ファッション

境界を超える実験音楽の祭典「モード」出演 ノルウェーのサックス奏者ベンディク・ギスケ インタビュー

2024年6月、ロンドンの音楽レーベル「33−33」と、日本を拠点に実験性の高いアートや音楽のイベントを手がけるキュレトリアル・コレクティブ「ブリス(Bliss)」は、草月ホールにて、イベントシリーズ「モード(MODE)」を開催した。

18年にロンドンで開催した「モード」の第1回目でキュレーターを務めたのは、昨年逝去した坂本龍一。きっかけは、ロンドンで実験音楽のイベントシリーズ「セント・ジョン・セッションズ(St John Sessions)」を運営する「33-33」のディレクター=クリス・ヴォーン(Chris Vaughan)が、坂本龍一と米国のサウンドアーティスト、テイラー・デュプリー(Taylor Deupree)から、このシリーズに出演したいと連絡を受けたこと。2人の「セント・ジョン・セッションズ」出演が実現したのは14年2月だった。ヴォーンは、イベント後も坂本龍一と連絡を取り合い、共に音楽イベントシリーズを立ち上げるアイデアを提案。その4年後の18年に誕生したのが「モード」だ。

「モード」という言葉は多様な意味を持つ。音楽用語としては「スケール(音階)」と同義であり、ファッションの分野はもちろん、統計学やビジネスの文脈でも使用される。坂本がこだわったこの言葉をタイトルに冠し、音楽、アート、ファッションが垣根を超えて自由に融合し、成長することを目指す。

「イベントを始めた当初、音楽とファッションの世界に乖離を感じていた」と、「モード」の共同ディレクターを務める中野勇介とヴォーンは語る。現在は、同イベントシリーズに出演したアーティストの実験音楽が、ファッションショーの中で使用されるなど、当初の構想に追いつくようにその距離が近づいている。22年から開催地を東京に移した理由の一つは、灰野敬二やフジタ(FUJI|||||||||||TA)など、欧米で高い評価を受ける日本人アーティストの功績に光を当てるため。彼らのような日本人アーティストたちは、しばしば、日本の実験音楽シーンは欧米に比べて非常に小さいと語っていたという。この状況に風穴を開けようと「モード」は、23年以降、東京で積極的にライブを企画しており、今月21日には東京・恵比寿のライブハウス「リキッドルーム」でのイベント「MODE AT LIQUIDROOM」の開催も控える。出演は、大阪拠点の音楽家・日野浩志郎を中心に結成されたリズムアンサンブルgoatと初来日となるイギリス・グラスゴー出身のトリオ、スティル・ハウス・プランツ(Still House Plants)。

WWDでは、「モード」出演のため6月に初来日を果たしたエクスペリメンタル・サックス奏者のベンディク・ギスケ(Bendik Giske)にインタビューを敢行。たゆまぬ鍛錬に裏打ちされた身体性と、サックスの瞑想的な響きが生む没入感が共存する、特異な音楽世界を作り出すギスケに、深い洞察に支えられた創造性について話を聞いた。

価値観をまたぎ、人々をつなげるエネルギーを生む
「集合地点としての音楽」を目指して

――ギスケさんのサックス演奏のアプローチは身体性にフォーカスした、独自の音楽表現です。このような奏法にいたった経緯について聞かせてください。

ベンディク・ギスケ(以下、ギスケ):もともと幼少期からダンスの勉強をしていて、身体の動きを通してストーリーを伝えることに興味がありました。そのうちダンスそのものよりも楽器の演奏に身体的な動きを取り入れることで独自の表現を探求したいと考えるようになり、音楽の道に進むことに決めました。
通っていた音楽学校にはジャズとクラシックの2つのコースがあり、どちらも音楽理論や歴史、実技を学びますが、私はリズムと現代の音楽を中心としたコミュニティー形成について追究したかったので、ジャズを選びました。

楽器のテクニックや音楽的な知識はもちろん重要ですが、ジャズの真の特性は「対抗的な力」。つまり、常に何かの対立軸として存在することだと考えています。

――「対立軸として存在する」とは?

