PROFILE: キム・ボトン/作家、脚本家
第5次と呼ばれる韓流ブームが到来している。もはや韓流は一過性のブームではなくくスタンダードであり、日本のZ世代の「韓国化」現象にも繋つながっているのは明白だ。その韓流ドラマ人気をけん引してきた1つが韓国ドラマ。本企画では韓国ドラマ作品の脚本家にスポットを当て、物語の背景やキャラクター、ファッション性に至るまでの知られざる話などを紹介する。
Vol.2はNetflixシリーズ「D.P. -脱走兵追跡官-」の原作者で脚本の執筆にも関わったキム・ボトン。普通の中にある特別な物語の探し方や敬愛する夏目漱石、北野武のこと、第二の故郷だという沖縄についても尋ねてみた。
――過去に「フツー(Futsuu)」という名前で漫画家をされていたそうですね。
キム・ボトン(以下、ボトン):「ボトン」は日本語で「普通」という意味です。10年くらい前にカドカワ(KADOKAWA)から「ガンカンジャ」という本を出した時に、自分の名前を日本語に訳して「フツー」名義で活動していました。元々韓国の大企業で働いていたのですが、「特別な存在になれ」という方針が全然合わなくて疲弊していました。そういった経緯は今回出版されたインタビュー集にも書いてありますが、「どうして皆、一番になろうとするんだろう。普通の人たちが尊重されるような社会になれば、誰もが生きやすくなるのではないか」という考えと願いを込めて「フツー」と名乗っていたという経緯もあります。きっと日本社会にも共通する部分がありますよね。
――漫画もエッセイもドラマもストーリーが大切だと言っています。現在の韓国社会のどのような問題が脚本にインスピレーションを与えていますか?
ボトン:日本と社会的な状況は似ている部分があるため想像できるかもしれませんが、韓国は短期間で経済的、技術的に急成長しました。それにより、富裕層と貧困層の二極化が進んでいます。社会構造の中で優遇されない人がいたり、不平等もたくさん起きていて苦しい思いをしている人たちに手を差し伸べる精神的な余裕や他者への理解が薄れています。
少しでも社会全体を豊かにするためには、今苦しい状況に置かれている人たちに手を差し伸べることが大切であるにも関わらず、関心を集めているのは効率性や生産性を求める資本主義的な側面ばかりのように感じます。経済発展と相反するように人権への配慮などの水準は低下しています。そういった思いから、ストーリーに格差や不平等を取り上げています。
――脚本家になるために必要なものは何でしょうか?
ボトン:脚本家とは、話したいことを伝え続け、書き続けたる人だと思います。一方で有名な脚本家になれば注目を浴びて稼げる、という一部の現象を見た志望者も増えています。
私が大好きな北野武監督が、あるインタビューで「サッカー選手になるために一生懸命生きてきたというよりも、サッカーを一生懸命やっていたらサッカー選手になっていた」というストーリーの方が好きだという話をされていました。それに影響されて、私も「作家になることが目標だという人が作家になるのではなくて「この話をしたい、伝えたい」という人が作家になっていく」のではないかと考えるようになったのかもしれませんね。
――夏目漱石の「吾輩は猫である」が好きだそうですね。どの部分に引かれましたか?
ボトン:高校生の時からずっと好きな作品で、100回以上読んでいます。好きなところは、人間たちの問題や葛藤を猫の視点で見ていることです。人間社会はとても複雑で難しい問題も多いですが、一歩下がって状況を見てみると実は取るに足りないようなことだった、というのが猫の視線に置き換えられていることで腑に落ちる。ちょっと皮肉っぽい、渇いた笑いの描き方がとても印象的で、私も猫の視点で問題を俯瞰するような思考法を学んだような気がします。あとは、最後の場面で猫が死んでいく場面で事実を受け入れていく過程の描写はとても印象的で、他の漱石の作品と比べても独特の魅力がありますね。
――世界的な人気の韓国ドラマや映画ですが、自身のキャリアについてどう考えていますか?
