PROFILE: 徳永裕美リトルリーグ執行役員ロンハーマン事業部デザイン生産部部長

「ロンハーマン(RON HERMAN)」は2021年に公表したサステナビリティビジョンの下、30年までにオリジナル商品における主要素材(コットン、ナイロン、ポリエステル)をオーガニックやリサイクルなどの環境配慮型に切り替えることを目標に取り組む。「ロンハーマン」の日本上陸時から全オリジナル商品を監修する徳永裕美リトルリーグ執行役員ロンハーマン事業部デザイン生産部部長は、ビジョン発表後モノ作りの考え方が「がらりと変わった」と振り返る。「長く愛されるクリーンで高品質な商品を届ける」という課題に向き合う徳永部長の葛藤と挑戦を聞いた。
「地球や未来のためと言葉では理解できても、仕事と結びつけられなかった」
それまで商品企画は「ブランドの世界観をどう表現するか」が徳永部長の最優先事項だった。ビジョン発表を機に、そこに生産プロセス全体への「責任」という言葉が加わった。「たとえば素材は、ロサンゼルスの雰囲気を表現するのに適しているか、着心地はどうか、体のラインが綺麗に見えるかといった視点で選んでいたが、原料はどこから来て、どうやって作られているのかといったところまで意識を配る必要があった」。
その意識改革は決して容易なものではなかったと言う。「今まで自分が正しいと思ってきた服作りは何だったんだろうという衝撃。地球や未来のためという言葉は理解できても自分の生活や仕事とはなかなか結びつけられなかった。加えて、関わる人の立場が違えば、サステナブルの正解も異なる。社員と事業に関わる人の幸福をビジョンに掲げるなかで、どう実行に移せばいいのか見えなかった」と話す。
使用量の多いコットンに着手 「最初は何が正解か分からなかった」

そんな葛藤をチームと共有しながらも生産背景がわからない素材は避けるよう制限を設け、知ろうとすることから始めた。まず着手したのは、主要素材の中でも最も使用量の多いコットンだ。「今まではオーガニックコットンと書かれていたらそれ以上のことは追及しなかった。そこから一歩踏み込んで認証機関は信用できるところなのか、認証がなくてもよりサステナブルな素材はないのか、といったところまで考え始めた。でも例えば、一般的にサステナブルな素材として認知されている『BCIコットン』でも、具体的にどう農家に還元されているのか情報を公開してもらえない事例も多々あった。最初は情報ばかりが増えて、何が正解なのか分からなくなってしまっていた」。
考え抜いた結果、まずは糸の段階でオーガニック証明が取れているものに切り替える方針を固めた。加えてリサイクルコットンや紡績工場から出るオーガニックコットンの落ち綿も選択肢に加えた。「オーガニックコットンが広まること自体は良いことだが、移行できない農家も一定数いる。そうした農家をサポートしていくことも大事だ」と考え、三井物産がザンビアの小規模零細農家の支援を目的に立ち上げた「ファーマーズ 360°リンク」の綿花も使用している。トレーサビリティが確保できていることを優先し、ロンハーマンとしての解を模索した。
メンズの定番Tシャツや人気のハイウエストデニムパンツはオーガニック100%に
最初に素材を切り替えたのは、メンズの定番Tシャツだ。「年間を通して売れる商品で、シーズンの商品よりも切り替えるインパクトが大きいと考えた」。切り替えに伴い、仕様も変えた。「編み目を極限まで詰めて透けずに柔らかな着心地にこだわり、着込んでいくほどに良さが伝わるようにした。通常は針が折れてしまうなどのリスクがあるので、断られることも多いがメーカーには良いものを作りたいという思いを伝え引き受けてもらった」。上代は4000円ほどに上がったものの、店頭では引き続き人気商品だという。
人気のハイウエストデニムパンツは、21年秋冬からオーガニックコットン100%に切り替えた。オーガニック素材で以前と同等の風合いを表現するには、3年分の生地を別注する必要があった。しかし生地をあらかじめ製作しストックする方法で調整した。
2023年冬物からはスパイバーの人工タンパク質素材「ブリュード・プロテイン(BREWED PROTEIN)」を使ったアイテムも企画した。徳永部長は次世代素材としての可能性を感じているといい、引き続きさまざまな生地開発に力を入れる。
ナイロンは米ブレオ社の漁網のリサイクル素材「ネットプラス」を採用している。これは主に南米で回収した漁網を原料としたものでバージンナイロンと同等の品質を保つ。収益の一部を環境保全活動や地域コミュニティーの活性化のために寄付するスキームにも共感したことから採用を決めた。現在ブレオ社のスキームを日本で実践しようとしている団体エランゲと協業し、売上の一部を能登半島の被災地に寄付する取り組みも企画している。
素材の切り替えだけではない。人工知能の活用によって裁断時の廃棄ゼロを目指すパターンメーキング技術を開発したシンフラックス(Synflux)とは、メンズの定番ダウンジャケットにおいて生地の廃棄率を下げるパターン製作にも挑戦する。
一方、課題も感じている。「草木染めや無線色の割合を増やしているものの、まだまだ安心して使える選択肢が少ないのが現状だ」と指摘する。「国内のプリントや縫製、資源循環などはまだまだこれからだと思うので、率先して取り組みを進めていきたい」。
「事業に関わる人を大切にすることが答え」
さまざまな課題や葛藤を乗り越えて辿り着いたロンハーマンらしいサステナビリティとは何か聞くと「事業に関わる人を大切にすることが今一番しっくりくる答えだと思う」と言う。「原料高や在庫管理、コスト削減など課題はまだまだあるが、全てを解決するのはファッションの原点に立ち戻り、素敵なものを心を込めて作ることだと思う。私たちの方針に賛同していただける取引先やお客さまと一緒に理想のサプライチェーン、言い換えればコミュ二ュティーを築いていきたいと思う」と語る。
ロンハーマンのサステナビリティへの取り組みが説得力を持っているのは、徳永部長を筆頭にチーム全体が「何のためにその選択をするのか」を考え続けた結果だろう。環境配慮型素材の選択肢は徐々に増えてきているが、あらためて切り替えた先のビジョンを関わる全ての人と一緒に描いてく姿勢をロンハーマンから学びたい。