PROFILE: 角森智至/「オブジェクツ アイオー」デザイナー
現代人にとっての“移動”とは、“デジタルデバイスを常に持ち歩くこと”だ。「オブジェクツ アイオー(OBJCTS.IO)」は、その移動をアップデートするためのレザープロダクトを製作する。現代人のライフスタイルを徹底的に追求した機能性とミニマルなデザインで、知名度を高めている。2022年に土屋鞄製造所の傘下となって以降、安定した生産管理体制をベースにクリエイティビティを発揮する、同ブランドの角森智至デザイナーに話を聞いた。
WWD:「オブジェクツ アイオー」を立ち上げた経緯は?
角森智至デザイナー(以下、角森):文化服装学院のバッグデザイン科を卒業後、土屋鞄製造所にランドセルを作る職人として入社した。その後、鞄や財布などを作りながら生産管理も学び、革製品のモノづくりの流れを一通り理解すると、自分のブランドへの思いが強まった。18年11月末に独立し、ブランドを立ち上げた。
WWD:デジタルデバイスありきの特殊な品揃えだが、客層は?
角森:コア層は30代後半〜40代前半で、男女比は半々。設立当初は8割が男性で、起業家らのビジネスマンが多かったが、ホワイト系のカラーリングや、iPhoneに搭載されている「MagSafe」を活用した、“マグウェア”シリーズを発売してから女性が増えていった。
機能性と審美性の両立
WWD:「オブジェクツ アイオー」の商品に共通する特徴は?
角森:デバイスを快適に持ち歩くために、機能性と審美性を両立していること。よくあるカメラバッグのように機能性だけを追求したものは、収納力の高さと引き換えにファッション性を損ねていることが多く、持っていても気分が上がらない。反対にデザイン性に振りすぎたものは、気分は上がるものの、日常的に使える配慮がなければ、毎日持ち歩くのは辛い。デバイスに合わせた収納設計や、軽量であることを前提に、革の上質さを活かしたミニマルなデザインが、持っていて気持ちが良いという感覚に繋がると思っている。
目指すのは「現代人の移動のアップデート」
WWD:なぜデバイスを中心とした製品開発を行うのか。
角森:現代人は、常に何かしらのデバイスと共に移動している。機能性とデザイン性を両立したレザープロダクトは、現代人の移動を快適にし、アップデートする。月に1回しか使わないモノの開発で、現代人の移動をアップデートするのは難しい。そこで、ほとんどの人が毎日使う、現代人のライフスタイルに欠かせないiPhoneなどのデバイスに行き着いた。自分たちが作った製品とのタッチポイントが増えるほど、ユーザーに与える影響は大きくなっていく。現代人の移動をアップデートする効果的な方法だ。
WWD:立ち上げ当初から、デジタルデバイスに焦点を当てていた?
角森:最初に発売したのはMacBookを持ち運ぶためのバッグだが、デジタルデバイスに焦点を当てたというよりは、自分たちが欲しいものを作ろうとした結果だった。
WWD:現代において一番重要だと思うデバイスは?
角森:やはり、iPhoneだと思う。Apple Watchもある程度普及したが、数で言うと圧倒的にiPhone。
WWD:それに対してのアプローチは?
角森: “マグウェア”シリーズには力を入れており、iPhoneを持ち歩くのが面倒だとか、不安だとか思わないよう、体と“接続”するような感覚を覚える製品を目指している。デバイスはポケットに入れていても、「すぐに取り出せないと不安」や、「タクシーに忘れてしまわないか」と心配になる中、身体とデバイスの間を物理的にも精神的にも繋げることで、持ち歩くことが快適になれば、安心感に繋がる。
必要なのは“身につけていることを忘れる”こと
WWD:体と“接続”する製品とは、具体的にどのようなもの?
角森:もしかしたら、“身につけていることさえ忘れる”製品かもしれない。ユーザーから「帰り道にカメラを忘れたと思ってオフィスに戻ったら、実際にはカメラが入ったカメラバッグを持っていた」という話を聞いた。その時、デバイスが体に“接続”しているとは、まさにこの事だと思った。「服装に合わない」「重いから移動したくない」「これで会食には行けない」みたいな制限から解放する、身につけていることさえ忘れる製品が、移動を快適にする。
“1人のため”が“多くの人のため”に
WWD:現代人のライフスタイルに根差した製品開発では、ユーザーを徹底的にリサーチする必要があると思うが?
角森:これは自分たちのモノ作りで一番重要なことでもあるが、ペルソナを立てるようなターゲティングはせず、“実在する特定の個人”のために製品を作る。以前、デジタルやファッション領域で活動する市川渚さんのために、カメラバッグを開発した。市川さんが求める機能性やファッション性を徹底的に追求した、一人のための製品だったのが、彼女の価値観や感性に共感するファンにも広まり、多くの人に届いた。これがきっかけで、“実在する特定の個人”のための製品制作に面白さを感じ、自分のスタイルとして落とし込んでいった。とはいえ、オーダーメイドをしたいわけではないので、一般的なニーズとのバランスは取るようにしている。
WWD:元々ランドセルの職人だったのに、現代人のライフスタイルに焦点を置いた製作を始めたのはなぜ?
角森:デジタルデバイスが好きだからというのはベースにあるが、クラシックなものがこの先もあるかどうか、わからないというのも理由の一つ。文化として強く根付いているランドセルは簡単に無くならないと思っているが、 50年後、100年後に残っている保証はない。クラシックなものを職人として守り続けるよりは、テクノロジーと共に進化するモダンなものと繋げて、今生きている人たちのテンションが上がるものを作る方が楽しいと思った。
旅が広がり始めた19世紀、「ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)」はトランクを再開発し、結果世界中の人々を旅行に駆り立てた。現代人の移動をアップデートすれば、それと似た現象が起こるかもしれない。クラシックなものを無にする訳ではなく、むしろそれを進化させて、現代人のライフスタイルに落とし込み、“大きな変化”が起こるきっかけになるモノ作りを目指している。
新型iPhone発売直前に聞く
WWD:今年も間もなく新型iPhoneが発表されるが、どう予想する?
角森:機体右側面に新しくボタンが配置され、カメラ性能のアップに伴いレンズの高さが上がると予想している。
WWD:それによって製品はどう変わる?
角森:ボタンの追加により、フレームが細くなって耐久性が下がる箇所ができるので対応が必要になる。また、レンズの高さが上がるので、保護パーツも高くする必要がある。すると“マグウェア”が従来通りの磁力ではつかなくなるかもしれない。現在新たに作っている“マグウェア”は、その部分をクリアするよう再設計中だ。とはいえ(この取材を受けている8月下旬時点では)公式の事前情報はなく、予想が外れる可能性は0ではない。もちろん、合わなければ仕様変更が必要なため、ヒヤヒヤしている。すでにかなりの数発注しているので(笑)。
WWD:新型iPhoneカバーの発売はいつ?
角森:10月頭を目指している。新型iPhoneの発売後、製品が適合するか確認して、問題がなければ最短で発売する。【追記:9月11日】発表後、製品に問題はがないことが確認でき、9月下旬の発売が決定した。
WWD:今後はどのような取り組みを行っていく?
角森:ユーザーのテンションが上がるものをどんどん作りたい。デバイスに関連する製品は、繊細さや機能性が求められるので道具っぽく扱われがちだが、もっとファッションアイテムに近づいても面白いのではないかと思う。その可能性を追求するために、僕だけじゃなく、僕とは違う感性を持ったクリエイターと一緒に製作することにも挑戦していきたい。