ボトン:予定通りにいけば、アメリカのスタジオと映画やドラマの制作をしたり、監督を引き受けることにもなるかもしれません。少し前はドラマや映画は国内向けに消費されていましたが、ネット配信の登場で、国や人種、文化などあらゆる価値観を持った視聴者たちも共感や理解のしやすいストーリーが求められるようになっています。そういった時代の流れによって、国を超えて活動する機会が増えていくのではないでしょうか。
キャリアとは違う話ですが、冬は沖縄で暮らそうと思っています。コロナ前までは、1年に半月〜1カ月くらいを沖縄で過ごしていたので、5年以内には沖縄に拠点を作りたいです。
――作家になる前、大企業をやめたすぐあとにも沖縄旅行をされていたそうですね。
ボトン:沖縄を愛してます、大好きです。私にとって沖縄はとても重要な場所で、もう1つの故郷であり作家としての始まりの地です。沖縄自体はあまり変わっていないですが、訪れる度に、自分自身の内面の変化や取り巻く環境はめまぐるしく変化していることを実感します。沖縄を定期的に訪れ、挫折や孤独感でいっぱいだったあの頃を振り返るための重要な地でもあります。
――キャラクターを作る上で衣装ファッションの重要性をどのように考えていますか?
ボトン:過去から制作中の作品まで衣装は毎回重要です。現在、病院や軍隊、学校がそれぞれ舞台になったストーリーを作っていますが、キャラクターの性格やアイデンティティーを示すものとして欠かせません。例えば「D.P. -脱走兵追跡官-」の場合、主人公は憲兵なので軍服ではなく私服を着ているんですね。憲兵になり軍服から私服に着替える時に、主人公は元々貧しくて着ることができなかった「ナイキ(NIKE)」の服を着て大喜びするシーンがあります。ファッションは一種の階層を表すものでもありますよね。自分自身ファッションにとても関心があるので、日本を訪れた際は街を歩いている人たちが着ている洋服を観察しています。韓国と日本ではファッションのスタイルも全く違うので、注意深く記憶に留めています。
――韓国と日本のファッションの違いをどのように分析されていますか?
ボトン:韓国では流行を意識した服を選んでいるイメージがあります。個性よりもトレンドを押さえているかを大事にする。私が見た範囲では、日本ではトレンドを追うよりも自分が着たい服や似合うかどうかを大事にしている人が多いように感じますね。ブランドが好きだったり、流行に敏感な方ももちろんいると思いますが。
――今後、どのような作品を作りたいですか?
ボトン:特別なことは何も起こらないけれども、淡々とした日常の中の少しの変化と心の機微を描くことで、見た人の心を動かして、少しでも気づきや変化をさせるような作品をいつか作りたいですね。ヴィム・ヴェンダース(Wim Wenders)監督の「パーフェクトデイズ」 を見た時に、衝撃を受け「先を越された! 自分はこれから、どういうストーリーを作ったらいいんだろう」という思いに駆られました。
――平穏な日常にこそ幸福があると考えているのですね?
ボトン:少しだけ話がずれるかもしれませんが、中学生の時に自転車の事故で九死に一生の体験をしました。自転車に乗って家を出た瞬間から一切の記憶がないんのですが、目覚めたら病院のベットに寝ていて母親から手術を受けたと告げられました。その時に、「いきなり人生は終わってしまうことがあるんだ。自分が知らない間に生きているという状況は途切れてしまうんだ」と思ったことが影響しているのかもしれませんね。
北野監督の映画「あの夏、いちばん静かな海」からも影響を受けているかもしれません。何気ない風景や周囲を取り巻く環境から静かに醸し出されてくる雰囲気、些細な出来事やストーリーに惹かれます。事件や思いがけない出来事をあえて盛り込まなくても、人が生きている瞬間や風景などを描くだけで深い感動を与える作品が作れるはずです。そういう物語を作りたいですね。
TRANSLATION:HWANG RIE
COOPERATION:HANKYOREH21,CINE21, CUON