村上亮太デザイナーによる「ピリングス(PILLINGS)」は9月5日、「楽天 ファッション ウィーク東京(Rakuten Fashion Week TOKYO)」で2025年春夏コレクションを発表した。
会場は北の丸公園内にある科学技術館だ。誰もいない体育館のような空間には、ペールグリーンのカーテンから太陽の光が漏れ入り、電気を消したままでもほのかに明るい。メトロノームがカンカンとゆっくり響き、静けさを一層増幅させる。学校を欠席した少女が、昼間に部屋で物思いにふける——今季の「ピリングス」のランウエイショーはそんなワンシーンを切り取ったかのようだった。
レースカーテンや公民館
どこにでもある日常を描く
村上デザイナーの思いは、ファーストルックから如実に現れていた。「小さな感情やささやかな物事に気づく視点を、デコラティブではない方法で表現したい」。折ジワがくっきり入った薄手のニットと、タックを一直線に走らせたスラックスは、長らくタンスに眠っていた洋服を思わせ、生成色で統一したスタイルは、肌との距離の近さを彷ふつとさせるパーソナルなムードだ。その後に登場するルックからは生活感が溢れ出す。デコルテにレースをあしらったVネックニットは女性用スリーマーに、肌を露わにするほどシアーなスリムパンツは、ボトムの下に着込むタイツに見える。さらに、めくれ上がったポケットの裏地を全体に付けたカーディガンとワンピースは、洗濯後に乾燥させた服をそのまま身に着けたような日常感がある。
カラーパレットはベージュを中心にしているものの、「公民館や病院などの公共施設で使う色」のペールブルーやライトグリーンを点在させている。レースカーテンも着想源の一つで、コレクションを通してレースアイテムが頻出。中でも、編んだレースを樹脂コーティングして固めたキャミソールやドレスは、カーテンが風に揺れる情景をそのまま閉じ込めたようだった。
コレクションは、過去のアーカイブの再解釈と、新たな挑戦で構成している。不自然なたるみや引きつったドレープを施したシャツ、破れてボロボロになったニット、ところどころに飾ったアリのブローチなどは、これまでブランドがたびたび使用してきたモチーフだ。それを先鋭化し、改めてアイテムに落とし込むことで、どこか切なげな「ピリングス」の残り香をまとわせる。また、ニット主体の「ピリングス」が今シーズン追求したのは、春夏シーズンらしい軽やかさ。ブラとアンサンブルになった機械編みのニットカーディガンや、オーガンジーのように透けるニットTシャツが並んだ。マーベルトを施し、メンズ服の作り方で仕立てた布帛のスラックスも披露し、バリエーション拡大を意識したアイテムが目立った。
リアルクローズの充実
ブランドの裾野拡大へ
今年2月にササビーリーグ傘下入りを発表した際、村上デザイナーは「『ピリングス』がハンドニットブランドだとある程度周知できたから、次は洋服を通して人間像を提案する段階に進みたい」と話していた。今季は41ルック全てがささやかだ。脱構築的なシルエットで少しの毒気をプラスしつつ、シンプルで着回しのきくリアルクローズは徹底しており、サザビーリーグと二人三脚でブランドをより多くの人に届けようとする気概を感じた。
リハーサル時、モデルは「遠くの下を見るように目線を落としてほしい」とウォーキングの指導を受けていた。細いエクステを何本も付けて後れ毛を強調したヘアスタイルで、虚ろな表情を浮かべながらランウエイを進む。ショー後に配布されたプレスリリースは、幼い頃の村上デザイナーの内省を綴っている。「内と外の境界線を引くレースカーテンは自分を守ってくれているようだった。遮光カーテンを閉めなかったのは、外との関係も断ちたくなかったからだったと思う」。内向的な人が勇気を出して外出する様子を描いたといい、全体を通して一抹の“暗さ”をはらむ。分かりやすい派手さはなく、静けさに満ちたコレクションであるものの、そこには人に寄り添う村上デザイナーの優しさがにじみ出ていた。