時計・宝飾業界で、ブランドの垣根を超えた犯罪対策のための画期的なソリューション、具体的には高級時計とジュエリーの世界的なデータベースを駆使したサービスが稼働を開始している。このサービスの内容と価値、時計・宝飾業界に与える影響はどんなものなのか。
リシュモンが作った、ブランドの壁を超えた業界標準の犯罪対策ソリューション
世界の高級時計&宝飾品ビジネスをリードするコンパニー フィナンシエール リシュモン(COMPAGNIE FINANCIERE RICHEMONT以下、リシュモン)は2023年3月、画期的な犯罪対策ソリューションの提供を開始した。その名は、「エンクイラス(ENQUIRUS)」。英語で「調査」「問い合わせ」「照会」を意味する名詞「インクワイア(enquiry)」からの造語だ。
そのトップページには、英語で「世界最大の無料の時計・宝飾品紛失盗難データベース」、さらに「時計やジュエリーを保護・保管するためのグローバルで安全なプラットフォーム」と書かれている。
では、このプラットフォームはどのようなものか。簡単に言えば、これはユーザーが所有する時計やジュエリーを登録する世界規模のデータベースだ。まず、スマートフォンの専用アプリや公式ウェブから「エンクイラス」にアクセスし、自分のアカウントを作って、手元にある時計やジュエリーのモデル名とシリアルナンバー、写真を登録する。現行製品のように、あらかじめモデル名が登録されている時計やジュエリーなら、メニューから選択できるだろう。なお登録する時計やジュエリーは、過去に購入したものでも可能だ。決して現行品に限ったサービスではないのも、このサービスの素晴らしいところだろう。
万が一時計を紛失したり、盗難や強盗で奪われたりしたときは、「登録した時計が犯罪によって、不正に流通している」ことを、専用アプリや公式ウエブから簡単な操作で、全世界に簡単に知らせることができる。
「エンクイラス」に告知しておけば、その時計やジュエリーが、各国の警察当局に押収されて管理下に入ったり、転売されるなどしてこのサービスに参加している中古時計やジュエリーの販売業者の管理下に置かれたりすると、それが不正流通品であることがすぐにわかり、本来の所有者が割り当てられ、警察当局や業者から連絡が来る、という仕組みだ。ただし、どんな場所や地域でどんなカタチで見つかるかについては、さまざまなケースがあるので、即座に取り戻せるかどうかはまた別の話。
アンティーク、中古の時計やジュエリーを購入する人にとっても、このサービスは力強い味方だ。中古時計やジュエリーの購入を検討するとき、データベースを使えば簡単に「これが不正に流通している可能性があるもの」か「正規に流通して、購入しても問題ないなものか」を即座に確認できるからだ。
しかも素晴らしいのは、リシュモンがこのサービスを無料で、しかも時計・宝飾業界の全世界共通のプラットフォームとして、あらゆるブランドに開放・提供していること。24年8月時点では、229ブランドでこのサービスの利用が可能だ。
迅速な捜査に加えて、健全で公正な中古市場の確立へ
時計やジュエリー愛好者はもちろん、その業界、中古業者、ひいては世界各国の警察当局にとって、このサービスの価値は非常に大きい。
時計やジュエリーが不正に失われたとき、これまでオーナーにはそれを告知して、追跡する手段はゼロに等しかった。警察に紛失&盗難届を提出したら、それ以上は何もできなかった。従来は、警察が犯人を捕まえて、そのとき盗難品を所持していない限り、戻ってくる可能性はゼロだった。だがこのサービスを使えば、警察当局はすぐに正規の所有者であるかどうかがわかる。また真の所有者や犯罪が行われた国・場所が簡単に確認・特定でき、不正な取引ルートの捜査にも役に立つ。
また、時計やジュエリーの中古市場を担う業者にとって、このサービスの価値はとても大きい。アンティークでも現行品でも、中古市場の時計やジュエリーには、常に信用の不安、つまり盗品ではないかという疑いが付きまとうからだ。
このサービスが時計・宝飾業界のスタンダードになり、多くのブランドで販売された製品がデータベースに登録され、情報が共有されるようになれば、ユーザーは安心してアンティークや中古品を購入できる。つまり、中古時計や中古ジュエリーの市場は、今よりもずっと健全で公正な、透明性の高いものになるはずだ。このサービスが普及しても闇のマーケットを撲滅することはできないが、その規模は縮小するだろう。
もっと知られるべき、もっと利用されるべきサービス
23年3月末当時、「ウオッチズ・アンド・ワンダーズ・ジュネーブ 2023」会場の2階奥のLABOコーナーの奥に展示があった
サービス誕生の背景には、コロナ禍での高級時計の人気高騰と、それにともなって主要都市で高級時計&宝飾品の強盗や盗難が急増した事情がある。日本でも23年秋、いわゆる「闇バイト」による銀座の中古時計専門店への襲撃が起きた。
こうした状況に対して、時計・宝飾業界全体の未来を見据えてプラットフォームを構築したリシュモンの企業姿勢は、いくら褒めても褒めすぎということはない。
残念ながら現時点では、英語、ドイツ語、フランス語、イタリア語、スペイン語、ポルトガル語のみの対応で、まだ日本語での登録はできない。だが、時計やジュエリーのユーザーは、自分のアイテムを登録することをおすすめする。また時計・宝飾業界の人々は、顧客にこのサービスの利用をうながしてはどうだろうか。2年目に入ったこのサービスは今も進化を続けている。今後もこのデジタルプラットフォームの進化・発展に注目だ。