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「ナミビアの砂漠」山中瑶子監督の映画作り 「自分の気持ちを素直に話すようになったら、いいことしかない」

PROFILE: 山中瑶子

山中瑶子
PROFILE: (やまなか・ようこ)1997年生まれ。長野県出身。日本大学芸術学部中退。独学で制作した初監督作品「あみこ」がPFFアワード2017に入選。翌年、20歳で第68回ベルリン国際映画祭に史上最年少で招待され、同映画祭の長編映画監督の最年少記録を更新。本格的長編第1作となる「ナミビアの砂漠」は第77回カンヌ国際映画祭 監督週間に出品され、女性監督として史上最年少となる国際映画批評家連盟賞を受賞した。監督作に山戸結希プロデュースによるオムニバス映画「21世紀の女の子」(2018)の「回転てん子とどりーむ母ちゃん」など。

映画「ナミビアの砂漠」で第77回カンヌ国際映画祭、国際批評家連盟賞を若干27歳で受賞した山中瑶子監督。2017年、19歳のときに自主制作した映画「あみこ」が世界各国の映画祭で評価され、故・坂本龍一からも「自由さの中から生まれたパワーで老若男女を問わず惹きつけるパワーがある」と絶賛された。山中瑶子は初めての経験も多かったという山中監督に映画作りや映画監督という仕事について話を聞いた。

——共感できるかどうかは置いておいて、強烈に主人公・カナ(河合優実)に惹かれました。何に対しても情熱を持てず、鬱屈としたやり場のない感情を抱えながら、退屈する世の中と自分に追い詰められていく。怒りを全身で表現する姿に、こんなふうでありたい、とも思いました。

山中瑶子(以下、山中):ありがとうございます。

——どのような思いで主人公を考えたのでしょうか?

山中:自分が「好きだな」と思える主人公にしたいと思っていました。どんなに駄目な人間だとしても、気高い部分があって、そういうところが見えてくるような人物に。あとは、まず最初に河合さんが主演であることから企画がスタートしていたので、今まで見たことのない彼女を撮りたい、という思いもありました。これまでの河合さんは、周囲の人に何かを背負わされている役が多い印象があって。なので今回は反対に、すごく無責任で自分勝手なキャラクターを見てみたい、というところから考えていきました。

——特に「愛おしいな」と思う、カナのシーンはありますか?

山中:いっぱいありますが……あの、脱毛サロンで働いているところですかね。声色からやる気のなさは感じるけど、先輩との掛け合いは意外と楽しそうなのが良いです。

——カナの職業設定がなぜ脱毛サロンなのか、気になっていました。

山中:脱毛サロンは資本主義とルッキズムが強く結びついた悪しき面が強いと今は感じているんですが、私がそれこそ大学1年生の頃に契約して通っていたことがあって。場所によるのかもしれないですが、施術してくれる人が毎回違うんです。明るいところで何人もの他人に裸を見せてひっくり返っているシュールな状況に、こちらは滑稽だなと思うけれど、働いている人からすればもはや何でもない流れ作業で、入れ代わり立ち代わり他人の無数の毛根に対峙する不思議な職場だと思っていて。彼女たちはどんな生活を送っているんだろう、と当時脱毛されながら考えていたことを思い出したんです。カナはたぶん恋人に家賃を払わせていたりしていてそこまでちゃんと稼がなくてもいいんですが、時間を持て余すより働いている方が余計なことを考えずに済んで楽だったりするので、そういう意味でも淡々とした仕事がいいと思いました。

——「河合さんとディスカッションをしながら役を積み上げた」とプレス資料にありましたが、河合さんから得た気づきとは?

山中:もともと原作モノの映画化で河合さんを主演に撮る予定だったのが、私がそれを降りたいと申し出て、急遽オリジナルに企画変更したのが2023年5月で、撮影は当初のとおり9月、なのにこれから1から脚本を書くというあまりに時間がない状況だったので、私1人の脳では到底間に合わない、何かヒントを得るためにみんなに助けてもらわなきゃ無理だと思っていろんな人に話を聞きました。河合さんとも、脚本を書く前に3、4回お会いして。ざっくばらんに話をした中でそのまま脚本に活かしているのは、「あまり人の話を聞いてない時がある」と河合さんが教えてくれたご自身のこと。しっかりしているように見えるけれど、実はそんな部分があると聞いて安心して、そのエピソードは冒頭のカフェのシーンに活かされています。

——冒頭の、友達と話しているのに、次第に隣の席の話が気になってきて話を聞いていない感じを音のボリュームで表現するところ、素晴らしかったです。

山中:脚本では「カナ、別のテーブルの大学生の会話が耳に入ってきて気になってしまう」としか書いてなくて、具体的な表現方法まで突き詰められていなかったんですけど、編集や音の仕上げの時に試行錯誤しました。きっと、同じ経験をしている人はたくさんいますよね。どうしたらあの状態を映画で再現できるのだろうと、一番時間をかけたところです。

——河合さんの演技も、ちょっとコミカルで。

山中:本人は「やりすぎてなかったですか?」と気にしていましたけど、画として面白すぎたのと、音のゆがみを足したらバランスがちょうど良くなるだろうと思っていたのでOKを出しました。撮影の米倉さんが、あの表情を撮った後にこちらを見て「山中さん、これは傑作になりますよ」と言ってきて笑ってしまいました(笑)。

——感覚的だとは思いますが、山中監督がOKを出す基準は?