ギスケ:即興的なジャズは、スコアとして書かれた音楽への反抗であり、封建的なシステムの中で作られてきた西洋音楽の歴史に対峙することでもある。西洋音楽は中上流階級によって作られてきたものが大半ですが、ジャズは民衆の間で生まれ、音楽史では語られない歴史的背景を持っています。

ジャズは常に「新しさ」を探求し、即興演奏による主体的なストーリーテリングや、音楽を中心にしたコミュニティ構築を求めるもの。私がジャズにひかれるポイントはここにあります。

また、アメリカ文化を背景に持つジャズや、そのルーツとしてのアフリカ音楽、そしてハウス・テクノ等の電子音楽には、ノルウェーの前史的な音楽に通底するテーマがあると思っています。それは「集合地点としての音楽」ということ――音楽を通して人々がつながり、人々がつながることでまた新たに音楽が生まれるということです。

――現在ベルリンを拠点とし、テクノミュージシャンのパヴェル・ミリャコフ(Pavel Milyakov)とのコラボレーション等も実現しました。自身の音楽と、電子音楽やダンスミュージックとの親和性についてはどう考えていますか?

ギスケ:直近ではベルリンのナイトクラブ「ベルグハイン」のレジデンスDJ、サム・バーカー(Sam Barker)とコラボレーションしました。彼は電子音楽の手法で作曲するアーティストです。

電子音楽との協奏自体に目新しさはありませんが、どんどん進化していくテクノロジーを自分のアコースティックな演奏に取り入れることで、新たに生まれる音や空間の可能性を探究したいです。

現在、ドイツでは思想の両極化が進んでいますが、電子音楽のシーンは、人々が価値観の違いを超えて一堂に会するエネルギーを生み出すことができると思います。

――ライブパフォーマンスをする上でのこだわりを教えてください。

ギスケ:ライブではループ等のエフェクターやサンプリングは使わず、マイクを使用したテクニックや反響によって生まれる音のみを使います。マイクの誕生によってビリー・ホリデイ(Billy Holiday)のささやくような歌い方が生まれたように、私もマイクを通すことでしか生まれない音を出したいんです。

音楽やパフォーマンスは、自らの経験を観客と共有することですが、私は観客の反応をコントロールしたり、誘導したりしたいとは思いません。自分が表現したいのはあくまで「空間」で、「真実」や具体的な何かを語りたいわけではない。空間を作り、そこにどんな形であれ、観客に関与してもらうことを重視しています。

音楽と視覚的要素を通したアイデンティティの表現

――音楽だけでなく、映像作品・ショー等でのインスタレーションのような空間演出やビジュアル表現においても、アバンギャルドな独自の美的感覚を発揮されています。創作の着想源は何ですか?

ギスケ:私はミュージシャンですが、音楽だけでなくその周辺要素を含めて表現したいと考えています。ファッションや動き、照明も含め、あくまで音楽的なアウトプットの周辺に視覚的要素を足しているという認識です。

創作の原動力は、私から見てこの世界に欠けているもの、存在しているのになかなか見えづらいものを、自分の表現によって埋めたい、具現化したいという思いです。

――ベンディクさんから見て「この世界に欠けている」ものとは?

ギスケ:今までさまざまな反抗的・対抗的な表現を享受してきましたが、その中でクィアな要素を含んだ表現をなかなか見つけられずにいました。だからこそ、自分の音楽表現やステージでのパフォーマンスにはクィア要素を織り込み、自分のアイデンティティーを表現したいと考えています。とはいえ、この10年間で社会のクィアカルチャーへの理解は進みましたし、サブカルチャー全般においても、テクノやハウスなどのダンスミュージックシーンにおいても、クィアの存在感は高まっているようにも感じます。

――22年には「ディオール(DIOR)」の 秋冬コレクションのランウェイにて“Cruising”(アルバム「Cracks」収録曲)がオープニングを飾り、ビッグメゾンの洗練されたショーに、あなたの音楽世界が新たな物語性を与えました。「モード」が当初から構想したように、音楽とファッションは密接な関係性を築いているように感じます。あなたにとってファッションとは?

ギスケ:私の作品がショーのオープニングという美しい瞬間に使われたのは光栄でした。自分の作品が元々の意図とは異なる文脈で使われ、別の表現に昇華されるのは、とても喜ばしいことです。

私にとってファッションは、ペルソナを表現できる「着用可能なアート」。例えば、肩幅が大きく誇張されたジャケットなど、特徴的なアイテムを身につけた時、どんな効果がもたらされるでしょうか?体の動きやアイデンティティー、ふるまいに影響し、新しい表現が生まれる可能性もあるでしょうし、文化や伝統、ひいてはジェンダー・アイデンティティーや地理的な繋がりなども表現することもできると思っています。

一方で、機能的なファッションにも魅力を感じます。ワークウエアの要素を取り入れた「ジュンヤ ワタナベ マン(JUNYA WATANABE MAN)」のデザインや、日本の履物からインスピレーションを得た「メゾン マルジェラ(MAISON MARGIELA)」の足袋ブーツなど、機能から生まれる美しさには魅了されますね。

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