」を着てほしい?
リード:世界中のあらゆる女性に届けたい。18歳〜36歳くらいの女性でも、ファッションモデルのモニカ・ベルッチ(Monica Bellucci)のようなアイコン的存在にも着てもらえることが理想だ。私たちもショーでは多様なモデルをキャスティングしているし、プラスサイズモデルも登場する。素晴らしいことに、社会にはインクルシービティーに共感する人がますます増えている。私の夢は「ニナ リッチ」が世代を超えて愛されるブランドになること。親から娘や息子へ、服がバトンのように渡ったらうれしい。私も祖母や母の服を借りるし、姉ともワードローブを全部シェアしているから(笑)。