山中:そのときどきによりますけど、自分の中ではっきり「違う」っていうのは分かります。今回、俳優には決めた動線とセリフさえ守ってくれたら後は好きにやってもらいたかったので、いろいろ言わずに最低限必要なことを伝えて。テイク数も2、3テイクとか、そんなに多くないです。

——金子大地さんが演じるハヤシとの喧嘩のシーンも、非常に迫力があるというか、気持ちよく見てしまいました。

山中:今回、けがのないようにアクション指導の方に入っていただいて、事前に何回かリハーサルをしました。河合さんも金子さんも身体の使い方がうまくて、こうしたらプロレスみたいに見えていいんじゃない?とかいろいろアイデアを出し合って試して、あらかじめきちんと型を作って組み手のような形で喧嘩のシーンを構成しました。

編集について

——編集期間は約3週間とのことですが、どのように進めていったのでしょうか?

山中:最初は編集の長瀬万里さんが全カットをただつなげてくれた「棒つなぎ」状態のものを見たのですが、それが3時間くらいあって。そこから、適切な尺と必要なカットを探っていく、映画の形にしていく作業は一緒にやりました。毎日違うランチを食べに行って編集以外の話をしたり、煮詰まったら休日を作って映画館で他の映画を見ることで一度離れようとしたり。編集作業って波があるんですけど、毎日コツコツいじっていくと、どこかで「突破した」と感じられるときがあって。1コマいじるだけで、印象がガラッと変わるんですね。その調整がうまくいって、映画がパッと華やいだ瞬間はすごく気持ちいいです。

——本作では、どのタイミングで「突破した」と感じましたか?

山中:これは初めての経験だったんですけど、最初の棒つなぎからだいぶ面白かったんです。それが逆に困ってしまって、すでに面白いものをそれ以上どう持ち上げればいいのか分からなくて。今回はアクションや疾走感のある動きが多かったので、細かい話ですけど、1秒24フレームのうち2コマだけ削るとか、数フレーム単位の調整を丁寧にやることを繰り返して、尺は変わっていないのに、数コマで印象が全く違うものになるという編集体験をしました。

——無性に好きなシーンが、浮気相手に走って会いに行くところと、タバコを吸いながら坂を自転車で下っていくところ。物語に直接的に関係のないシーンも割とあったように思ったのですが、いかがですか。

山中:最初3時間もあったので、いくつかのシーンは落とす選択をしなければならず頭を悩ませましたが、ストーリーラインに関係のないシーンは、むしろ残そうと決めていました。そもそもこれは物語を展開させていく映画ではなくて、カナが今どういう状態にいるのかという、カナの在り方を見つめていく映画なので。他の監督だったら捨ててしまうかもしれないし、私も絶対的な理由があって書いたわけではなかったりするのですが、そういう無意識から出てきたものこそ大切にしたいと思って。自転車で下っていくシーンは、カメラワークも相まって気持ちがいいですよね。

——カナの、無表情な感じも好きです。

山中:無表情だけど体力ありそうな顔をしてますよね(笑)。

——逆に編集でシーンを削る際は、どういう判断基準があったんですか?

山中:何人かの発言が混ざっている受け売りですが、「映画になるべき素材というのは決まっていて、撮影の思い出を抱えているとカットする判断ができないから容赦なく捨てるべし」みたいなことを意識しました。カナを見つめるという大きな軸を基準に、不必要なものを見極めようとしましたけど、容赦なく捨てるのは難しかった。採用しなかったシーンも気に入っているものばかりです。2年後くらいに見たら「あと10分削れた」とか思いそうですが、今の私にとってのベストが137分でした。

映画作りで大切にしていること

——企画から映画を1本完成させるまで、対自分、対チームそれぞれで大切にされていることは?

山中:今までたくさんの人に迷惑をかけてきたので、こんなことを言うと怒る人もいると思うのですが……自分の心に嘘をつかないってことは大事なのかなと思います。企画の依頼を受けた時は、本当に頑張りたいと思うし、努力するんです。だけど、進めていくうちに最初の段階では分からなかったことが出てくるじゃないですか。それが、自分のせいだったり別の経緯だったり、理由はいろいろあれど、違和感を覚えたり、他の人が作った方がいいと思ったりしたら、勇気を振り絞って辞めてきました。逃げただけなんじゃないか?とか思って、自分は本当に駄目だなあと落ち込むことも多いですけど……でも、実際に自分が降りた後に他の監督によって手がけられた作品を見ると、「これが良かった」と思うんです。迷惑がかかるのは申し訳ないですが、作品のためにも違和感をそのままにしないで、辞める勇気を持っていようと思います。

——対チームとの映画作りで大事にしていることは? 

山中:自分に嘘をつかないということと似ていますが、まずこちらが素直になるっていうのは最近意識するようになりました。以前は、分からないと言うと「これだから若い監督は」と思われるような気がして、ものすごく構えていました。でも、どう思われてもいいというか、1人であくせくするのはムダな時間だと思って、分からないことは「分からない」と素直に言えるようになったら周りも助けてくれるようになって。若くて経験もないので知らないことばかりで当然ですしね。自分の気持ちを素直に打ち明けるようになったらいいことしかないって、今回は特に感じました。

——現場でも皆さんで活発にアイデアを出し合ったと伺いましたが、それはこれまでと違ったのでしょうか?

山中:ほぼ初めてのやり方でした。映画を志した当初は、例えばですけれどウェス・アンダーソン監督みたいに、衣装も美術も何もかもこだわって決めるのが映画監督たるものと思い込んでいたんです。でも、それだと考えることや、やることが多すぎて、寝られないし演出に集中できないと痛感して。それで、あまり詳しくないことは素直に委ねてアイデアをもらって、最終判断だけをするようにしていました。それで全然思ってもみなかったような提案が来ても楽しいし良いアイデアならば映画は豊かになるし、それは違うというようなことがあっても、こちらの伝え方の問題だなと思ってコミュニケーションを重ねるようになりました。

「昔は四六時中映画のことを考えていました」

——山中監督の作品は、小さなエピソード一つひとつにも心惹かれます。例えばハヤシが過去に中絶させた経験があることを知ったカナが、激しくハヤシと衝突。「お前には関係ない」という喧嘩のくだりで、まさに自分の怒りの根源はここにあったと気付かされたのですが、あのエピソードが生まれたきっかけは?

山中:脚本を書く最初の段階ではあまり難しいことは考えずに、バーッと思いのままに書くんですけど……後で整理していて考えたのは、もう変えることのできないどうしようもないことって世の中にはあるじゃないですか。自分がされたわけじゃないのに、ものすごく嫌で、腹立たしくて、だけど既に終わっていることで。そういうことにぶつかると、やるせなくて無力に感じるんですが、その感情を、どうしようもないからといってなかったことにしてしまいたくないという気持ちがあって。

——過去のインタビューで、山中監督は日々メモを取っていて、それらをヒントに脚本を書くと答えられていたのですが、今でもそうですか?

山中:最近は変わってしまって、なんかもう、一日中映画のことを考えていると辛いというか、生活がおろそかになってしまったんです。

——昔は、寝ても覚めても映画のことを考えていたんですか。

山中:四六時中考えていました。と言うとかっこいい感じがしますが、なんか強迫的な感じで……移動中も常にアンテナを張っていて、映画になりそうだと思ったらメモをして。でも、映画以外のことは全ておざなりでした。0:100くらいの、極端な身の振り方をしてしまっていて、そんな生き方に違和感を持ち始めたんです。何でも映画にしようとする思考は、身も心もかなり危険なのではないかと。それで、自分の中のバランスが少しずつ変わっていきました。今はメモも最小限で、移動中は頭を空っぽにしたくてスイカゲームとかしてます(笑)。

——山中監督は大学を中退後、SNSでキャストやスタッフを集めて初監督作「あみこ」を完成させるなど、独自の方法で映画監督という道を切り拓いています。映画監督になりたい、と思っている方に、今の山中監督ならどんな言葉をかけますか?

山中:自分がやってきて良かったと思うのは、ジャンルを選ばずに、とにかくたくさんの映画を見て、活字を読んできたことです。私は映画を作る時、毎回とにかく好きな映画をたくさん見て、気持ちを高めてから作ります。今回はモーリス・ピアラ、ロウ・イエ、ジョン・カサヴェテス作品を中心に見ました。小中学生の時、娯楽が禁止の家だったので本ばかり読んでいたんですが、その頃のおかげで今でもセリフを書くのはあまり大変ではないかもしれません。学校など映画を作ることについていろんな学び場がありますけど、映画作りって人に教わることでもないし、私は映画と活字にたくさん触れるだけでも、自分の言語を見つけることができるのではないかと思っています。

PHOTOS:YOHEI KICHIRAKU

■「ナミビアの砂漠」
9月6日TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー
出演:河合優実
金子大地 寛一郎
新谷ゆづみ 中島 歩 唐田えりか
渋谷采郁 澁谷麻美 倉田萌衣 伊島 空
堀部圭亮 渡辺真起子
脚本・監督:山中瑶子
制作プロダクション:ブリッジヘッド コギトワークス
企画製作・配給:ハピネットファントム・スタジオ
©2024「ナミビアの砂漠」製作委員会
https://happinet-phantom.com/namibia-movie/

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